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〔2-6〕人は、なぜそんなにも努力するのか…
2012.04.03


4月1日、ようやく国立新美術館へ行く時間を得ました。第88回白日会展。友人ふたりの招きにあずかりまして。

 おびただしい数の絵画作品と彫刻作品。それも、絵画は、ほとんど100号を越す圧倒されるような大作ばかり。人物画、静物画、風景画、裸婦像、抽象画。フレッシュな息吹きに満ちた、感性ゆたかな力作ぞろいです。妥協を知らない若々しい表現欲がほとばしっています。何か月も、いや、もしかすると何年も何年もかけて、こころのかぎりをこめて丁寧に制作されたと思われる作品群を次つぎに見てまわるうち、自分にもわからない感懐に囚われていました。
 わたしは凡愚で不才もの。そんなすっかんぴんのわたしの愚昧さとはうらはらに、なぜ人は、表現することにこんなにも努力するのか、努力しないではいられないのか、と呼吸がとまりかねないほどに胸つまるものがありました。写真かと見まごうほどにリアリスティックな作品たち。そのあまり、その感動の大きさとは別に、シンプルな洗練された表現に出会うとホッとさせられている、弱い自分、泣きたいほど憐れな弱い自分を感じることにもなりました。

staircace2
asummerday
上・Staircase #2  下・夏の日


 地下鉄の出口か何かでしょうか、黒のグラデーションになって手前に一つひとつ闇が落ちてきて、そこに一脚の椅子がポツンと…(“Staircase#2”と題する京都の山本さんの作)。あるいは、打ちっぱなしのコンクリートに錆びた鉄骨がむき出しになっている(「夏の日」と題する茨城の古根さんの作)。おそらく、だれかに勧められ促されたわけではない、これをだれかに高く買ってもらおう、賞をとって有名になろう、みんなにわかってもらおう、などといった意識は制作中の作者には無かったと思われます。それぞれの制作意図ははかりかねますが、わけはわからないながら、なぜかこういう抽象性に今回は惹かれました。とてもご紹介しきれませんが、いくつかを(写真撮影の許可は得ております)。facebookのわたしのウォールに他のいくつかを紹介しておりますので、興味がありましたら…。

feeling
scinary
上・想い  下・蔵のある風景



myoko
siciliano
siesta
上・妙高山  中・シチリアーノ  下・シエスタ



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〔2-5〕芸術の秋、その情熱と純良な潔さに酔って…
2009.09.24

芸術の秋。真夏のほてりがおさまる時期になると、絵や彫刻をやっている知人からの個展、グループ展の案内がとどく。互いの加齢もあってか、さすがに年々その数は減ってきている寂しさはあるが、今年も十数通の案内をもらった。にもかかわらず、なかなか足を運べないでいるわけで、その非礼に心苦しい思いをするのも、この季節。

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そんななか、“シルバーウイーク”とされる9月22日、友人を誘って、六本木の国立新美術館の第73回「新制作展’09」を観てきた。ラボのみなさんには親しい絵本作家・小野かおるさんのご招待によるもの。ここ数年、欠かさず観てきて、小野さんのたいへんな力作、ゲーテの「ライネケ狐」の連作銅板作品については、この「ひろば@」で三度にわたってご紹介させてもらった〔「ページ一覧」の「アート回廊=1」参照〕。前回でその連作は完結しており、今年はどんな作品を出展なさっているのかと楽しみにしていたが、いつも飾られているはずの「スペースデザイン」部門に、その新作は見られなかった。どうしてか、についてはまだ小野さんに訊いていない。

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広々とした新しい美術館。その1階から3階までを使って展示された数百の作品群。スペースデザイン部門、絵画部門、彫刻部門からなり、それは、数えることなど最初からあきらめさせるほどの数である。有名な人の作、無名な人の作。かくも多くの芸術家が真摯に、自分の命を削るようにしてそれぞれの美を追求しているということの驚き。かくも高くひとの精神は飛翔できるものかとの感動。しかも、それは、それぞれ四尺玉花火のような、このときぞ! とばかりに奔放な個性を弾け飛ばすエネルギーに満ちている。すごい! のひとこと。ダイナミックです。

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「始まり」(坂巻郁代)と題する作品。何の始まり? 命?


制作者にははなはだ失礼なのでしょうが、その圧倒的な個性は、わたしのケチでちっぽけな個的空間に受容するには抵抗のありすぎる強烈さである。スペースをはみ出し、時空を打ち破る豪放さ。多くは、とてもわたしの貧しい部屋を飾るには余りあるように思える作品たち。
だれに媚びるでもなく、何に流されるでもなく、奇を衒うでもなく、それぞれの芸術的感性を凝集してつくられた造形空間。おそらく、創るひとも、これがいい値で売れるだろう、観るものにウケるだろう、などと思ってつくっていないことは確か。無限にも思えるそのスケール。その純良な精神と潔さのようなものに、わたしなどはぐでんぐでんに酔わされてしまう。2時間あまりをかけて全部をひととおり観おわるころには、もう、まっすぐ立ってはいられないような疲れが。休憩用のソファにはすでに同じ疲れを抱えたたくさんの人たちがいて坐われない。意識の疲れに呆然と立ちつくすなかに、しかし、何にも替えがたい爽快感があり、自分の底に光るエネルギーが蘇ってくるひととき。

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「移ろい」(長澤みや子)“とき”の移ろい、“内面”の移ろい。こころを移さずにいられるのは、幸せか。


秋は芸術の季節。なかなか事情は許されないが、六塵の世に生きるわれら人間、ときにはこんな解放と高揚の機会を大事にしないといけないな。そんな思いをまた今回も。作品は「理解」しようとしても、いつだってこちらの浅はかな理解を超えた芸術的想念と執念でつくられている。いい作品かどうかはわたしにはわかりません。可能性ある作品かどうかもわかりません。でも、こちらの胸にズシ〜ンと届くものをもった作品は多く、それをたくさんお見せしたいところですが、ここではこちらの浅はかな感性が捉えた印象的な作品のいくつかを紹介するにとどめます。

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「記憶の容」(多養麻子)



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〔2-4〕フェルメールの描く女

2007.09.26
……なのですが、何も知らずに地下鉄乃木坂駅につづく会場についたところ、ジャスト今日から「フェルメール展」が始まったことを知りました。「牛乳を注ぐ女」のポスターの前に来て、うっ、うっ、うっ、脚が、脚が、動かない! オランダの国立美術館の至宝で門外不出とされているあの作品が来ている! 皆さんもご存知と思いますが、「真珠の耳飾りをした少女Girl with a Pearl Earring」とともに、だれもがよく知るフェルメールの傑作。世界じゅうの人びとに愛されている作品で、あの、やわらかい光に包まれた永遠の静謐を、わたしもたいへん愛してきました。
わが国で初公開される作品、これを見逃すテはない。台所の片隅に立ち家事労働をする女性、美しい女性とはいえないながら、どっしりとした存在感とホッとする自然感、真実性、永遠性を描きだすフェルメールJohannes Vermeer(1632-75) の魅力の甘い誘惑に身を任せて…。

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〔2007.09.30 ばーばーじゅこんさん〕
>先日TVで改めて「真珠の耳飾りの少女」の映画をみて、改めて、フェルメールの本をひっぱりだしていたところでした。
 たまたま昨年 花の5月に オランダへ出かける機会があり、アムステルダム国立博物館で「牛乳を注ぐ女」をみ、ハーグのマウリッツハウス美術館では「真珠の耳飾りの少女」や「デルフトの眺望」の前にたつことも出来ました。
     ----------------------------
「真珠の耳飾り…」が映画になっているのですか、へぇ~。“真珠”よりは、斜めうしろに振り返るその率直な目の、深く澄んだ瞳と、髪を覆う布の青のあざやかさが印象的な絵。あの少女がどんな物語をつむいでいくのか、ワクワクさせるものがありますね。オランダの風を感じながらあの少女を、また窓辺に立ち「牛乳を注」いでいる女性をご覧になったのですね。とくに上品ということでもなく、素朴で質実な生活感覚が描き出されています。いやいや、いい絵はぜひそんなふうにしてその地の光の下、その地の空気の中で見たいものですね。今回はアムステルダム国立美術館が改修工事に入るということもあって、その間に日本に初めてやってきたようです。そんなことがなければ東京で見ることはできない作品で、国立新美術館開館記念の特別企画とのこと。フェルメールは、稀れなほど寡作な画家ですしね。ほかにもたくさんのオランダ絵画が見られましたが、やはりフェルメールがいいですね。じつはこの「牛乳を注ぐ女」、その印象からしてもっと大きなものかと思っていましたが、事実は、意外に小さいんですね。一辺が60~70センチくらいだったでしょうか。にもかかわらず、描かれた“女”の存在感には圧倒的なものがある! 傑作とはそういうものなのかもしれませんね。観ているこちらまでぽかぽか暖かくなってくるような、窓から射すやさしい光。雇われて台所で働く、豊かさには縁のない使用人でしょうか。その情感を押し殺した表情。腰にざっくりと巻きつけられた、雑な縫い取りのみられる青い布(スカート?)。どんな家庭生活をもった女なんでしょうか。いろいろ考えさせられます。

※ここを借りて、ひとつ訂正させていただかねばならないことがあります。
 9月30日、ばーばーじゅこんさんの書き込みに応えて、「じつはこの「牛乳を注ぐ女」、その印象からしてもっと大きなものかと思っていましたが、事実は、意外に小さいんですね。一辺が60~70センチくらいだったでしょうか。にもかかわらず、描かれた“女”の存在感には圧倒的なものがある! 傑作とはそういうものなのかもしれませんね」
 なんて書きましたが、絵のサイズを、改めて資料を見て調べましたら、60~70センチくらい、なんてとんでもない、41.5×41.0センチだそうです。ヘェーッ! て感じ。わたしの目も完全にだまされましたね。小さい! にもかかわらず、小ささを感じさせないパワーがある、ということ。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」、あの傑作を見た友人も言っていました。もっと大きいものと思っていたが、意外に小さなものだった、と。タテ77.0センチ、ヨコ53.0センチ! その倍寸くらいの印象がありますよね、あの作品には。

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〔2007.10.04  Dorothy さん〕
 >フェルメールが来ていること、しりませんでした。以前、大阪に来たときには、きんたが生後半年だったにもかかわらず、この世界の至宝を見逃せない、と家族五人で見に行ったものでした。ぜひ、見たいものです。
    ----------------------------
 時間を割いてぜひご家族そろってまたご覧になってください。わたしの場合、「新制作展」をまわったあとのハシゴで、疲れはててなお無理して観たものですから、フェルメールの あの“MILK MAID” の印象ばかり。あとは、はじめて観るファン・デル・ヴァーイという画家の作品「アムステルダムの孤児院の少女」。光の射す台所にスッと立って本を読むその横顔の美しさが忘れられません。 フェルメールの影響を受けた画家たちはこぞって台所を舞台にさまざまな時代風俗を描いています。ここにこの時代のオランダ社会の断面を見ることができますし、絵画の分野において17世紀オランダというのは稀有な黄金期だったのかも知れません。この展覧会のホームページは、
  http://milkmaid.jp/
です。そこで案内されていると思いますが、10月13日、11月24日は聴講無料の講演会があり、10月19日にはロビーでコンサートも開かれるそうです。もうおいでになっていますか、春にオープンした国立新美術館。わたしはあまり好みではありませんが、これから何度も行くところでしょうから、どうぞこんな機会に。来年3月末~6月には「モディリアーニ展」が開かれるそうです。

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〔2007.10.12 Hiromi~さん〕
>フェルメールの作品は一点だけ今回日本にきているそうですね。よく見かける絵ですが、実物を見てみたいと思います。
     ----------------------------
 世界で広く愛されている絵ですね。Hiromi^さんはよくヨーロッパの美術館めぐりをなさいますが、この作品のあるオランダのアムステルダム国立美術館にはおいでになっていませんか? わたしもこの画家の絵をそんなに知っているわけではありませんが、この「牛乳を注ぐ女」と「真珠の耳飾の少女」、それに「刺繍をする女」については、ずうっと以前から大好きな作品でした。あまり話題にはなっていませんが、とりわけ、下うつむいてひたむきに「刺繍をする女」の肖像なんて、たまらない魅力を感じます。もちろん、オランダへ行きじかに観たわけではなく、画集で見ただけにすぎませんが。
 日本人画家はほとんど、人物の着る衣服に黄色をつかうことはありません。まれにあっても、どうも落ち着きがなく、こちらをホッとさせてくれるものはないように思います。ところが、フェルメールの描く女性はこの黄色い衣服を着ています。日本と西洋の感覚的な相違でしょうか。上記3点の作品とも、けばけばしい印象はなく、むしろ静謐さと緊張感とともに、つつましやかで自然な庶民性を、この色で出しているように思います。

 この水曜日(10月10日)の朝日新聞夕刊の「美の履歴書」で編集委員の人がこの絵のことを紹介していましたね。おもしろい着眼で、「牛乳を注ぐ女」の絵の「心地よさを生む最大の要因は、背景の白いしっくい壁ではないだろうか」と書いていました。「白」といっても純白ではなく、相当くすんでいます。柔らかい光の濃淡はあっても、そんなに細工を施しているとも思えません。その単調さが人物の存在感を浮き立たせていると見られます。
 どうやら、X線や赤外線で調べたところによると、その壁面の部分にはもともと、暖炉や地図や絵の入った額など、いろいろなものが描かれていたらしい。女の足元には洗濯かごがあったとも。そういう不要な夾雑物を排除して、存在そのものを描きだした作品と言えないでしょうか。


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〔2-3〕ギリシア神話の変身物語
    美しさの背面にある悲しいものがたり、ローマの詩人による人間と自然の一体化

 2枚目の写真は、ギリシア神話からの彫刻ですか? 求愛されて、変身しながら逃げ
ているところなのでしょうか?〔おがちゃん 2007.06.25〕

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 ギリシア神話の変身物語を典拠にした作品の代表的なもののひとつ。アポロンの執拗な求愛を逃れて父親の川の神ペネイオスに助けを求めている少女ダフネですね。詩神アポロンの求めを拒んで逃げに逃げ、いよいよ追い詰められると、乙女の美しい身は手の先、足の先から月桂樹に変わったといわれます。わたしはこの作品をじかに観ているわけではありませんが、おがちゃんが師と仰ぐ巌谷國士さん編の奇書「渋沢龍彦幻想美術館」の紹介によると、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの作、ローマのボルゲーゼ美術館に所蔵されている作品とか。古代ローマでは、戦闘やスポーツ競技に優勝したものには、栄光のしるしとして月桂樹の冠が与えられていたことは、みなさんもよくご存知のとおり。イギリスでは桂冠詩人という誉れ高い称号もありましたね。それに、アポロンがいつも持っている竪琴Lyla は、たしか、月桂樹でつくられていたと思います。ダフネに寄せる深い思いでしょうか。

 植物や花に変身するこうしたきれいな話、ふしぎな物語がギリシア神話にはたくさん見られますよね。有名な話では、水のおもてに映る自分の姿にすっかり魅せられて恋をして、恋に憔悴するあまり、スイセンになってしまった美青年ナルキッソスとか、狩猟をしているとき、イノシシの牙にかかって死んだ美少年アドニスの話。死体から噴き出した血がまっ赤なアネモネになったという物語でしたね。
 もっともこれらは「ギリシア神話」というよりは「ギリシア・ローマ神話」というべきなんでしょうね。ギリシア神話では、あの壷絵や彫刻などに見るように、自然の植物や動物がていねいに描かれることは少なく、神々や人間のすがたがほとんどでした。それが、ローマに移されると、大きく変わるんですね。オウィデウスの『変身物語』は、鳥や木や草花に変身して、永遠の生命を獲得し、自然と一体化して生きる存在が主要なテーマとなっている神話に“変容”させたものです。上にあげた、月桂樹に変身した美少女ダフネ、スイセンになった青年ナルキッソス、アネモネに変身した少年アドニス…、このほか、ヒヤシンスに変身した少年ヒュアキントスもいるし、アドニスの母ミュラは没薬の木に、ピレモンとバウキスの老夫婦は二本の寄り添う木に、ヘリオスの娘たちはポプラに、クリュティアはひまわりの花になっています。こうした美しくも悲しい花物語だけでなく、アルキュオネはカワセミになったし、アラクネは蜘蛛になり、カリストとカルカスの母子は大熊座・小熊座に、アクタイオンは鹿に変身、その鹿をかみ殺した猟犬は大犬座・小犬座になったとされます。オウィデウスは「ギリシア神話」からそういうモチーフを抜き出し、自然と一体化して永遠の生命を生きるものたちを作品化しているんですね。
 もともと灰褐色の岩がごつごつ折り重なる不毛の地であったアルカディアは、ローマの詩人たちによって、緑したたる、陽光やさしい田園として表現され、永遠の理想郷となってしまったから、ふしぎなことです。文芸の力って、すごいですね。〔2007.06.26〕


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〔2-2〕マネ「すみれのブーケをつけたモリゾ」
    「知られざる傑作」のバルザックの美術論から見る

― 知りませんよ。もう、おとうさんは会場を出てしまったのかと、そして、小夜はひとりでどうやっておうちに帰ればいいのだろうかと、そればっかりでした。おじいちゃんが、「いやいや、きっとまだ会場にいると思うから、戻ってみよう、いっしょに探してあげよう」と言ってくれたの。そうしたら、おとうさん、まだマネの「モリゾ」の前にいるじゃありませんか! まるで魂の抜けたおバカさんみたいな顔をして。
― ひどいなあ、魂の抜けたおバカさん、だなんて。
― ひどくなんかありませんよ。どれくらいの時間、おとうさんはあそこにいたと思っているのですか。20分、30分、いや、もっといたかもしれません。ほかの人は、押すな押すなの波のままに動いているのに、おとうさんだけ、ボーッとうしろのほうに立っているのですから。
― うそでしょう。そんなに長くはないと思うよ。
― あきれてしまいます。みなさんにはご迷惑ですし。

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― でもね、お別れしようとすると、モリゾさん、おとうさんにボソッとつぶやくのよね、「行ってしまうのですか。もう少し、もう少しだけいっしょにいてくださいませんか」と。あの、涼しげな、いかにも賢そうな瞳にいっぱい涙を浮かべて。「いやいや、むこうで小夜が待っているので」と、おとうさんが言うと、「悲しいわ。ふたりの恋はこれで終わってしまっていいのですか。もう二度と逢うことなく、ここでこのままお別れしてしまって、ほんとにいいのですか」と。
― そんなこと、モリゾさんが言うわけ、ないじゃありませんか。おとうさん、おかしい。そのくせ、せっかく来たのに、ほかの絵の前はほとんど素通り。写真や陶器のコーナーなどは、ぜんぜん見もしませんでした。
― いやいや、そんなことはありません。ほら、先週木曜日にあった市民アカデミーでバルザックの「知られざる傑作」をめぐって、このフランスの文豪の美術論を口演したばかり。その影響をバッチリ受けていたので、おとうさんの絵の見方も違ってきたのよ。違う、というより、ずっとずっと深いものになったのよ。
― バルザックの美術論とマネの「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」と、どんな関係があるのですか。
― 小夜ちゃんがそんなにツンツンすると、おはなししにくいなあ。
― はい。それでは、静かに拝聴いたします。
― 「知られざる傑作」は、岩波文庫でわずか50ページほどの短篇。メディチ家のおかかえ画家、肖像画家として売れっ子だったポルビュスや、古典主義絵画の巨匠プッサンが登場し、そこに謎の老画家フレンホーフェルという想像上の人物がからんで、芸術創造の窮極を探る、深いテーマの奥行きをもつおはなし。短篇ながら、じつは、これってヨーロッパの近代絵画に絶大な影響力を与えたものだったのです。たとえば、ピカソ
― はい、ピカソ。今回は一点も出ていませんでしたけれど。
― 「知られざる傑作」の書き出しはこうなっています、
「一六一二年も暮近く、十二月のある寒い日の午前、見たところひどくみすぼらしい身なりの若い男が、パリのグラン・ゾーギュスタン街の、ある家の門口の前を行きつ戻りつしていた」
と。駆け出しの画家、青年のプッサンが初めてポルビュス画伯のアトリエを訪ねる場面です。この、パリのセーヌ河に近いグラン・ゾーギュスタン街、といったら、何か思いあたりませんか。
― いいえ、知りません。パリには行ったことありませんし。
― ピカソが50歳代半ばから74歳までの18年間ここに住み、アトリエを構えたところです。有名な「ゲルニカ」もここで描かれたそうです。ピカソのあの画期的なキュービズムも、このアトリエ、いえ、バルザックの「知られざる傑作」から生まれたといえるかもしれません。
― 「ゲルニカ」の絵は知っています。スペイン内戦を描いたといわれる作品。
― 画家はよく風景画を描きます。フレンホーフェルという謎の老画家、すなわちバルザックは、自然を模写しただけの絵は画家のものではない、そんなものには何の値打ちもなく、そんな自然を糊づけしたようなものではなく、「自然を表現したもの」、芸術の神の魂に映じた自然を詩人の心をもって描いたものでなければならない、と。とかく理解を超える絵、狂気の絵とされますが、ピカソは忠実に自分の詩心を動かすものを表現した画家です。
― わかりません。…ちょっとわかったような気もしますが、でも、わかりません。
― わかりませんか。では、モリゾさんのほうに両手を差し伸べてごらん。ね、手がモリゾさんの後ろまでまわるように思いませんか。そこです、いい絵か、つまらない絵か、それを分けるのは。
― はい、抱きしめられているような…、モリゾさんの心臓がドックン、ドックンと鳴っているのが伝わるわ。
― 小夜ちゃんはギュスターヴ・モローの「ガラテア」の前でクギづけでしたね。きれいな幻想を見せてくれる、神秘をたたえたすぐれた作品です。繊細ですね、女神の裸体の輝かしい美しさのほか、草花の一本一本までものすごく細かに描き込んでいますね。よく見ると、いろいろなところに隠し絵が埋め込まれていたりして。ところが、マネのモリゾ像はどうでしょう。
― 筆をサッと走らせただけのような。筆のあとが残っています。ずいぶん対照的ですね。
― たしかにラフな筆づかいです。にも拘わらず、そこには、空気や空や風の動きまで表現されています。人物が生きていて、呼吸をしています、心臓が動悸をきざんでいます、鈴のように清らかな声でおとうさんにささやきます、「よく逢いにきてくださいました」と。
― それはどうでしょうか。
― 髪がそよ風に波うち、そのもの静かな落ち着きと、秘められた情熱を、表情に呼び起こす血のぬくみが走っています。
― 色数も少なく、衣服も帽子も黒、首に巻いているネッカチーフも黒。胸元を飾るすみれのブーケも、それほど目立ちません。しかも、黒は深いですね。憂鬱なほど地味なはずなのに、印象はぜんぜん別で、逆光のなかで、その存在が生き生きと輝いているように思います。キリリとしていて、媚びのかけらも見られない表情のなかに、ふしぎな輝きがあります。
― マネ独特の深い黒です。ラフな筆運びで描かれています。輪郭もあいまいで、しっかりスケッチし、下絵をたくさんつくってから描き上げたという感じはありません。どうでしょうか、この絵には何かが欠けていると思いませんか。
― 何でしょう。もちろん、非現実、神秘の世界を描くモローのあの細密な作品と対比したら、欠けたところばかりですけれど。
― この作品には何かが欠けている。いや、何でもないものが欠けているのです。ところが、絵においては、この“何でもないもの”がすべてと言ってもいいんです。“何でもないもの”…、外観ではぜったいに捉えることのできないもの、ことばにもしにくい、形をもたないもの。そうですね、生彩のない幽霊ではない、小夜ちゃんもさっき感じとった、ほのあたたかい息吹き、雲のように漂う小さな“生命の花”とでもいうような…。描いてはいないけれど、対象を生き生きとさせるいちばん肝心なところは、魂のかぎりを尽くして描いた絵、といえるように思うのです。
― おとうさんは、すっかりバルザックの魔術の罠にはまったようですね。小夜も今度はそんな眼で絵を観るようにしようかと思います。おとうさん、また行こうね、美術展に。
― おっ! やっと、泣いたカラスが笑ってくれました。今回見たオルセー美術館展。おとうさんが聞くかぎりでは、オルセーには、印象派絵画を中心に、もっともっとたくさんの優れた絵が所蔵されているはずなのよね。その点でちょっと物足りなかったな。恋するモリゾさんに逢えたことでよしとしますか。それに、こういう絵は、やはり、パリの風を感じながら見ないことには、本当じゃないな、ということかな。
― おとうさん探しでひどいめにあいましたけれど、おのひげのおじいちゃんがいっしょにいて、小夜を前に押し出してくれましたので、人混みでも絵はよく見られましたし、小夜に似ているといわれる女の子、ルノワールの「ジュリー・マネ」(ネコを抱く少女)もしっかり見られましたから、ま、いっか。小夜はあんなに丸顔で可愛くはありませんけどね。今度行くときは、小夜の手を離してはいけませんよ。(2007.02.21)


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〔2-1〕ゴッホと浮世絵

    時間を表現する稀有な技法の発見

■〔2007.01.01〕
がの―そこが日本人の日本人らしいところ。自分の足元はあまり見ようとしないのよね。まえに浮世絵のはなしをしてあげたじゃないですか。
小夜―はい。浮世絵は、もとはといえば、長屋暮らしの江戸町人の、子どもが破った障子のアナをふさぐためにペッタリ貼られていたものだったり、お鍋や釜の底に敷かれていたもの。それをたまたまゴッホが目にして、「とんでもないこと!」と、簡素な線でなよやかに表現するその見事な描写法にびっくりし、大事に自国に持ち帰り、それを一所懸命にまねて絵を描いて、それがヨーロッパじゅうに広まり、世界にジャポニスムのブームを巻き起こしました。外国の人のたしかな目で評価されて初めて、自分の持っているものの価値に気づくという、日本人のいつものパターン。桂離宮に日本最高の建築美を発見したブルーノ・タウトの場合もそうでしたね。その後、和辻哲郎さんの名著『桂離宮』もあって、ようやく日本での評価が定まったという。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■〔2007.01.10〕
 年初の日記のなかで、主題とは離れますが、ゴッホと浮世絵のことをチラと書きました。ゴッホが歌川広重や葛飾北斎らの日本の絵を見て感激し、いくつもの模写を残していることなど。広重の描いた“名所江戸百景”のうちのひとつ、「大はしあたけの夕立」(写真・下)、…黒い空から鋭い斜めの線をなして激しく降り注ぐ雨、隅田川にかかる木組みの橋の上を江戸町人が右往左往する情景を描いた絵、それを模した「ジャポネズリー、雨中の橋」はあまりにも有名ですし、肖像画「タンギー爺さん」の背景にたくさんの浮世絵があることもよく知られていますね。

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 ゴッホにかぎらず、モネやルノワールやセザンヌといった19世紀を代表するヨーロッパ絵画の巨匠たちに多大な影響を与えた浮世絵。ところで、きのう、愚妻のところに送られてきている月刊誌「いきいき」2月号のページをなにげなく開いていましたら、「浮世絵とゴッホ」と題する小さな記事が目にとびこんできました。早坂暁さんの講演の一部を抜粋したもののようです。
 いくつかの注目すべきエピソードが紹介されています。
 “炎の人”ゴッホがその弟のテオ(映画監督)に書き送っていた手紙に何十回となく、日本に行きたい、日本人になりたい、日本の浮世絵師たちが住む“長屋”なるところでいっしょに暮らしたい、と書き、たいそうな憧れをもってゴッホが江戸というものを見ていたこと。(どうやら、ゴッホの誤解らしく、“長屋”をすぐれた芸術家集団の住むところと理解していたフシがある)
 わたし自身は知りませんでしたが、広重の「花魁」や「亀戸梅屋敷」なども模写していること。
 そして、目からウロコ! びっくりさせられたのは、ゴッホの代表作のひとつ、ルーブル美術館にある、あの「糸杉と星の見える道」(写真・下)、ゴッホ特有のタッチでまん中に糸杉が大きく描かれ、手前には農夫が二人こちらに向かって歩いてくる、馬車も見える、のどかな田園の風景をとらえた絵ですが、よく見ると、糸杉の上辺を挟んで左に太陽、右に三日月が見られます。これは、与謝蕪村の名句「菜の花や 月は東に 日は西に」を描いたもの、菜の花を糸杉に入れかえたもの、との指摘。さあ、ほんとうかなあ…。
 微妙な変化を見せる日本の自然のすがたに時間のうつろいをとらえる繊細な日本人の目、その感性。そこに生まれた芸術にこころを寄せるゴッホやルノワールたちのまなざしに、芸術の不思議、芸術の秘密を見たように思いました。

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■〔dorothyさん 2007.01.11〕
小学校の理科担当の先生がおっしゃった言葉を思い出して……人生をミクロで見つめる細やかさと、俯瞰で見つめる鷹揚さを教えられました。

■〔To: dorothyさん 2007.01.11〕
 遠くから見る、ぐっと近づいて見る、横から、斜めから、底のほうからも、と。鋭角的に深く見る、広角的・多角的に見る、ということでしょうか。それができたら、きっと、人の毎日はおもしろくて仕様がないのかもしれません。
せっかくですので、ここでの話題に引き戻して、浮世絵に照らしてそのことを言うなら、葛飾北斎の、あの誰もが知っている傑作、“富嶽三十六景”のひとつ「神奈川沖浪裏」。荒々しく圧倒するような波のむこうに冠雪富士が見え、手前には3隻の小舟が浪のあいだに翻弄されている、あの絵。構図のみごとさに感動するよりも、なんだか見ているとその迫力にドキドキさせられる絵。あれは三つの目で描かれているといわれますね。一つは魚の目。激浪にもみくちゃにされている小舟は魚の目によるものであり、右2隻の小舟に乗っている船乗りたちのすがたをとらえているのは、それとは別の、人間の目。そしてもう一つ。まん中の富士山を見ているのは鳥の目。鳥が、高い高い、きれいな空気の通うあうところから見下ろしてキャッチしている、といいます。人間の目だったら、富士山はもっともっと大きなバランスでとらえられていたはずだ、と。
 ヨーロッパ絵画の巨匠たちが卒倒するほどびっくりしたのは、浮世絵に見る細密な線のしなやかさばかりでなく、そうした、大胆にして繊細な、そしてマルチな視線による技法だったんですね。

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■〔Hiromi~さん 2007.01.11〕
 私は昨年の夏パリへ行ったとき、モネの家でたくさんの浮世絵をみました。ゴッホと同様モネも浮世絵(日本)にあこがれていたと知りました。庭園も(睡蓮で有名)日本風に一部が作られていてかなりの日本びいきだと知りました。
 ゴッホの死の直前まで住んでいたアトリエにも行きましたが、あいにく休館日でした。ゴッホが自殺を図った麦畑や、教会もそのまま残されていて、ゴッホの絵がその場所にありましたね。
 ゴッホの絵では黄色いテラスの絵と杉の木の絵が好きですね。燃えるようなタッチも短い生涯から生まれたのでしょうか??モネとは対照的な生き方をしたように思います。
 ゴッホのお墓も尋ねましたが、弟のお墓と一緒にひっそりとありました。今でも目に焼きついています。ゴッホもモネも知らないことばかりでしたが、現地へ行って少し解ったような気がします。

■〔To: Hiromi~さん 2007.01.12〕
 パリの美術館めぐりは、夢です、憧れです。いろいろな由縁を訪ねておられるご様子、ほんと、羨ましいです。ゴッホもモネも、自分の画室には日本の版画(浮世絵)を壁いっぱいにピンで止めていて、それを見ては楽しんでいたそうですね。
 ゴッホについては、ゴーギャンとの争いのこと、右耳を削ぎ落としたこと、パリへ出た4年後に銃で自殺したこと(37歳にて歿)、などのエピソードが有名ですが、弟のテオ(映画監督)との仲は終生よかったようで、テオに宛てられたたくさんの書簡により、作品の秘密がベールを脱いでいるようです。
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