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0705
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kohheimorita
森田曠平「出雲阿国」(部分)





〔8〕光あやなす魅惑の世界

    テューターから転身してステンドグラス作家に、林満江さん

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伊藤満江さんというお名前に、憶えはありませんか。
ラボ・パーティの草創期から10年とちょっと、静岡県熱海市で100人パーティを主宰して、
エネルギッシュな活動をなさっていた元テューター。
当時、主として教務の分野で大きな役割を果たし、今日のラボの礎石を築いた一人です。
スキーがおじょうずだったことでもよく知られていましたね。
(シャンソンやカンツォーネをうたう歌手でもあったことは、今回はじめて知りました)

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はじけ飛ぶような活発さで黄金期のラボの世界にピカピカ輝いていた人ですが、
不測の事故に遭遇、負傷してしばらくの療養の必要があり、やむなくラボの活動から離れました。
その後、傷は癒えましたが、あれれっ! 指先が思うように動かない…! 
その指を刺激するリハビリのためもあって、かねてよりの夢だったステンドグラス制作の世界へ。
グラスアートへの思いは、8歳のとき、教会で見たステンドグラス。
それが織りなす清麗な光耀の印象が忘れられずにあった、といいます。
ヨーロッパ各国をまわって研究を重ね、そして結婚。姓も伊藤から林へと変わり、熱海を離れました。
それを機にスタジオを設け、本格的なステンドグラス制作の道へ。
どこで? はい、わたしの家から歩いて7、8分のところ、横浜・青葉区です。
(南青山にもスタジオをもっておられるようです)
そこの工房でステンドグラス作家として制作することすでに22年、
その個性的なセンスのきらめきを存分に生かして、光がつくりなす美しいくつろぎの世界を
大小さまざまな建造物に広げてこられたほか、初心者から上級者まで、
幅ひろい会員を対象に制作指導にあたっています。
その林満江さん、このたび久しぶりの作品展を地元で開催しました。
わたしも二十数年ぶりにお目にかかり、1時間半ほど思い出ばなしをしてきました。
ほんとうに美しいですね、ステンドグラスの光。
山の稜線をわたってくる澄んだ風のように、こころを洗う清い光。〔2006.10.27〕



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〔7〕小野かおるさん、
  ゲーテの「ライネケ狐」を斬新な技法で


上野の東京都美術館で開催中(10月3日まで)の第70回「新制作展」。今年も小野かおる先生のお招きを受け、行ってまいりました。
何ごとにも囚われない、自由さ120パーセントで制作する造形。意味を問われても答えようのない闊達な表現の世界です。そんな空間にこの身をたゆとわせるひとときの心地よさ! スペースデザイン部門と彫刻部門をゆっくり鑑賞させてもらいました。
わたしだけいい気分にさせてもらっては申し訳なく、せっかくですので、みなさんには小野先生のご労作をご紹介いたしましょう。 (お許しを得ましたので)
たいへんな力作ですよ。すごいですね、絶えざる挑戦! 飽くなき探求! 今風の、マニュアル的思考の無感覚さ、厭味な未成熟さとは何という遠い距離にある表現か! 色の狂騒もここには、ない。メタリックな平面に浮き出たシンプルなフォルム。その単純さのなかに、詩的情緒と寓話的雰囲気を注ぎこんだ作品です。そこには、欲もなくムダもなく、清廉でつつましく、見るものをホッとさせてくれるものがあります。
昨年もここでちょっと見ていただきましたね。小石の表面に黒のふしぎなフォルムをのせた造形。これもシンプルでした。「はるかぜとぷう」や「幸福な王子」や「ありときりぎりす」でもない、「かぶ」でも「一寸法師」でもない、ずっとずっと遠い世界。小野かおるさんの指向する新しい世界がその線上にあるのでしょうか。

『ライネケ狐Reineke Fuths』、ドイツほかヨーロッパに広く、古くから伝わる動物寓話。根性の悪いキツネのはなしですね。フランスでは「ルナール」の名で親しまれています。悪知恵をはたらかせ、さんざん悪いことをやって立身出世をするずるがしこいキツネ。今の世にもいるじゃないですか、自分さえよければいいと、他をかえりみない、こんなのが。ゲーテがこの話を韻文の叙事詩にしているのをご存知でしたか。芥川龍之介がどこかでベタ誉めしていましたよね、「ゲーテは、これを書いただけでも十分に偉大だ」と。

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①オンドリのヘニングは云った、「ごらんください、この娘の亡き骸を!」
②熊のブラウン/前あしを引こうとして、もがけばもがくほど、痛みはいっそう耐えがたく…。

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③猫のヒンツェ/あわてふためいてもがいたので、縄がぎゅっと縮まった。
④ライネケは、とうとう梯子を登らされ、処刑寸前となったとき、高いところから口が開いた…。


今回の出展はこの4枚だけ。12枚で完成の予定だそうですが、つづきは来年のこの「新制作展」で発表するおつもりとか。
ご覧いただきましたように、あまり見ない技法に挑戦なさっています。説明を受けたのですが、この道に暗いわたしには、よくわかりませんで、金属(ブロンズ)の粉に樹脂を混ぜたものを筆で描いたのちかためるという手法を基本にするものとか。1枚の一辺が1メートル弱、けっこう重いものだそうです。ぎっくり腰の先生、搬入のお手伝いをしてさしあげればよかったのに。(なお、上のキャプションは上田真而子さんによる)


 以下は第71回新制作展(2007年9月)に出展された4点。
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〔6〕ブリューゲルの深い悲しみ

 じつは、野間宏の『暗い絵』を読んだ高校生のころからずうーっと、ブリューゲルの絵が気になっていました。フランドルの農民画家ブリューゲルの描いたいくつかの絵。「バベルの塔」「いざりたち」「盲人の比喩」といった、一度見たら不快なその呪縛から逃がれられないような印象の深い絵があります。思い出していただけるでしょうか。
 たとえば「謝肉祭と四旬節の戦い」、たとえば「農民の結婚式」、また「農民の踊り」や「気狂いフリート」に描かれたおびただしい人物。およそ非知性的で、愚かしげで、動物性むきだしの男と女の群れ。猥雑で、野蛮で、粗野で、放埓で、あつかましく、貪欲で、獣的で…。「反逆天使の墜落」や「ネーデルランドの諺」も、美しく豊かに心慰められるようなものではなく、悪意に満ち、目もまともに当てられないひどさで迫ります、見るものの胸をガリリとかじる、とでもいうか。

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「盲人の比喩」盲人が盲人たちを導く時代状況を描く


 このすぐれた芸術家はなんでこんな醜い、歴史の出来損ないのような、不愉快な人物像を描くことにこだわったのか、そこがどうしてもわたしにはわからずにいました。それが、先日、映画監督の今村昌平氏が亡くなり、あの人のつくったいくつかの映画を思い起こしたとき、なんとなくわかって、そのことを小論文したばかり。人間を「欲望」の視点から映像にしたユニークな映画監督。わたしが最後に見たこの人の映画は「うなぎ」だったでしょうか。わたしはこの監督のものはあまり好きでなく、せいぜい3~4本、そんなに見ているわけではないのですが、その俗悪な欲情の深さとは別に、人間のリアリティにはむんむんと臭いたちものを感じていました。わたしの好き嫌いとは無関係に、きれいごとでは済まされない、自分の金儲けのためには人道なんぞ知るかは、どんな恥ずかしいことでもする、という欲にまみれたこの社会をそっくり映し出す芸術のひとつ。

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「戸外の婚礼の踊り」見栄も慎みも捨てて踊り狂う村人たちの群像


 人間の優美さも愛らしさも魅力もカケラほどもないが、全身全霊をむき出しにして踊りさわぐブリューゲルの村人たちのその存在感にも、それと共通する痛烈なリアリティがあります。彼らは、神様がヘマを冒してつくってしまった人間たちだけれど、考えてみれば、いまのこの世界、地球を20回も吹っ飛ばすほどの力をもった破壊兵器と核物質の前に、わたしたちは晒され、隷属し、そこから抜け出ることはできずにいます。人間が人間らしいやさしさと思いやりをもって生きていることに意味を見出せなくなった時代。わたしたちはこの高度に組織化、技術化が推し進められる歴史の進歩をどこまで信じていいのか、わからなくなっています。小才を利かせた汗を知らぬものが「勝ち組」として幅をきかせる社会。騙すやつより騙されるやつがばかとされる社会。まじめに努力をすれば必ず報いられる、夢を抱きつづければ必ずいつかは叶うという神話が、ウソっぱちだということが明らかになった時代。理性をいい良識をいい道徳をいうことの虚しさ、それを言ったら首吊りにされる恐怖のなかで、人びとは非知性の日常に生き、踊り狂うしかないという皮肉。ホンモノの表現者による、表面的なお体裁では済まされないとする現実認識がこちらの胸に突き刺さります。ブリューゲルやボッシュが、衆愚の猥雑さを描きながら感じていたにちがいない孤絶感と悲しみの深さを思いました。

★絵は、小学館「世界美術全集7 ブリューゲル」(昭和53年6月刊)による。


 ☆…教科書で見た「バベルの塔」は何だかほんわかした感じだったのに、実物を前にだんだんと気味が悪くなってきたことを覚えています。〔さちこさん/06.06.04〕
 ⇒さちこさんはウィーンでふたつの「バベルの塔」をご覧になったことでしょうか。ひとつは建設中の塔、もうひとつは、ほぼ完成した塔で、雲をまとってそびえたつ塔。特に前者では幾千幾万という労働者がアリのように取り付いて仕事をしている様子が驚くべき精密さで描かれています。建築物の建造工程のすべてがあらわされているような描きかた。海辺近くのごく平穏なところに天を突いて突如出現する巨大な建物は、人間の傲慢(ヒュブリス)をあらわすもの。そう、「しっかりとメッセージが詰まった本物の持つ凄み、一日で何枚も見られるものではない」ですね。こういう絵は、ゆっくりと足をとめ、余裕をもって見たいもの。【2006年6月2日】

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【2006年05月20日】
〔5〕物を乞う存在としての人間を、
孤高の精神で表現するエルンスト・バルラハ


 五月の上野公園は新緑にうずまっていました。雨つづきのあとの、つかの間の青空。磨ぎだしたように澄んで、匂いやさしい空気に、小鳥たちがその命を歌っています。風までそれにあわせて歌っているような…。

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 ――人出の少なくなったころを見はからい、ゆっくりと上野へ行ってみようかナ、と思っています。芸大美術館のバルラッハ展。近くの国立西洋美術館ではロダンとその恋人カリエールの作品が来ているそうですが、今回見るなら、そちらではなく、断然、エルンスト・バルラッハでしょう。
 日本ではほとんど知られることのないドイツ表現派の彫刻家(1870~1938)。わたしは、ドイツへ行ってきた知人が持ち帰ったバルラッハ美術館の図録を見せてもらい、初めてこの人を知りました。すべて初めて見る作品でしたが、なんだか、震えるような感動をもって見たような記憶があります。ですから、そんなに詳しく知っているわけではありませんが。
 乞食がいます、魔女がいます、娼婦らしい貧しい女がいます、農夫が、羊飼いが、祈りを捧げている人が、疲れた兵士が、占星術師が…。いわば、社会の底辺で生きている人ばかりを表現している木彫りの彫刻です。それを見ると、孤独で、内面的な生活に徹して生きた人だろうと想像されました。良寛さんや西行にも似て…。そこには、なにやら底知れぬ深さの宗教的なものがあって、卑しいものがカケラほどにもない。ムダなものを徹底的に取り除いて単純化した線と面は、人間の尊さを湛えて凛としています。その、シンプルでアルカイックな表現の中には、日本のすぐれた仏像彫刻にも通ずるものがあるように思いました。(To: ドロシーさん/05.05)

 ……とBBSで書いて、そのままになっていましたが、会期の終わりも迫ったきょう(5月20日)、時間をとって足を運び、宗教的な、とでもいうか、予期していた以上の、ある種の深い感動をもって見てきました。まず、ご紹介に先だって、訂正しなければなりません。わたしはこれまで「バルラッハ」と呼んできましたが、今回の特別展示に際しては「バルラハ」としていること、代表作としてご紹介した“Der Asket”を、わたしは「禁欲者」と勝手に訳しましたが、ここでは「苦行者」としていること。これは、もっと大きなものかと思っていましたが、高さ60センチ前後のものでした。赤っぽい胡桃材でざっくりと彫られています。能面を見ているような、さまざまなことを寡黙ながら語っている表情がドキリと胸を撃つ作品。小さいながらふしぎな存在感を有する、凛冽たる意思の輝きを見せる作品でした。

 180点が展示されているうち、眼目の木彫は12点、彫刻が57点、あとは素描と版画でした。全作品を通じて感じるのは、たいへん誠実に、人間とは何か、人間存在の根源とは何か、を問いつづけ、貧窮のなか、目に見えないものへの恐れと闘ったひとりの孤独な芸術家、といったところでしょうか。「生」と「死」の感情を極限的にシンプルな形で、シンプルながら最高度に繊細に、かつ重厚に造形化する人。作品「苦行者」が端的にその人間性と傾向を表現しているように思いました。表現される労働者や市場に働く女たち、農夫・農婦、難民…。彼らを縛っているのは貧困と飢え、そして戦争です。この作家の観念には、すべての人間は「物乞い」ないしは「問題をかかえた存在」、そして万斛(ばんこく)の無念を抱えたまま死ぬべき存在、とするものがあるように思います。

 展示のなかでとりわけわたしのこころにひっかかったのも、多くの像が祈るがごとく膝まづいていること(「苦行者」もそのひとつ)と、さまざまな「物乞い」のリアルな表現でした。「盲目の物乞い」(陶器製)は、長いボロのコートをまとった痩せた男が身を反らせてすわり、足のあいだに施しを受ける皿を突き出しています。手ばかりやたらと長い存在。「皿をもったロシアの物乞い女」(陶器)は、「く」の字を上からぎゅっと押し潰したような恰好をして、掌をうえにむけ、左手をにゅっと伸ばしています。「ベールをかぶった物乞い女」(プロンズ)は、深ぶかとベールで頭部をおおった女が、痩せてスジが浮いて見える両手を膝のまえに揃えて突き出しています。顔は見えるはずがないのに、それでも女の醜い顔が見えているように錯覚させられる作品。
 現代の「物乞い」たるわたしたち人間存在、いま何を未来に求めてその手を突き出しているのか。マネーか、愉楽か、名利か。それとも争いのない平和な世界か、せめてわが身の安寧か。何が幸福なのか、何がいちばん神に近いあり方なのか…。

 フィレンツェの修業時代(40代)には東洋的な精神性の根源をを探ろうとしている。「読書する僧侶」という木彫では、僧侶に苦行と諦念、克己、そして人間の限界というものを追究するすがたを見ることができる。人間の苦悩と諦念は、「物乞い」からつづくこの作家の生涯のテーマだったのだろうか。それはまた、多くの血が流された第一次世界大戦、つづいて、何もかも不確かな怒涛にもてあそばれたナチスの時代をストイックに生きた芸術家に負わされた宿業だったのだろうか。

 わたしはこれまで知りませんでしたが、付言いたしますと、バルラハはこうした造形芸術だけでなく、戯曲や散文でもすぐれた仕事をやっているそうです。才能ゆたかな人だったんですね。とりわけ劇作家としては、ドイツでは、ブレヒトに次いでもっとも多くその作品が上演されているとか。「哀れないとこ」とか「青いボル」…、ご存知でしたか。

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【2005年04月16日】
〔4〕中宮寺菩薩半跏思惟像(国宝)
神秘のほほえみ、白鳳文化の精華にふれる


和辻哲郎はその名著『古寺巡礼』のなかで、これを「聖女」と呼んだ。なるほど優美だ。気韻ただよう美しさだ。男でもない、女でもない、中性的ですらない、性をはるかに超越したやさしさと慈悲をたたえる菩薩。奈良・中宮寺の本尊、菩薩半跏思惟像(国宝)である。
うす暗い展示室で一見したとき、全面黒漆の沈んだ表情のなか、光の加減で頬とまぶた、それに胸の一部のふくらみの部分がぴかりとぬれたように光り、あれっ、涙か、と迂闊にも錯覚してしまった。

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神秘をたたえるアルカイック・スマイルと、右手の指を軽く頬に当てる
やわらかい表情が、なんといってもこの菩薩像の魅力のポイント。
じつに繊細な表情である。朝鮮の彫刻にもない、中国の彫刻にもない、
日本の古代彫刻が独自に獲得した、美しい洗練された作風である。
飛鳥時代の仏像彫刻といえば、ほとんどは一木彫だが、この菩薩さまは
木片をプロック状に積み上げ、鉄クギで固定するという木寄せ法で造られている
(後世の寄木づくりとは違う)という。その技法のみが生み出したデリケートさか。
材はクスノキ。表面は、いまは黒い漆で塗られた地が露出しているが、
もともとは、この上に白土が敷かれ、そこに彩色が施されていたらしい。
クギのあとや彩色のなごりから、頭部を飾る宝冠のようなものがあったろうし、
手首や腹部にもきらびやかな飾りがあったろうと想定されている。
そういうものがなくても、十分にこの世を越えた威厳がある。
むしろないことになって、清らかな印象を増したかも知れない。
いっさいのムダをそぎ落とした黒一色の単彩の世界が、潔い。
優美なシルウェットをつくりながら、顔のつくりが意外に小さいように思えた。
案内解説によると、聖徳太子と同じ寸法で造られているという。
つまりこれは、太子の分身である。太子の聖なる魂をそこに刻みこむことを
きびしく求められた仏師がどんな思いでこれを彫ったか、
それを思うと、胸がミシミシときしむ。
正面だけでなく、右から見る、背後にまわって見る、左から見る。
立って見る。しゃがんで見る。近づいて見る。少し離れて見る。飽きることがない。
なんという美しい曲線か! しなやかな手と指がつくりだす表情は
気品に満ちあふれ、笑みの表情には慈愛がこもっている。
その深い瞑想は、見ているものの現世欲と愛憎に泡立って狂う精神を
鏡のように静かな湖面のようにしずめてくれる。
展示されているのは、この菩薩像一体のみである。はい、ほかにはありません。
それだけで入館料600円。はいそうです。
いいじゃないですか、それで十分じゃないですか、
こちらの心の地平線を高貴な色の光で染めてくれ、何かしらひとつ高めてくれる
美しいほほえみに出会えたのですから。

この時期にかぎり、本館裏の庭園が一般に公開されていた。
初めて見る庭園だったが、これがなかなかいい。
池やあずまや、茶室を囲んで遊歩道が刻まれていて、さまざまな樹木、
さまざまな自然の花々や野鳥たちがわれわれを迎えてくれる。
上野公園のサクラはすっかり落ちてしまったが、ここには別種のサクラ、
御衣黄ザクラ、キクモモザクラ、一葉ザクラなど、さまざまなサクラが見られた。


ほぼ1年がかりで取り組んできた仕事にひとくぎりがつき、だれも「ごくろうさん」と言ってくれるものはないし、せめてもの自分へのごほうびとして、きょうは上野・谷中のまわりで遊んだ。旧友にも会った。いまは遠い、20歳の若さにもどって。それほど語るほどのこともないが、互いの老いに微苦笑するひととき。


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【2005年02月26日】
〔3〕天平の風、久遠の微笑
        
貧乏ヒマなしである。半ばやけくそで、きょうは上野へ行った。えっ? 花見! ちがいますよ、風は凍えるほどだし、花見にはまだ早いですよ。国立博物館平成館の「唐招提寺展」です。
1月には世田谷美術館の「吉野・熊野・高野の名宝」展(「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産登録記念)で仏教美術と密教の世界にふれたり、平山郁夫の「平成の洛中洛外」図展で京都の寺社のたたずまいにふれたのにつづいてということで、どうも先があまりないということなのだろうか、やたらこういうものに心そそられる。あぶない、あぶない。
本来ならこういうものは、大都会の美術館や博物館で見るものではなく、それぞれの地に足をはこんで、その地の空気の流れと香りを全身に感じながらゆったりと鑑賞したいところだが、情けないことに、貧乏しているとそういう余裕がない。ま、仕方ないじゃないですか。
それに、今回は100年ぶりの唐招提寺金堂の大修理ということから、これまで寺外に持ち出すことなどなかった名宝を初めて、初めてですよ(!)、外で公開するという企画。なんといっても、1200年余にわたって日本の混迷の時代を見てきた古刹のご本尊。六塵の境によろよろつまずきながら生き、六根の罪を負って息たえだえに生きるこの小さな身にも、ひょっとしたらラッキーな光耀のおこぼれでも…、と、これまた卑しい魂胆を秘めて赴いたという次第。

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じつは、もうひとつある。ほぼ1年前である。このホームページでお騒がせしましたね、横浜美術館での「東山魁夷展」のこと。あのときたいそうな感動をもって見た大作、唐招提寺御影堂の障壁画「濤聲」をふたたび見られるという。
これについては、鑑真和上のまします御影堂を再現しようとのさまざまな工夫努力にもかかわらず、ぜんぜんダメなんですね。砂に寄せては返す波の音はちっとも聞こえてこない。松の葉末をわたる風の音にひびきはない、潮の香もなく、マリンブルーのその世界に溶け込むことはできず、なんだかロボットの手ざわりで遠く引き剥がされたような感覚しか残らない。どうしてなのか。…だって、押すな、押すな、なんですよ。「とまらずにお進みください」との係員の声がヒステリックに繰り返されるという状況。これだからイヤになるね。

とはいえ、廬舎那佛(るしゃなぶつ)、高さ3メートル余のこの坐像(国宝)の、なんとももの静かな天平の笑みには、六根の罪に穢れるわが身も大きな愛で赦され、浄められる思いがする。鑑真和上の見えない目は、すぐ目のまえの利得しか見ようとしないわれら衆生の頑愚に「欲をすてなされ」と語りかけるかに、こころ澄んで崇高である。なんでこの中国の高僧は六度にわたる命がけの来朝を試みたのだろうか。日本という国は仏教にとってなんだったのだろうか。
廬舎那佛を中心に、帝釈天像、梵天像、それに四天王像と配してつくりなす天平の造形空間はこころの平和の祈りに満ちみちていた。それに、ご本尊を守護する四天王の持国天や増長天、あるいは多聞天や広目天にせよ、その後の時代に見るような恐ろしげな憤怒の表情はあまりなかったような気がする。乱れのない統一的な宇宙が悠久に見えた。3月6日まで。(好評につき2月28日の月曜も開館するとか)

この企画につづいて、3月8日から(4月17日まで)は奈良・中宮寺の菩薩半伽像が飛鳥の風をはこんで東京・上野にやってくるという。斑鳩の郷で微妙なアルカイックスマイルを見せるあの菩薩像です。和辻哲郎さんの『古寺巡礼』で日本美術の最高傑作と称えられた、有名な仏像ですよね。あの静かな、あまりにも静かな瞑想を想うだけで、「まずいな、こんな生きざまをしてちゃ」と、煩悩多きいまの自分のあり方を考えさせられる美しい造形に、また出会える、…かな?

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【2004年02月24日】
〔2〕香月泰男という画家

いま東京ステーションギャラリーで開催中(3月28日まで/月曜休館)の
香月泰男(かづき・やすお)展。歿後30年を記念する回顧展で,
「〈私の〉シベリア,〈私の〉地球」というサブタイトルがついている。
山口県の日本海に面する小さな町,三隅町の出身。
東京美術学校(現・東京藝術大学)卒業,
梅原龍三郎に師事して油彩画を描きながら,美術教師として勤めていたとき
召集の命令を受け,満州へ赴きハイラルで軍隊生活を送る。
2年弱にして敗戦。敗戦にともない虜囚として
シベリアの収容所(ラーゲリ)に送られる。3か所のラーゲリへ次つぎと。
零下30~35℃,ものみな凍結してしまう極寒の世界で
2年にわたる飢餓と強制労働の日々を送る。

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「兵にとって戦争とは,郷愁との戦いでもある」として帰国の日を夢み,
1947年,ようやくあこがれの舞鶴の土に立つ。
生家に帰って再び絵に取り組むが,
頭に結ばれるイメージは,あのシベリアの日々のことばかり。
月も太陽も,少しも明るくない。そして,どんなときも
あの恐ろしい極寒の地で骨と皮になって果てていった幾万もの
戦友たちの叫喚が耳から離れない。
どこにいても,シベリアの凍土に眠る戦友たちの亡霊が出たり消えたり…。
香月の画業はその戦友たちの鎮魂のためにささげられた27年だったといえる。
自分で焼いた炭を刃物で削り,油をまぜて顔料にして描く独特の世界。
それは,描く道具といって何もない索漠たる収容所生活で,
シラカバの皮を燃やしてつくった炭だけが唯一の絵の具だった,
その記憶から生まれた手法という。
だから,その世界は色彩に乏しく,荒涼としてうそ寒い。
ぞくぞくするほど,そのこころの闇は深い。
そうした画面が,古い駅舎のむきだしになったレンガ,
ところによっては崩れてきそうなレンガと漆喰の壁面と一体をなして
ふしぎな力をもって迫る。
作品はこのシベリア・シリーズばかりではないが,
どうしてもこの印象が圧倒的だ。
家族や友人に宛てた軍事郵便ハガキに描かれたスケッチにも味がある。
萩焼の絵づけもユニークで奥深い。
いずれにせよ,胸つぶれる暗い情念をずうっと,
ずうーっと抱えつづけて生きた一人の画家の生涯は,
なぜ人は表現しないでいられないのか,――それを考えさせてくれる。


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【2004年02月04日】
〔1〕東山魁夷展[ひとすじの道]

横浜美術館で開催されている東山魁夷展[ひとすじの道]を見,たったいま帰ったところ。疲れもあるが,あの,蕪雑なものを一切省いた青い色調の透明な世界,美しい自然をわたる蕭寥たる凛烈の風にあてられては,いましばらくはだれとも口をききたくない,ほかのことは何も考えたくない…そんな感動と興奮のなかにいる。
 きょうが前期の最終日,一日おいて明後日からの後期には作品ががらり入れ替わることを知ったのはつい昨夜のこと。お目当ての絵がきょうを限りに外されるとあっては,多少体調が悪くても行かずばなるまい。開通して間もない「みなとみらい線」の混雑も,この際,がまん,がまん,だ。ただ,作品展示場の混雑だけはかなわん,と比較的早く出たつもりだが,思いを同じくする人も多いようで,どこへ行っても列,列,列…。それでも,せっかくなので短気を起こさず引き返すことをしなかったのは,われながら,エライ! おかげでいいものを観た,ほんとうのホンモノに触れた思い,幸せな幸せな気分に満たされている。……といってひとりバカみたいに感動していても仕様がありませんので,夕食をし,ひと風呂あびるなどしてクールダウンしたあと,別にページをつくって(左の「騰々任天真」からお入りください),すこしだけご紹介させてもらいます。
 東山魁夷の作品をこれほど徹底的に蒐集して開く企画はこれまでになかったこと。とりわけ,唐招提寺の障壁画を横浜で見られるなんて,ありがたくって,もったいなくって,鑑真さんにはまこと申し訳なく,バチが当たりはせぬかと恐ろしいほど。絵画の好きな方にはぜったいお薦めです。 2月6日からの後期展示をまた改めて見に行けるかどうかわからない。たぶん行けないだろう。どなたかご覧になったら,ご報告くださいませんでしょうか。2月24日まで。

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東山魁夷画伯といったら,どんな作品が思い浮かぶでしょうか。
まず,なにかとよく話題になる「道」がある。この人が歩んできた苦難の道であり,これから始まる道であり,(第一次世界大戦を終えたあと)むこうにどんな展望が開けているかわからない道である。道のわきには,野の花もなければ,草を食む馬のすがたもない。空に雲さえない。潔いシンプルさ。ただ一本,す~っと登っていく道だけ。
 「二つの月」の森厳な雰囲気はこの人ならではの素純さをあらわすもの。
 「夕静寂」は自然の荘厳さを魂の底まで響かせてくれる作。
 あるいはもっとよく知られている絵,透きとおった緑の広がりのなかに白馬の印象をとらえた絵。モーツァルトのピアノ協奏曲とともにあらわれる美しい幻想の馬,「白馬の森」であり「緑響く」に馴染みを覚えておられるかも知れない。
 古都の夜桜と月を,絢爛さをぐっと抑えて描いた「花明り」の印象を忘れずにいる人も。
 また,ラボの関係者なら,野尻湖の湖面に映る黒姫山を描いた「光昏」を想うかも知れない。
 どの絵をとっても,この人の絵には,わたしたちの胸に宿っているなつかしい家郷がある,こころに眠る原風景を澄んだ色調で蘇らせてくれるやさしさがある。
 さて,わたしが今回とくに楽しみにしていたのは,上記のいずれとも違う。
 日本的なもの,その穏やかさ,あたたかさ,繊細なしなやかさのもうひとつむこうでこの作家が求めたはずの,きびしさ,峻厳さといったようなもの。
 初期の作品「月宵」「郷愁」,中期の「雪原譜」「白い嶺」,晩年の「雪野」「夕星」などにそれを期待した以上に見出すことができた。万物がその虚飾をすべて棄てたときにあらわす木地(生地)を,原初の命を,醇乎たる形象のうちに愛情深い目で捉えている。
 原寸大でそれを目の前にするとき,わたしのからだはシンのところから熱くなるのである。

かし,今回のこの企画の眼目は,唐招提寺の障壁画である。作者の最晩年,10年余にわたって取り組んできた大作。よくぞこれらをここまで持ち出せたものである。なかんずく「涛声」にはうちのめされる。鑑真和上に捧げられた絵だという。その生涯にわたる苦悩との闘いを慰めるために,と。周囲の雑踏を無視し,鑑真その人になったつもりその正面に佇つ。一面に広がる海の青さ。巌頭にあたっては砕け散る激浪の音が聞こえる,さらさらと退いていく波の音も。岩にへばりつく1本のハイマツを嘯々とわたっていく海の風が,まるで魔界のものの泣き声のように唸る。周囲のあらゆる雑音がこのとき真空にいるように没して,わたしひとりがこの圧倒的な世界に生きている。これが傑作というのだろう。本来なら,こうした人工的な空間ではなく,奈良の古刹の霊気に深く深く包まれてこの大きな絵を観たら,またまったく別な感興を覚えたろうが,それはいまは詮ないこと。
 さて,わたしはわたしの「道」をどこまで来てしまったのやら…。(2004.2.4)
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