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坪内先生、ありがとうございました。 01月31日 ()
私がテューターになった1980年、
ラボが3つに分裂していた最中の事です。

物語文化の会、そして、ヒッポファミリークラブに分かれて行った人たち。

そして、私はラボでパーティを誕生させていたのです。

その時、5年先輩の坪内先生は、地区の代表をなさっていました。

いつも元気いっぱい、前向きの坪内先生を見ていて
私は新人テューターとしてラボで頑張っていこうと思いました。


そんな坪内テューターが神奈川支部の総会を経て
ついに関西へ行かれてしまいました。

神奈川としてはとっても残念なことですが、
ご家庭の事情があるとのこと。

残念ですが、お別れです。


でも、ラボではつながっているので、これからも
お目にかかれるのを楽しみにしています。

いつまでもお元気で。



神奈川支部の大学生のHPに
さいかずくんの文章を発見しましたのでこちらでもアップさせていただきます。
彼の熱い思いをご覧ください。





『坪内P35周年行事』

たま川地区 坪内パーティ 大学1年 さいかず

みなさん、こんにちは、坪内パーティ大学1年生の齋藤和輝、あだ名はさいカズです。最近「カズ」はカタカナだよキャンペーンを一人で活動中です。よろしくお願いします。

 今年、2009年9月21日に坪内パーティはエポック中原で35周年記念発表会を開かせていただきました。来てくれた方、応援してくださった方ありがとうございます。

 ところで皆さんのパーティはどんな風に周年行事をしていますか?我が坪内パーティではここ最近(なにせ35年もやっているので最近しか知りません)はどこかの会場を借りていくつかのテーマ活動とお楽しみ企画のようなものを発表しています。そして15周年(僕の生まれる前のことです)以来シェークスピアの『ロミオとジュリエット』を中高大生が発表しています。今回の35周年でも『ロミオとジュリエット』と川崎クラスが『長ぐつをはいたねこ』を、横浜クラスが『ストーンスープ』(『石からスープができるかな』が本当の日本語タイトルです)を発表しました。そのほかに「つぼらぼ」というコーナーで坪内パーティのメンバーそしてOBやOGの紹介もしました。

 ではでは、これを読んでくださっている皆さんと一緒に坪内パーティ35周年記念発表会(長いので以下周年行事と書きます)のできるまでを追っていきましょう。

 最初に動いたのがちょうど一年ほど前でした。まずはいつやるかとか日取りを決めて色々とやりたいことの夢を膨らませたようなかんじでした。それから中高大生を発表会担当と文集担当係りの二つ(そして元老院と呼ばれた影の組織)に分けました。仕事の効率を上げるため(アダム・スミスも分業をすべきと言っておりますので)に分けたのですがこれが後々響いて来るのことはこのとき誰も知らなかったのです…
  それから周年行事のテーマを決めたのもこの頃だったと思います。今回の周年行事のテーマ「Hand To Hand ~Smiley Family Harmony~」この「Hand To Hand」の部分は実は坪っ子(坪内パーティのラボっ子のことを指す)のお母さんのアイディアなのです。30周年のテーマが「道」であったので漢字一文字は避けよう、となり何か「絆」(このテーマも当時24時間テレビのテーマだったのでボツになりました)的な意味を持つ言葉を捜してこよう、と言ったら持ってきてくれました。これこそ坪内パーティの「Hand To Hand」(絆のこと)がもたらしたものではないでしょうか。

 その後年が明け、僕の受験が(色々な意味で)終わり、さあ周年行事に一直線!かと思いきやどっこい、たま川地区は4月に地区発表会があるのでそちらの発表の準備が始まりました。周年行事のことは同時進行で進めていました。今思うとなかなかハードだった気がします。

 そして地区発表会が無事に終わりました。そこから間を入れずに周年行事、と思いきやここでもどっこい、ちょっと疲れたからしばらく休もうみたいなことになりました。のんびり屋さんなんです、坪内パーティは。

 さすがに本格的に動き出し5月の終わりごろでした。さすがにとは書きましたが地区発表の合同練習回数は地区で(もしかしたら支部クラスでもかも)最も少ない(4回くらいかな)部類に入る坪内パーティが4ヶ月も前に本格的に動き出したのです。短期決戦方の坪内パーティにしてはフルマラソンを走るようなものでした。

 この時苦労したのが「ロミオとジュリエット」と周年行事実行委員会の両立です。坪内パーティには約30名ほどの中高大生がおり、なかなか全員の集まれる日が無いので両方やらざるを得ませんでした。だいたい「ロミオとジュリエット」を発表するだけでも骨が折れるのによくぞまぁやったもんだと今だから思えます。当時は大丈夫なのかと胃が締め付けられる想いでした。

 そして夏休みとなりました。夏っていいですよね、なんか全てを忘れられる気がして…

 坪内の本領発揮は夏休み最後の2週間からでした。とにかく8月中に何とか川崎と横浜クラスの発表を発表の形にしました。なにせ時間が無い。やるべきことは山積みだ。僕も支部の大学生活動の「キャラバン隊」という若いパーティをめぐってテーマ活動を発表したりする活動や地区合宿などの地区行事が忙しくて、俗に言う風邪を引く暇が無い(本当に言うかは知りません、今思いついた言葉です)状態でした。

 そんな中でも時間は刻々と過ぎました。そして9月。運命の9月です。
坪内パーティの人と3日会わなかったら1ヶ月あっていないかのような思いをするような9月でした。とりあえず今までの期間に荒削りしたものをやすり掛けするような日々、でも同時にまだできていないところを練り直す、ようなことをする日々でした。

 そして9月の19日のリハーサル。この瞬間に坪内の発表の90パーセントが完成しました。100パーセントではありません。ああくまで90パーセントです。なにせ最後の練習の時にも場面の変更とかおこりましたからね。多分、他のパーティーだと無いと思います。なにせ2日後には本番ですからね。

 9月21日、本番。実はこの時初めて横浜クラスは全員そろったそうです。あぁ恐ろしい。でも本番にお客さんが席に座っているとなぜか知らないけど120パーセントくらいの力が出てしまう坪内パーティ。おかげさまでハラハラドキドキの中で、無事に周年行事は終わりました。

 周年行事の準備から本番を通じて僕は、坪内パーティには8対2の法則が存在すると思いました。何のことかと言うと、練習期間の8割の時間を全体の2割の集中力でこなす。そして最後の2割の時間を8割の集中力でこなす。最後の本番には10割の完成度になる、というものです。

 最後に、坪内テューターはこのたび関西に引っ越すことになりました(もともと坪内パーティは関西から始まったので引っ越すと言うより帰ると言う方が正しいのかもしれませんが)。なのでたま川地区の坪内パーティーの発表会は今回が最後になります。でも坪内テューターはまだまだラボを続ける気まんまんなのでっきっと関西の方で新生坪内パーティが誕生すると思います。

 たま川地区の坪内パーティがなくなっても、坪内パーティが存在したことはなくなりません。誰かが坪内パーティのことを覚えている限り、その人の中に生き続けます。いつまでも坪内パーティがあったことを忘れない、そしてそこであったことを遺していきたい。それが僅かですが僕がラボに入会して以来お世話になった坪内パーティへの小さな恩返しになると思っています。
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