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三澤制作所のラボ・カレンダーをめくる。Concentrationはどこから 04月05日 (金)
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卯月とはいえ風は
まだ心浮き立つほどに暖かくない。
もっとも旧暦の卯月は新暦に変換すると
4月下旬から6月だけどね。
しかし桜はなんとか咲いた。
願わくば、空までも薫るほどに満開し
敷島、そして世界を覆う
諍いと血と汗と欺瞞と不公平の
黒雲を浄化して欲しい。
朔日の朝、
東の窓からさしこむ自然光のなかで
カレンダーをめくった。
午前の自然光が一番自然な色に感じるが、
この絵を見た瞬間、
昨夜、フライイングで蛍光灯の下で
見なくてよかったと改めて思った。
作品はアーノルド・ローベル
Arnold Lobel(1933-1987)の絵本、
『ふたりはともだち』
”Frog and Toad Are Friends”に
題材を求めたラボ・ライブラリーに
inspireされたものだ。
描いてくれたのは高田晴さん
(小4/大阪府・坂口真理子P)。
以前にこの物語を描いた
カレンダーを見たときと
まったく同じように
めくりながら
「ああ春だ!」とつぶやいてしまった。
楽しいこともワクワクすることも
まだまだある「極悪ジジイ」にも
辛くせつないことも
同様かそれ以上にたくさんある毎日。
そんなジジイの肩をたたくように
「もう春だ! さあ前を向け」という
がまくんやかえるくんたちの声が
聞こえてくるだ。
知らない人のために書くが
原作絵本は全体に抑制された色調の
ドローイングだ。
それに対し晴さん(男子だったらごめん)は
あざやかな、
しかも「点描」だ。
キャラクターのフォルムは
本歌取りをしているが
もう全体はオリジナル。
見事なre-creation、再創造だ。
点描、pointillism(stipplingともいう)は、
フランスの新印象派の画家
Georges Seurat(1859-1891)
が印象派の技法をさらに追求した
点もしくはとても細かい
タッチの集合で
描く油彩の技法だ。
太陽光はスペクトルに分解すると
7色になり、
その組み合わせの割合によって
無限の色彩が生まれる。
印象派、たとえばモネなどは
自然の本来の色を
表現することに腐心したが、
自然に近い色を出そうとして
絵の具を混ぜれば混ぜるほどに
光の鮮やかさを失い濁っていく。
ぼくがよく使う
「スカッと抜けた色」から遠ざかる。
そこでモネは絵の具を極力混ぜず
絵の具を並べて配置し、
離れたところから見ると
自然な感じになるようにした。
これを「筆触分割」あるいは
「色彩分割」という。
モネはさらに
「影にも色がある」とした。
Georges Seuratは
こうした画法をさらに研究し、
光学的な理論も取り入れて
点描画にたどりつく。
彼の有名な作品は
亡くなる5年前に完成した
Un dimanche après-midi
à l'Île de la Grande Jatte
「グランド・ジャット島の日曜日の午後」で、
興味ある人は
検索してみておくれ。
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点描の説明はこれくらいにして
晴さんの作品を感じよう。
バックの青空以外はすべて点描だ。
驚くべき集中力と持続力。
しかも、その点の色も細かく
濃淡をつけている。
筆を何本使っているかわからないが、
(せいぜい2、3本。
もしかすると1本か
6号か8号くらいの丸筆?)
とにかく毎回、筆をよく洗い、
筆の柄まできちんと拭いているはずだ。
そうでなければ濁ってしまう。
このような描き方は
ただ丹念に筆を置いていくだけではなく、
筆洗や拭き取りという
手間のかかる作業も
やっていかなければならない。
しかも、それらを「機械的」に
継続するのでなく、
常に表現イメージを心に描くことで
楽しみながら行っている。
集中力は想像力と
表現欲に裏打ちされなければ
生まれてこない。
逆にいえば、
表現欲と想像力があれば
とんでもない集中力や持続力が育つ。
その表現欲と想像力を育む
重要な栄養は、
我田引水で恐縮だが、
物語であり、
ことばの力である。
そう思えば、
やはり晴さんと
この物語の関係を知りたい。
さても、
色彩のあざやかさ、
変化のおもしろさもすごいのだが、
がまくんとかえるくんのキャラクターの
フォルムの確かさと躍動感、
友情の喜び感も見逃せない。
周りの風景、草や花も
ざわめきながら喜びあっている。
動いている。
こうした感情も、
機械的な作業では生まれてこない。
画法に目を奪われてしまうが、
本質はそこではない。
バックの青空を点描にしなかったのは
考えがあってのことだろう。
ただのベタ塗りではなく
濃淡をつけているのもさすが。
このバックのおかげて
息苦しさがなくなり
世界が広くなった!
rev
この物語の原作絵本は
1972年11月刊行だ。
以来、世界中で愛されているが、
ともすれば気持ち悪いといわれがちな
かえるとがまえるのコンビの
ふしぎで暖かい友情の
ゆる〜いエピソードのそれぞれが
子どももおとなも捉えて離さない。
『ふたりはともだち』
の原作絵本は
抑制された色彩だと書いたが、
がまくんとかえるくんのシリーズは
基本的にグリーンと
ブラウンで描かれている。
ローベルの原画はペン画であり、
印刷段階で指定した、
しかも限られた色を乗せるという
方法でつくられた絵本なのだが、
それが独特な雰囲気をつくりだしている。
ローベルは惜しくも
54歳の若さで他界するが
作品は刊行以来40年以上を経た今も
世界じゅうで愛されている。
がまくんとかえるくんの関係は、
ときには漫才師のボケと
ツッコミのようでもあり、
幼い無邪気な
おともだちどうしのようでもあり、
やんちゃな悪ガキどうしのようでもあり、
また、男女のようでもあり、
さらに、白秋から玄冬にむかう
人生をかみしめる
老齢期の友情のようにも思える。
ローベルの絵本のひとつ
ひとつのストーリーは
きわめて短いのに、
こうした深みがあるからこそ
ほのぼの感とともに心に刻まれるものが
読後に生まれるのだろう。
原作者のローベルは幼少時は病弱で
そのことが作品にも
影響を与えているといわれる。
彼の作品に登場する生物は、
みな個性的でキャラクターが立っている。
そしてこの『ふたりはともだち』
でもそうだが、
それぞれがときに
心がすれちがったりしながらも、
自分らしさからぶれることがない。
だけど、深いところで
互いを認め合っている。
自分らしさをたいせつにすることは、
とりもなおさず他者の
個性を認めることだ。
それこそが地球の生き物が
持続していく道だ。
排他的、
自分の正義を押し付ける奴にはわかるまい。
ともだちってなんだろう。
よくほんとのともだちっていうけど
なんだろう。
えらぶもの?
えらばれルもの?
「ことばの宇宙」船長時代
サマーキャンプの感想文は
毎年、全班分読破したが
一番多い感想は
「ともだちができてよかった!」だ。
これはずっと変わらない、
ともだちって自分を証明してくれる人かな。
最後にこの絵本の日本語訳を担当している
三木卓先生(1935-)について
少しだけふれておく。
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三木卓先生は、H氏賞、芥川賞を
はじめとする多数の受賞歴をもつ
詩人、小説家、翻訳家だが、
これぞラボ! という1編を紹介したい。
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『星のカンタータ』1969年理論社➡︎角川文庫
この作品はいわゆるSF風の物語だが
ことばと表現、
コミニュケーションという問題を
詩情豊かに語っているの。
しかもこの物語は『星雲の声』というタイトルで
「ことばの宇宙」に連載されたものだ。
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