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〔オルセー美術館展/ピノッキオの真実/生命の歴史の流れのなかで〕



★5-3 オルセー美術館展へ
     ベルト・モリゾ嬢の瞳の輝きにうちのめされて
       2007.02.22

― もう、おとうさんとは絵を観に行くの、いやですからね。
― やっと時間をやりくりして行くことができたオルセー美術館展なのに、ヤルセ~ないことですね。どうしましたか。
― そんな低級なダジャレではだまされません。まず第一に、入場制限で、列に並んで待たされること1時間25分。小さな小夜は押し潰されそうで、息もできないくらい。おシッコをがまんするのだって、トイレも長い列で、たいへんだったのですから。
—— うん、ちょっとまずかったかな。悪いことに、きょうはシルバー・デイになっていて、お年寄りはタダで入館できる日だったんだ。いっぱい来ていましたね、おじいちゃん・おばあちゃんたちが。
― おとうさんがちゃんとインターネットで調べておかないからいけないんじゃありませんか。
― こんなに混雑するとは思わなかった。これではこのあいだの東京マラソンのスタート前、都庁前の人ごみみたいで、ウルセ~美術館でした。おとうさんも、入場するまでに疲れちゃいました。
― 疲れた、どころではありませんよ。小夜は迷子になったかと思って、胸はドキドキ、あっちへ、こっちへと夢中で探しまわったのですからね。
― 泣いたみたいだね。ひげのおじいちゃんに連れられて、おとうさんを探しに戻ってきてくれました。どこの人ですか、あの人は。お礼もあまり言えなかったけれど。
― 知りませんよ。もう、おとうさんは会場を出てしまったのかと、そして、小夜はひとりでどうやっておうちに帰ればいいのだろうかと、そればっかりでした。おじいちゃんが、「いやいや、きっとまだ会場にいると思うから、戻ってみよう、いっしょに探してあげよう」と言ってくれたの。そうしたら、おとうさん、まだマネの「モリゾ」の前にいるじゃありませんか! まるで魂の抜けたおバカさんみたいな顔をして。
― ひどいなあ、魂の抜けたおバカさん、だなんて。
― ひどくなんかありませんよ。どれくらいの時間、おとうさんはあそこにいたと思っているのですか。20分、30分、いや、もっといたかもしれません。ほかの人は、押すな押すなの波のままに動いているのに、おとうさんだけ、ボーッとうしろのほうに立っているのですから。
― うそでしょう。そんなに長くはないと思うよ。
― あきれてしまいます。みなさんにはご迷惑ですし。
― でもね、お別れしようとすると、モリゾさん、おとうさんにボソッとつぶやくのよね、「行ってしまうのですか。もう少し、もう少しだけいっしょにいてくださいませんか」と。あの、涼しげな、いかにも賢そうな瞳にいっぱい涙を浮かべて。「いやいや、むこうで小夜が待っているので」と、おとうさんが言うと、「悲しいわ。ふたりの恋はこれで終わってしまっていいのですか。もう二度と逢うことなく、ここでこのままお別れしてしまって、ほんとにいいのですか」と。
― そんなこと、モリゾさんが言うわけ、ないじゃありませんか。おとうさん、おかしい。そのくせ、せっかく来たのに、ほかの絵の前はほとんど素通り。写真や陶器のコーナーなどは、ぜんぜん見もしませんでした。
― いやいや、そんなことはありません。ほら、先週木曜日にあった市民アカデミーでバルザックの「知られざる傑作」をめぐって、このフランスの文豪の美術論を口演したばかり。その影響をバッチリ受けていたので、おとうさんの絵の見方も違ってきたのよ。違う、というより、ずっとずっと深いものになったのよ。
― バルザックの美術論とマネの「すみれのブーケをつけたモリゾ」と、どんな関係があるのですか。
― 小夜ちゃんがそんなにツンツンすると、おはなししにくいなあ。
― はい。それでは、静かに拝聴いたします。
― 「知られざる傑作」は、岩波文庫でわずか50ページほどの短篇。メディチ家のおかかえ画家、肖像画家として売れっ子だったポルビュスや、古典主義絵画の巨匠プッサンが登場し、そこに謎の老画家フレンホーフェルという想像上の人物がからんで、芸術創造の窮極を探る、深いテーマの奥行きをもつおはなし。短篇ながら、じつは、これってヨーロッパの近代絵画に絶大な影響力を与えたものだったのです。たとえば、ピカソ
― はい、ピカソ。今回は一点も出ていませんでしたけれど。
― 「知られざる傑作」の書き出しはこうなっています、
「一六一二年も暮近く、十二月のある寒い日の午前、見たところひどくみすぼらしい身なりの若い男が、パリのグラン・ゾーギュスタン街の、ある家の門口の前を行きつ戻りつしていた」
と。駆け出しの画家、青年のプッサンが初めてポルビュス画伯のアトリエを訪ねる場面です。この、パリのセーヌ河に近いグラン・ゾーギュスタン街、といったら、何か思いあたりませんか。
― いいえ、知りません。パリには行ったことありませんし。
― ピカソが50歳代半ばから74歳までの18年間ここに住み、アトリエを構えたところです。有名な「ゲルニカ」もここで描かれたそうです。ピカソのあの画期的なキュービズムも、このアトリエ、いえ、バルザックの「知られざる傑作」から生まれたといえるかもしれません。
― 「ゲルニカ」の絵は知っています。スペイン内戦を描いたといわれる作品。
― 画家はよく風景画を描きます。フレンホーフェルという謎の老画家、すなわちバルザックは、自然を模写しただけの絵は画家のものではない、そんなものには何の値打ちもなく、そんな自然を糊づけしたようなものではなく、「自然を表現したもの」、芸術の神の魂に映じた自然を詩人の心をもって描いたものでなければならない、と。とかく理解を超える絵、狂気の絵とされますが、ピカソは忠実に自分の詩心を動かすものを表現した画家です。
― わかりません。…ちょっとわかったような気もしますが、でも、わかりません。
― わかりませんか。では、モリゾさんのほうに両手を差し伸べてごらん。ね、手がモリゾさんの後ろまでまわるように思いませんか。そこです、いい絵か、つまらない絵か、それを分けるのは。
― はい、抱きしめられているような…、モリゾさんの心臓がドックン、ドックンと鳴っているのが伝わるわ。
― 小夜ちゃんはギュスターヴ・モローの「ガラテア」の前でクギづけでしたね。きれいな幻想を見せてくれる、神秘をたたえたすぐれた作品です。繊細ですね、女神の裸体の輝かしい美しさのほか、草花の一本一本までものすごく細かに描き込んでいますね。よく見ると、いろいろなところに隠し絵が埋め込まれていたりして。ところが、マネのモリゾ像はどうでしょう。
― 筆をサッと走らせただけのような。筆のあとが残っています。ずいぶん対照的ですね。
― たしかにラフな筆づかいです。にも拘わらず、そこには、空気や空や風の動きまで表現されています。人物が生きていて、呼吸をしています、心臓が動悸をきざんでいます、鈴のように清らかな声でおとうさんにささやきます、「よく逢いにきてくださいました」と。
― それはどうでしょうか。
― 髪がそよ風に波うち、そのもの静かな落ち着きと、秘められた情熱を、表情に呼び起こす血のぬくみが走っています。
― 色数も少なく、衣服も帽子も黒、首に巻いているネッカチーフも黒。胸元を飾るすみれのブーケも、それほど目立ちません。しかも、黒は深いですね。憂鬱なほど地味なはずなのに、印象はぜんぜん別で、逆光のなかで、その存在が生き生きと輝いているように思います。キリリとしていて、媚びのかけらも見られない表情のなかに、ふしぎな輝きがあります。
― マネ独特の深い黒です。ラフな筆運びで描かれています。輪郭もあいまいで、しっかりスケッチし、下絵をたくさんつくってから描き上げたという感じはありません。どうでしょうか、この絵には何かが欠けていると思いませんか。
― 何でしょう。もちろん、非現実、神秘の世界を描くモローのあの細密な作品と対比したら、欠けたところばかりですけれど。
― この作品には何かが欠けている。いや、何でもないものが欠けているのです。ところが、絵においては、この“何でもないもの”がすべてと言ってもいいんです。“何でもないもの”…、外観ではぜったいに捉えることのできないもの、ことばにもしにくい、形をもたないもの。そうですね、生彩のない幽霊ではない、小夜ちゃんもさっき感じとった、ほのあたたかい息吹き、雲のように漂う小さな“生命の花”とでもいうような…。描いてはいないけれど、対象を生き生きとさせるいちばん肝心なところは、魂のかぎりを尽くして描いた絵、といえるように思うのです。
― おとうさんは、すっかりバルザックの魔術の罠にはまったようですね。小夜も今度はそんな眼で絵を観るようにしようかと思います。おとうさん、また行こうね、美術展に。
― おっ! やっと、泣いたカラスが笑ってくれました。今回見たオルセー美術館展。おとうさんが聞くかぎりでは、オルセーには、印象派絵画を中心に、もっともっとたくさんの優れた絵が所蔵されているはずなのよね。その点でちょっと物足りなかったな。恋するモリゾさんに逢えたことでよしとしますか。それに、こういう絵は、やはり、パリの風を感じながら見ないことには、本当じゃないな、ということかな。
― おとうさん探しでひどいめにあいましたけれど、おのひげのおじいちゃんがいっしょにいて、小夜を前に押し出してくれましたので、人混みでも絵はよく見られましたし、小夜に似ているといわれる女の子、ルノワールの「ジュリー・マネ」(ネコを抱く少女)もしっかり見られましたから、ま、いっか。小夜はあんなに丸顔で可愛くはありませんけどね。今度行くときは、小夜の手を離してはいけませんよ。
〔上野・東京都美術館にて4月8日まで開催〕


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★5-2 ピノッキオが伝えようとした真実
     2007.02.19

—— ピノッキオのおはなし、覚えていますね、イタリアのコッロディという人がつくったおはなし。
—— コロッと忘れて…なんぞいませんよ。木の人形なのに、ある瞬間から人間のこころを与えられ、人間と同じ動作ができるようになります。人形から人間へ変わるその瞬間に何がはたらいたのか、小夜はいつも不思議に思っています。
—— それは、このあいだおはなししたでしょう。小夜ちゃんがおかあさんのおなかのなかで、植物から動物に劇的に変身する瞬間と同じで、神さましか知らない領域です。
—— 話したり歩いたりする人形。イタズラをしたりウソをついたりするたびに鼻がピューンと伸びます。学校へ行くようになりますが、ズルをしてサーカスに行き、そこに入りびたったり…。とってもおもしろいおはなしだわ。
—— 木片から作った人形。ジェペットじいさんは自分で作ったこの人形のために、次から次へと、さまざまな気苦労をさせられました。
—— おばかさんなのよね、ピノッキオは。衝動的ですぐ誘惑に負けちゃうし。いいはなしだと思うとすぐ飛びついちゃう。デパートへ行ったときのおかあさんみたい。信じやすい、というよりは、しっかり自分で考えることをせず、楽しそうだから、と、もう自制がきかなくなっちゃうのね、ピノッキオは。
—— 欲望のおもむくまま、奔放で、好奇心旺盛で。でも、それが子ども本来のすがたなのではないでしょうか。自分の親兄弟がどれほど心配し困っているか、どれほど傷ついているか、なんて、ぜんぜん考えもしない。
—— 小夜はそんな子じゃないわよ。ピノッキオだって、最後にはいい子になってジェペットじいさんのところに帰るじゃないですか。
—— うん、おはなしではそういう展開になるけれど、おとうさんは、ここに、ちょっとやりきれないものを感じるのよね。
—— あら、どうしてですか。次から次にワクワクさせてくれる、すぐれたおはなしだと思いますけど。
—— この作者がどこまで意識して書いているかはわかりませんが、ここには、やりきれない悲劇、悲しい喜劇があります。
—— 「悲しい喜劇」といったら、言語矛盾じゃありませんか。
—— 現代人への重大な警告、と言い替えてもいい。
—— イエロー・カードですか。おとうさんの好きなラグビーでいうところの「シンビン」。
—— ほら、便利なパソコンや携帯電話。わたしたちがすぐ目の前にしているこうしたもの以外にも、さまざまな分野で科学技術の研究開発が進められています。その飛躍にはものすごいものがあります。医療技術、宇宙開発技術…。常人には想像のおよばないテンポで研究開発がおこなわれています。
—— そういうものでしたらまだしも、軍事技術がどこまで進んでいるのか、恐いものがあります。特に最近では、核開発の脅威をめぐって世界に大きな波が立っています。
—— それです、それです! ジェペットじいさんが自分でこしらえたものに翻弄され、泣かされますよね。プロメテウスがこの世に火をもたらして以来、人間はいつも、自分でつくりだしたもので自分を苦しめてきました。小夜ちゃんの大好きなアンデルセンも書いていますよ、「人間というものは幸福をもとめながら、いつも幸福を捨てている動物だ」と。
—— 自分で吐いたツバを自分の顔に受けているという「喜劇」。そうですねぇ、地球の温暖化のため世界のさまざまなところでこれまでになかったような自然災害が起こっています。小夜がおばあちゃんになる21世紀の中ごろには、北極海の氷がすべて溶けてしまうだろうという研究と予測を聞いて、ほんと、恐くなりました。この異常気象の原因の一つが、車の排気ガスなどが出すCO2だそうですね。便利さの代償に人間がつくっているものが地球をジワジワ傷めつけている。
—— 自分が慈しみ深く生み育てたものが、ある日、大きな醜悪な怪獣に育って、破壊的な暴力をふるって脅かすなど、他に迷惑を及ぼし、もう、作った人の手には負えないものに膨張してしまう。
—— 公害のほとんどは、もともと、人間が便利さを求めてつくったものから生み出されたもの、たいへん厄介なものです。わたしたちは、ゴミを出さずに一日でも過ごすことはできないのが現実。たわむれに作られた木片のピノッキオが、いつの間にか、親から独立してひとり歩きをはじめ、脅かすまでには行かないまでも、ほかのものに悪いこころを起こさせたり、周囲を不快にさせ、ハラハラさせ、困らせます。
—— その厄介な怪獣の象徴が「核」でしょう。核を使って作られる核兵器は、人間を毀し、地球を毀すものです。その危険をみんな知っていながら、よほどおカネもうけになるのでしょう、その魅惑にとりつかれた人があとを絶ちません。世界が今もっている核兵器だけで地球の8個分を粉々に毀すことができるそうです。
—— 人類の消滅、いや、地球の消滅ですね。どうすればいいのでしょうか。
—— 困りましたね。古来から傲慢さを身につけ、自分の欲を主張することを知った人間には、どんな判断にもときには誤りの可能性がある、ということを認めるほどの度量と謙虚さがないからね。これが最大の「悲劇」です。石川啄木が「一握の砂」のなかでこんな歌を書いています。
  人といふ人のこころに一人づつ 囚人がゐてうめくかなしさ
また、モンテーニュというフランスの思想家は、「生命の不断の営みは、死の建設である」とか、「生の中にある限り、死の中にある」といっています。無力なおとうさんは、地球消滅の歩みの前にはまったく無力でお手挙げ、モンテーニュの気分です。「コント——小夜とともに」より 2007.02.18〕


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★5-1 生命の歴史の流れのなかで
     2007.02.16

— 80兆という数字、おとうさんはイメージできますか。
— 何のことですか、いきなり。
— 日本の年間国家予算ですよ。
— な~んだ、80兆ね。おとうさん一人、小夜ちゃん一人よりはちょっと多いだけじゃないの。
— 何か勘違いしていませんか。おとうさんは一人、小夜は一人、合わせて二人。日本人の人口が1億2千万人余り、世界じゅうを合わせて60数億人。小夜がいう80兆円とは関係ないわ。
— それではね、一人の人間のからだは何でできていますか。
— 英語圏には「男の子って、何でできてる?」というナーサリー・ライムがあったわね。イタズラっ気と怠けごころでできてる!
— まったくゥ! 男の子も女の子も人間は細胞でできてるでしょ。
— はい、細胞。サイですね。サヨウでございます。
― 小夜ちゃんもおとうさんも、おとなりのトモちゃんもトモちゃんのおかあさんも、みんな60兆の細胞からできているんですよ。
― おみかんの、あのつぶつぶみたいな…。
― まあ、そんなふうにイメージしてくれてもいい。その一粒一粒のなかに35億年におよぶ生命の歴史がつまっている、と聞いたら、スゴイ! と思いませんか。
― 地球が誕生したのが、今から46億年も前のことだった、と聞いたことがあります。
― ところで、宇宙の歴史は200億光年といいます。200億年ではないですよ。光年という単位。その宇宙の歴史に比べたら、地球の歴史なんてケシ粒ほどにも足りない。
― そのスケールは、もう考えても仕様がない。想像を超えていますね。
― 46億年前になってようやく地球が生まれ、さらにそのときから11億年を経て、ごく原始的な、菌類に近いような生命が誕生しました。アメーバのような微生物が誕生したのは、まだまだあと、それから8億年もあとのこと、今から27億年前だったそうです。そして、生命らしい生命とされる藻類、地球をおおっていた海に生きていた20億年前のその植物細胞がオーストラリアで発掘されました。
― 恐竜が活躍した時代はまだですか。
― たくさんの恐竜たちがいたのは7500万年前ですから、ずっとずっと現代に近くなりましたけれどね。
― う~ん、小夜が想像できるのは、せいぜい古事記や萬葉集、源氏物語の時代以降です。
― いやいや、そこに至るまでにはもっともっと気の遠くなるような時間がかかります。日本に明石原人が現われたのが50万年前ですし、それから縄文時代が始まってくるのがおよそ1万年前。弥生時代となると紀元300年前後ということですから、長い長い古墳時代を経て、やっとこさっとこ卑弥呼の時代、それから奈良時代、平安時代になり…。
― 小夜の生まれた21世紀、平成の時代となりました。あ~あ、たいへん、たいへん。
― 小夜ちゃんだって、最初からこんな姿をしていたわけじゃありませんよ。
― わかるわ。おかあさんのおなかのなかで、豆粒にも足りない小さな命として、奇跡のようにして誕生したのよね。
― おかあさんのおなかのなか、羊水につつまれて十月十日いたあと、オギャー、オギャーといってこの世に現われました。途方もなく劇的なドラマだとは思いませんか。
― みんなに、かわいい、かわいい、といって歓迎されて…。でも、赤ちゃん自身にとっては、お誕生がうれしいことか、幸せなことか、そんなことはわからないじゃないですか。
― そりゃあそうかもしれません。いやだ、いやだ、もっともっとおかあさんといっしょにいたいよう、と感じていたかもしれませんね。ドラマだというのは、そういうことでなく、おかあさんのおなかのなかで奇跡のように命が誕生して以来、ものすごい速さで遂げた進化のこと。
― はい。あるかなしかの命の種子が、ヘソの緒でおかあさんとつながり、栄養を受けて育つうち、頭ができ脳ができ、目ができ鼻ができ、手足がかたちづくられ、少しずつ人間らしいすがたをもってきます。
― たとえばね、小夜ちゃんはおかあさんのおなかにいるとき、何で呼吸していましたか。
― あら、この世に生まれる前も呼吸をしていたのかしら。
― 当たり前ですよ。生きているかぎりのものはどんなものでも呼吸しないでは生きていられませんよ。
― だって、おかあさんのおなかのなかには空気はありませんし。
― そうなの。たとえはあまりよくないですが、小夜ちゃんは、まず目では見えない微細な種子として海の底の岩にとりつきました。藻の胞子のようなものですね。この小さな植物からある瞬間に劇的に動物に変身して、鰓(えら)で羊水を吸ったり吐いたりしながら生きるようになったのです。つまり、お魚たちと同じです。植物からお魚になって、羊水という大海原のさざなみに心地よく揺られ揺られ、楽しい夢を見ながら大きくなったの。
― あら~、小夜は海の藻から、お魚から、進化したのですか。
― よく言うでしょう、海はあらゆる生きもののふるさとだ、と。小夜ちゃんは、お魚というよりは、ナマコかサンショウウオみたいだったのさ。小夜ちゃんはよく、うつ伏せになっておやすみすることがあるね。おなかを下にして。あれこそ小夜ちゃんがサンショウウオだった名残。
― やだ、やだ、そんなの! 意地悪ね、おとうさんは、見てもいないくせに。
― 見ていないけれど、みんなそうさ。おとうさんだって、おかあさんだって、おとなりのトモちゃんだって。ホヤみたいなものからナマコみたいなものになり、脊椎が生じて、カエルのような両生類になり、爬虫類になり、そして哺乳類になり、そしてようやく人間に。生命の歴史をたどると、魚類から哺乳類にまで進化をとげるのに100万年もかかっているの。
― 哺乳類から類人猿へ、霊長類へ。人間の誕生までは、まだまだはるかな時間を経なければならないのですね。
― そうですよ。類人猿の時代から、全身をおおっていた体毛がなくなり、尻尾が退化し、手足に5本ずつの指ができ、直立して歩くようになって、ようやく人間です。
― 赤ちゃんが、這い這いから立っちするまでにも、そこには、備わった本能というより、歴史の記憶が働いているのですね。そう考えると、人間のからだの細胞、60兆個の細胞の一粒一粒が何十億年もの記憶を持っている、ということになります。
― 気の遠くなるような時の流れがあり、そのなかで、気の遠くなるような確率で、小夜ちゃんとおとうさんも生まれ、そして出会っている。これを奇跡と呼ばずに何とよびますか! ですから、どの子もどの人も、生まれてきてよかったね、生きていることって、かけがえのない貴いことだね。お互いみんな、生まれてきたことをどれほど大事にしても足りないくらいだね。
― ほんとうにそうですね。でも、あらら、国家予算のおはなしが、どうして命の大切さのおはなしになっちゃったの? 
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