ラボっ子OBOGより贈ることば-109 こころを通じさせるために
更新日: 2006.5.1
ID: 34
佐々木 勇さん
佐々木 勇さん
 私は,1991年にラボの国際交流でアメリカにホームステイしたとき海外に興味を持ち始め,1993年にラボの日本―中国青少年交流に参加したときに,将来は絶対に海外の人と関わる仕事をするんだという目標を持ちました。幸運にもこの目標を実現することができ,いろいろな国の人たちと取引をする仕事に就くことができました。現在,私は電気メーカーに勤務しており,海外営業という仕事をしています。具体的には日本や中国などで製造した製品をまた別の国のお客様に販売する仕事です。今年の3月まで香港で働き,今は任期を終えて日本に帰ってきました。
 
 当時,上司は日本人ですが部下は全員香港人でした。彼らとはじめて会ったときに,忘れられないできごとが起こりました。就任のあいさつが終わったあと,親しげに話しかけてきたひとりの部下がいました。彼はすごく嬉しそうに何語かを話しているのですが,ことばがまったくわかりません。他の香港人の同僚に「彼は何語を話しているのかな?」ときくと,誰もわからない…(後からわかったのですが,彼は興奮したり緊張したりすると,自分でも何語を話しているのかわからなくなってしまうらしいのです)。そこでそれからは,ことばが駄目なら次の手だ! とばかりに,絵を描いたり,手足を使って表現したり,ありとあらゆる方法を使ってコミュニケイションを試みました。次第にお互いの意図を理解しあえるようになり,半年もしたころには電話でもお互いの意思疎通ができるようになりました(それでも時どき,何語かわからないことばに悩まされましたが……)。
 
 中学生の時に経験した,アメリカや中国でのホームステイをしたときにも同じようなことがありました。当時,ことばはほとんど通じないけど,なんとか自分のいいたいことをわかってほしいと思い,絵を描いたり,手足で自分の意思を表現しこころを通じ合わせることができたことを覚えています。まさにこの経験が香港で役に立ちました。
 
 私に海外の人と一緒に仕事をするという目標を与えてくれたラボに心から感謝しています。さらにそれが達成できたことを原動力とし,もっともっと海外の人と関わる仕事ができるようがんばりたいと思います。

ラボの世界230(2005October)掲載
【ささき・いさむさん=三洋電機株式会社勤務/橿原市・阿部加代子P・OB】
このページを友人に知らせる
投稿者名: ラボ・パーティ(OB)
記事修正・削除: