《現実と非現実のきわだった共存》 ルイスは、ファンタジーにおいて大切なことは、「現実と非現実が鋭く向かい合うこと」であると述べています(“The homely and the unhomely met in sharp juxtaposition”)。つまり、「現実と非現実のきわだった共存」です。「ライオンと魔女と大きなたんす」は、まさにそれを体現している作品です。
例えば、ルイスがナルニアを執筆する契機のひとつとなった、「雪の森を傘と買い物の包みをもって歩くフォーン」のイメージ。まさにこのイメージそのものが、現実と非現実を織り交ぜたものになっています。
このイメージで、非現実的なイメージは何かというと、言うまでもなく想像上の動物であるフォーンですね。そしてさらに、べとべとした冬を迎えるイギリスでは、雪が降り積もった冬というのも非現実的なイメージなのです。
反対に現実的なものは、傘だったり、クリスマスの買い物みたいな包み紙だったりです。さらに言えば、手に巻きつけている尻尾というのも、現実的ですね。「神話や伝説上の動物であるフォーンが、尻尾に雪がついてぬれるなんて小さいこと気にするなよ~」妙なおかしさがあると思います。
もっと言えば、フォーンが抱えた買い物の包み紙は、今の時代で言えばレジ袋です。
つまりルーシーが見たフォーンを現代風に言えば、「雪の中、傘をさして買い物のレジ袋をぶら下げたフォーンが、尻尾が雪につかないように気にしいしい歩いている」という姿になります。何だか妙な感覚がありますよね。
「現実と非現実のきわだった共存」はそういった、ふしぎな感覚を心に呼び起こします。
そしてナルニアの世界は、そういった感覚で作られています。つまり、ナルニア世界はイギリスとは違いますと断っておきながら、その世界の風景や風習はまさに古きよきイギリスに他ならないのです。
つまり、イギリスならぬイギリス的世界(現実的世界)で繰り広げられる、ことばをしゃべる動物や神話上の生き物たち(非現実世界)がおりなす物語。これこそが、「ライオンと魔女と大きなたんす」の世界なのです。