幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
■■■ 運営事務局より ■■■
ひろば@LABOは,ラボ教育センターが展開する
「ラボ・パーティ」に関わる皆さんのコミュニティ・ネットワークです。
「ラボ・パーティ」については 公式サイト  をご覧ください。
ラボ公式HPTOP新着一覧こども・子育て・教育ランダム新規登録戻る 0721413
  
Home
Diary
Profile
BBS
Bookmarks
Schedule
メール
・メッセージを送る
・友達に教える
ページ一覧
・ 写真ギャラリー
現在ページはありません。
・ テーマ活動を考える(小冊子原稿試案)
 【ラボ・テーマ活動が生まれてきた歴史】
 【ラボ・ライブラリーを聴くことから「テーマ活動」が始まる
 【ラボ・テーマ活動とは何か】
 【国際理解教育としてのラボ・テーマ活動】
 【ラボ・テーマ活動とは何か】
 3/10テーマ活動修正版
 「ラボ・テーマ活動とはなにか」(案)改行訂正
 テーマ活動誕生の頃の写真
 『ごろひげ』事務局員によるテーマ活動
・ 小学校英語関連
 春日部市粕壁小学校
 京都総合教育センター小学校英語活動
 まんぎょどんさんの日記 より
・ プライベート
 ラボ・パーティの歴史と私
 父母会~お母様方からの感想
・ ラボ・パーティ運営参考資料
 ラボ・パーティ年間計画
 ラボ・パーティの会費
 ラボ・パーティの表彰・例えば・・・
 身体から心を読む
 フェローシップ
 ラボ・パーティは参加するところ、発見するところ
・ ラボ・ライブラリー
 ラボママのお気に入りライブラリー
 プレイルームのラボ・ライブラリー
 音楽CD鑑賞
 元ラボっ子からの声
 谷川雁とラボ・パーティ
・ 時代を読む
 重松清『隣人』工事中
・ 国際交流、キャンプ関連
 2003年夏 第2回ニュージーランド交流 7月
 ニュージーランド 8月
 ラボ国際交流参加者の体験
 2004年ラボ・ウィンターキャンプ
 2004年ラボ・スプリングキャンプの記録
 2004年ファミリーキャンプ
 2004年カナダマニトバ7月
 カナダマニトバ交流2/3
 カナダマニトバ交流3/3
・ ラボ・パーティ資料
 チームビルディング
 ラボをやっていて良かった
 「英会話ぺらぺら」?
 素語り大会
 テューターの英語力
 早期教育について 参考資料
 生活があって、人生があってラボ・パーティがある
 言語習得
 突然のさようなら・・みんなが心配していたのに
 CDが嫌いです・
 始めるのはいつ頃から?
 発表会
 英語のパスバンドは2000ヘルツ以上!
 ラボママのHPの紹介
 親の反応
 ラボ・パーティのCM
 神奈川、千葉退任ご挨拶
 パーティにきても活動に参加しない子、寝転んでしまう子のこと
 テーマ活動の歴史
 部活とラボ・パーティ
 親子父母会kumagorouさんの日記より
 熊井パーティ行事に参加してお礼の手紙
 3世代ラボ
 縦長だけじゃない。「ナナメ」の関係もラボにはある!
 リーダーシップの芽が・・・
 やんちゃな男の子たちが言いなりになる愉快な方法
 ラボ・ライブラリーのラボ主催行事以外での使用について
 ラボをやめるか否か 投稿に答えて
 テーマ活動、セリフの覚え...投稿に答えて
・ ラボ・パーティ アルバム(工事中)
 4コマアルバム見本 岡本パーティ30周年
 桜井パーティ10周年
 桜井パーティ10周年4コマアルバム
 おもしろラジオ録音
 ノアのはこぶね
・ インターネット、パソコンの利用(工事中)
 パソコンの用語
 アクセスアップ
・ ひろば@LABOの使い方
 【ひろば】の使い方1
 【ひろば】の使い方2
 【ひろば@LABO】よくある質問
 ホームページの「手入れ」
 使い方ヒント
 トップページのつくり方
 【ひろば@LABO】はとっても欲張りです
 公式HPにリンク
 表をつくるには
 ログインできなくなったとき
 写真・画像の圧縮実験
 パーティだよりの掲載について
 ★ラボ・パーティ活動をビデオで紹介★ビデオにリンクはる
 ページ作成補助機能を使う
 【ひろば@LABO】制作プロセス
 バナー集
 ★パーティトップページ見本(重要)
 リンク先の表示例
 【ひろば@LABO】というコミュニティを成長させる
 文字を枠の中に入れる
 テーマ活動のビデオをインターネットに
 ホームページアドレスとチラシ、名刺
 おもしろラジオ番組へのアクセス
・ 記録用紙『平 知盛』
現在ページはありません。
・ こどもたちの作品
 ポスター
Welcome!
[一覧] << 前の日記 | 次の日記 >>
灰色の地平線のかなたに ルータ・セペティス/作 岩波書店2012/03/21の日記 03月21日 (水)
灰色の地平線のかなたに ルータ・セペティス/作 岩波書店

アメリカ、ミシガン州に住む音楽プロデューサーである著者の祖父や父はリトアニアからの難民であった
この本ははじめての著作でソ連によるリトアニアでの知識階級とその家族の逮捕、移送の旅、強制労働収容所の様子を描いている
ナチスドイツによる強制収容所と比べてあまり知られてこなかったソ連の蛮行が、主人公である15歳の少女リナによって語られてゆく

1940年リトアニアはソ連よって侵攻され、併合される
1941年秘密警察NKVD(この後身がKGP)によって人々が逮捕され、シベリアの強制労働収容所(ラーゲリ)に送られる
このなかには乳児、幼児、妊婦までたくさん含まれている
食べ物の乏しい、長い過酷な移送の旅やラーゲリでの労働、酷寒の地であること、
によって病気も多く、乳児やこども、老人から亡くなってゆく

監視兵たちはリトアニア人たちni「国家反逆罪、強制労働25年に同意しろ」と同意書へのサインを強制、断ると眠らせない
それでも次の日は労働である。「ファシストの豚ども」として扱い、即座に射殺することもある。

(1942年から1952年にかけて、スターリン政権下でリトアニア人のシベリア追放政策が再開される。
スターリンによる恐怖政治によってこの時期バルト三国は、人口の三分の一を失ったという
1953年スターリンの死後、政策が変わって、それまで生き延びた人々がやっと1956年頃までに、故郷に帰ることが出来たが、
家屋、資産はすべて奪われており、また犯罪者として監視され、ラーゲリのことはいっさい語ることを禁じられていた)

1991年にようやくリトアニアは独立を取り戻した

家族の記憶、リトアニア人の記憶をもとに、リトアニアを二度訪問し、よく調べて描いている
著者自身の体験ではない。過酷な日々にあって、そのなかで助け合い、生きてゆく人々がいとおしい

p96 「深い絶望の縁に追いやられたと思ったとたん、振り子が逆に揺れて、ささやかだけどいいことが起こる」
p109「あのさ、空を見ていると家の芝生に寝ころんでいるみたいでまだリトアニアにいるような気がするね」ヨーナスがいった。
それは、ママがいいそうな、白黒の写真に明るい色をそえるような一言だった。
p189「深呼吸をして心の中に何かを思い描ければ、そこにゆくことも出来るし、それを見たり感じたりすることも出来ると、
心の中の静かな世界に逃げ込み、新たな力を見いだせていた」
>>感想を掲示板へ
<< 前の日記 | 次の日記 >>
Copyright(C)2002 Labo Teaching Information Center.All rights reserved.