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青山学院大学名誉教授
児童文学
神宮 輝夫JINGU TERUO
こころをたくましく
すぐれた物語は,多くの場合,児童文学の基本とされる形式──主人公が精神的,肉体的な冒険の旅に出て,さまざまな危険や困難をのりこえて,やがてしあわせが約束された場所へもどってくるというパターン──をもっています。
絵本作家のモーリス・センダックは,「自分の絵本の世界には,かならず空想と現実をわける境界線が一本あり,そこを出入りするのが自分の作品だ」といっていますが,物語世界を体験するということは,まさにその境界線をこえることです。
そしてすぐれた物語作品は,物語世界への入り口と現実への出口がかならず違っています。子どもたちは,その入り口から物語の世界に入り,主人公とともに遠く旅をし,出口からでてくることによって大きく成長をとげます。
私たちの日常的な生活には制約が多く,精神や身体の自由を自分が思うように実現するためには,境界線のむこうの物語世界へ行く必要があります。しかし現実には,私たちはシステム化され制度化された社会のなかで生きていかなければなりません。
このような世界であればあるほど,私たち自身の心のなかにたまっているさまざまな矛盾や非論理的なもの──それでいて人の心にとってたいせつなもの──を何らかの形で解消していかなければなりません。そのためのひとつにナンセンスがあります。
ナンセンスな物語の意味のひとつは,常識に対する挑戦であり,またある意味では,現状に対する疑問として出てくることもあります。しかし,人間にとって物語を通じてナンセンスの感覚を自由に楽しむことはとても重要なことです。投げかけられた意味を論理ではなく心でわかるナンセンスは,そういった人間の豊かさを育てていくからです。
考えてみれば,ナンセンスな物語というのはとりとめもないことや,こちらの頭がおかしくなりそうな,あやしげなことが書いてあります。しかし,こういった話に幼いときからふれ,味わい,そしてそれを自然のうちに自分のものにしていくことは,人間の精神の核を強くし,将来はたくましい個性ある性格を作っていくと信じられます。
そしてそれはむずかしいことではなく,だれでも簡単にちかづけ,だれでも簡単に楽しめることだと思うのです。
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