ラボっ子だった私のアドバンテージ

三島 ゆたか

俳優,劇作家,演出家。
テレビ,映画を中心に活躍。

社会に出た当時は

 はじめまして。三島ゆたかといいます。俳優としてテレビ画面やスクリーンの片隅で約25年間,活動をしています。

 私は小学校2年生から大学の4年生まで12年間ほど,東京都国立市にある中村安世子パーティに在籍していました。国際交流には中学2年生のときにカリフォルニア州,大学2年生の時にネブラスカ州に行きました。毎週のパーティ活動やシニアメイト,大学生コーチ,「ことばの宇宙」の編集員(ユーススタッフ)など,とにかく考えられる限りのラボ活動をその時々,その年代年代で,全身全霊をかけて取りくみました。当時,同年代で自分以上にラボをやっていた人はいないだろうと思えたほどです。学生時代のさまざまなものを犠牲にして,ラボを心の真んなかに青春のすべてをつぎ込んで活動していました。

 そしてラボを修了し社会に飛び出したわけですが,ラボで得たこと生かせない現実がそこにありました。それは自分の想像をはるかに超えたものでした。学校での勉強や研究,クラブ活動,アルバイト経験とは異なり,ラボが私の次のステージに効果を発揮してくれることはなかったのです。

 やがて縁があり,俳優業に身を置くこととなりました。

高校生のときの 『ジュリアス・シーザー』
高校生のときの 『ジュリアス・シーザー』

俳優としての道

 なぜ俳優になったのか。きっかけはテーマ活動だったと思います。ステージで演技するのは大好きでしたし,多少なりとも演技には自信がありました。しかしながら,ラボのテーマ活動とプロの演技はまったく別のもので,私がラボで培ってきたと思っていた技術はひとつも通用しませんでした。ゼロからのスタート。現場でたくさんの恥をかきながら,「もっと早くプロとしての活動をしていればよかった」と後悔ばかりしていました。「ラボなんかやらずにもっと早く,プロの門を叩いていたら。お芝居の勉強をしていたら。有名な演出家や俳優さんに弟子入りしていれば……」。失った時間のかけがえのなさに失望と後悔を繰り返しながら,それでも歯を食いしばって俳優という仕事を続けていかざるを得ませんでした。

 下支えやコネクションのない自分には,とにかく「精進しかない」と自分にいい聞かせ,日々課題をつくりその課題を克服していきながら,一歩進んでは二歩下がるような毎日でした。10年,15年……。努力は少しずつですが実を結び,ようやくさまざまな媒体に自分の居場所をみつけることができるようになっていきました。

 そんなある日のことでした。俳優という仕事を地道に続けているだけだった自分の前に,チャンスが舞い込んだのです。

映画『沈黙 - サイレンス - 』のオーディションで

 アメリカ映画のオーディション。監督はあのマーティン・スコセッシ。ラッキーなことに書類審査を通ることができた私は,ようやくニューヨークのスタッフに会うことができました。これまでの道のりをふり返り,「まあ地道にがんばっていればこれくらいのご褒美があってもいいかな」とも思いました。すべて自分の力でこの場所に来ているような気がしていました。

 キャスティングのエレン・ルイスが私の前に現われ,自己紹介を求められました。そのときです。“My name is...”と始めた私の頭に,ふと浮かんだのが『スサノオ』のアシナヅチのセリフでした。アシナヅチのあの声,なぜそれが浮かんだのかはわかりません。なぜだかそれが一瞬浮かんだのです。そして名前を語った私にエレンがいいました。「ずいぶん,昔の人のように話すのね。OK。あなたのイントネーションは,わたしのイメージにピッタリくるわ。わからない日本語を話す日本人の役よりも,あなたにふさわしい役があるのよ」。そういって渡された配役,「五島の男・クロ」。これこそが,この後,何回かのオーディションと数年の期間を経て,本番でも演じることとなる役でした。ラボを修了して20年。はじめてラボと自分の仕事がつながった瞬間でした。

 台湾での半年にわたる撮影のうち私は40日以上滞在し,その日々のなかで自然と日本人キャストと台湾,ハリウッドのスタッフとを繋げる役割を担うこととなっていました。ことばによるコミュニケーションだけでなく,アメリカ人,台湾人,中国人,日本人に対する壁がないこと,さらにはキャスト,バックグラウンド(エキストラ),スタッフを隔てる感覚がなかったことが幸いしたのでしょう。いつの間にか人々の輪の真ん中で,いろいろと仕切る役割をするようになっていました。

『沈黙 - サイレンス - 』© 2016 FM Films,LLC. ALL Rights Reserved.
『沈黙 - サイレンス - 』© 2016 FM Films,LLC. ALL Rights Reserved.

いまの自分をつくっているたくさんの物語

 『スサノオ』だけではありません。たくさんのラボの物語が自分を支えていることを,この映画の撮影を通じて私は再確認することとなりました。「人生,すべてテーマ活動」。そうおっしゃっていた中村テューターの声が聞こえてくるような気がしました。

 課題をもち,少しでも前に進もうともがいてきた俳優としての毎日。それこそラボのテーマ活動そのものでした。私は,私の力だけでここにいたのではなかった。ずっとかたわらに「ラボ・パーティ」があったのです。たしかにラボで得たものが,直接的に仕事に影響したわけではありません。でも私の生き方,バイタリティ,コミュニケーション力,そして英語,それらすべてはラボから得たものでした。

 私が出演した映画は『沈黙 - サイレンス - 』というハリウッド映画です。そこは日本でのコネや人間関係,有名無名などまったく意味を成さない世界でした。日々課題をもって前に進んできた私だけがもつアドバンテージの通用する世界でした。

 スコセッシ監督に撮影現場で尋ねられました。「キミは独特のアプローチをするね。まるでその場所に生きているみたいだ。そのメソッドはだれに教えてもらったんだい?」。「先生はいません」。私はそう答えました。「子どもの頃に聴いていた,たくさんの物語が,私のいまを支えているのです」。

お話を伺った方

三島 ゆたか(みしま ゆたか)

 1968年,東京都生まれ。俳優,劇作家,演出家。
 テレビ,映画を中心に活躍。

東京都・中村安世子パーティOB

沈黙 - サイレンス -

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