★賢治の風景――水仙月って…? |
05月17日 (火) |
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〔掲示板の、Play with me さんへの返信「あざみ野」1、2とあわせてお読みいただけたら幸いです〕
がの/宮沢賢治は北国の冬についてたくさんおはなしを書いています。「水仙月の四日」のほか、小夜ちゃんはどんなおはなしを知っていますか。
小夜/「雪渡り」。四郎ちゃんとかん子ちゃんの“かた雪かんこ、しみ雪しんこ”のお歌がたのしいし、白いキツネさんの幻燈会、小夜にもご招待券をいただきたいわ。
がの/「雪渡り」のあんな雪、小夜ちゃんは見たことないよね。雪が大理石よりもっと硬く凍りつき、天も地もまるごと結晶したみたいという、冬の寒さのきびしさ。
小夜/この冬、横浜にも2回か3回、雪がありました。でも、さっき突然降ってきた雹と同じで、すぐ溶けてしまいました。
がの/賢治はそのほかにも、「ひかりの素足」とか「氷河鼠の毛皮」とか「氷の後光」といったおはなしで北の地方の冬の風景を描いていますよ。これらは、小夜ちゃんはまだ読んでいませんでしたね。そして、この「水仙月の四日」ですけれど…。
小夜/おとうさん、水仙月って、いつのことですか。
がの/いつのことだと思いますか、小夜ちゃんは。
小夜/雪がいっぱい、いっぱい降りますから、1月か2月。
がの/ふんふん。
小夜/そのころのことだとして、どうして水仙月というのでしょうか。
がの/そこは宮澤賢治だけの世界で、わたしたちの世界とは違うのよ。イーハトヴという、岩手県のなかのどこか特別なところ、賢治のユートピアです。その世界ではこの季節のことを水仙月と呼んだのではないでしょうか。
小夜/1月とか2月とかでなく、水仙月ですか。すてきですね。きっとバラ月、ヒナゲシ月、ナデシコ月などもあったかも知れませんね。
がの/はっはっはっ、バラ月、ヒナゲシ月、ねぇ。でも、考えてみれば、昔の日本の人も1月、2月とは云わず、睦月、如月、弥生…というふうに呼んでいましたからね。
小夜/あっ、イギリスやアメリカでもそうですよ。1月はJanuary、2月はFebruary ですから。こういう呼び方のほうが、なんだか、きれい。
がの/でも、水仙月が実際にはいつか、といったら、いちばんきびしい冬の季節が過ぎ、積もった雪を割るようにしてスイセンの花が顔をのぞかせる時期のことでしょうから、小夜ちゃんがいうのがだいたいあたっているのではないですか。
小夜/冬の最後に雪ばんごが大暴れをしたおはなしでしたね。
がの/灰色の長い髪をふり乱して荒れ狂う雪ばんご。ネコのような耳をもっているという。こわいですねぇ。「雪女」のおはなしは、小夜ちゃん、よく知っていましたよね。
小夜/はい。これもこわい、こわいおはなしです。
がの/あのね、旧暦の1月15日のことを地方によっては小正月と云っています。柳田国男という民俗学の先生が「遠野物語」という本の103番目のおはなしで「雪女」のことを書いています。それによると、「小正月の夜、又は小正月ならずとも冬の満月の夜は雪女が出て遊ぶとも云ふ。童子をあまた引き連れて来ると云へり」とあります。あの地方ではそんなふうに信じられ、語り継がれていて、それを材料にして賢治は童話を書いてくれたんだと思います。
小夜/そうすると、新暦で2月上旬のころ。パチパチパチ…。小夜のあたり~!
がの/雪ばんごにお仕えする雪童子(ゆきわらす)という存在を賢治は創造しています。
小夜/その雪わらすにお仕えするのが雪狼(ゆきおいの)でした。これは人の目には見えないけれど、雪あらしのときは、これがそこらじゅうを駆けまわり、咆えまくります。
がの/このおはなしで、雪はどこでつくられると云っていましたか。
小夜/雪は、寒いとき、お空の高いところでつくられて、ひらひらと降ってくるわ。
がの/賢治はそうは書いていませんよ。空のカシオピイアがガラスの水車をキッキとまわすと、それが雪になる…。あるいは、アンドロメダがランプのアルコールをシュッシュッと噴かすと、それが雪になる、と。
小夜/わあ、賢治さんのすばらしい想像力ですねぇ。ちょっぴりむずかしいですけれど、小夜はそんな賢治さんの空想力が、だんぜん好きですね。
がの/雪だけのまっ白な世界。でも、賢治はそのなかであざやかな色を捉えていますよ。
小夜/スイセンの色。それに、小さな女の子の赤い毛布(ケット)、雪おいののまっ赤な舌。
がの/群青の空から落ちてくるサギの毛のようなまっ白な雪とか、桔梗色の天空とか。ビール色の日の光、やどり木の青と黄色。それに「まもなく東のそらは黄バラのように光り、琥珀いろにかがやき、黄金に燃えだしました」なんて、うっとりさせられる表現です。
小夜/ほんと、恐いほど、悲しいほどにきれいなイメージで、胸の底がシーンとしてきます。
がの/さてさて、このおはなしの眼目は、冷たい雪のなかで展開する雪わらすと赤ケットの小さい女の子とのあいだの、ふしぎな愛と友情であり、やどり木に象徴されている死と再生のドラマですが、もう、おしゃべりが長くなりすぎましたので、つづきはまたあとにしましょうね。
小夜/はい。でも、もうひとことだけ云わせてください。雪わらすは、雪ばんごの命令に逆らい、自分の役目もなげうって小さな女の子を救いますね。賢治さんがこのおはなしでいちばんおっしゃりたかったのは何か、と思うとき、小夜は「烏の北斗七星」で云われていることが思い出されます。「どうか、憎むことのできない敵を殺さないでいいように、早くこの世界がなりますように」という主人公のお祈りのことば。これは、それと通じる考えではないでしょうか。
がの/お~、すごい、すごい。小夜ちゃんはこのおはなしのいちばん大事なところをしっかり捉えてくれましたね。同じ人間どうしが争ったり殺しあったりする、それはぜったいにあってはいけないことですから。
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Re:★賢治の風景――水仙月って…?(05月17日)
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Play with meさん (2005年05月18日 11時12分)
赤羽末吉さん画の絵本を見つけました。
小夜ちゃんとお父さんとの会話に導かれて読むと、全集で読んだときと
は違い、随分イメージが変わりました。
雪の原の中に「美しい黄金色のやどりぎ」、「青い皮ときいろの心(し
ん)」、「群青の空」「ビール色の日光」「茶色のひのき」などのいろ
が鮮やかにみえてきますね。そして、雪婆んごの怖い様相が浮かび上が
ります。
そして、一番大事で印象的なのは子供のかぶっている赤い毛布(ケト
ル)。雪童子(ゆきわらす)のあかいほっぺと狼(オイノ)の赤い舌。
色彩のないような雪原にこんなにも美しい色彩がイメージできるなん
て、すばらしいですね。
『水仙月の四日 』とは水仙って本来寒いときに咲くものですよね。
(日本水仙)2月ごろに。そして、4日といえば立春!!とは言いなが
ら最後の一番寒い時ではないでしょうか。
雪婆も「後2回ぐらい」といっていますね。
また、「水仙月の4日だもの、一つや二つ取ったっていいんだよ。」
と当然のように言っていますね。
この時期に、旅人などがゆき倒れになることがよくあったのでしょう
ね。早春も近づいていることがわかります。
雪童子が優しく凍えないようにしてあげ、お父さんが見つけやすいよう
に赤いケトルをみせて去っていくやさしさ。
雪婆んごの命令にも背いて、助けようとした勇気は感動です。
「お父さんに助けられたよ」とまで語っていないこのおはなしにもすご
い深さを感じます。
*赤いケトルの子は男の子とイメージしてよんでいました。
なぜかわかりませんが・・・・
*赤羽さんの絵は物語を大事に読む人のイメージ邪魔しないで祖~とふ
くらむお手伝いをしてくれているような素晴らしいものでした。
あざみ野も読みました。後日書きますね。
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Re:Re:★賢治の風景――水仙月って…?〔1〕
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がのさん (2005年05月18日 21時59分)
Play with meさん
>赤羽末吉さん画の絵本を見つけました。小夜ちゃんとお父さんとの会
話に導かれて読むと、全集で読んだときとは違い、随分イメージが変わ
りました。
*赤羽さんの絵は物語を大事に読む人のイメージ邪魔ような素晴らしい
ものでした。
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「水仙月の四日」は、小夜の読んだ黒井健の絵本のほか、赤羽末吉さ
ん、伊勢英子さんのものがあるそうですね。どちらも見たいのですが、
わたしのよく行く図書館には赤羽さんのもの、伊勢さんのものはありま
せんでした。とりわけ赤羽さんのものはぜひ見たいと思っており、別の
図書館にあたってみるつもりです。「スーホの白い馬」の圧倒されるよ
うな表現力に見るように、なんといってもイメージ力の抜群に旺盛な方
です。あの賢治の透き通った世界をどう表現しているのか、興味は尽き
ません。
わたしはここで、ギリシア神話のナルシス(水仙)の物語を賢治がどこま
で意識していたのかを探ってみました。けっきょく、いまの段階では、
よくわかりません。ナルシスの神話にはふたとおりありますよね。デメ
テルの娘ペルセフォネが花野で遊んでいるとき、冥界をつかさどるゼウ
スの弟がよこしまな欲望からアッという間に地下の死者の世界に引きず
りこんでしまう。ペルセフォネが花野で見つけためずらしい花がナルシ
スで、それはどうやらわれわれの知る水仙とは違って、紫色と銀色だっ
たとされます。その花ごと地下につれていかれ、デメテルの怒りもあっ
て、春と夏の季節にはペルセフォネは地上に出て、季節の光をあびるこ
とができるようになります。《つづく》
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Re:Re:★賢治の風景――水仙月って…?〔2〕
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がのさん (2005年05月18日 22時03分)
Play with meさん《承前》
もうひとつは、「ナルシスト」の語源にもなっているとされる神話。ナ
ルシスという名の美少年がいて、娘という娘が彼に恋してあの手この手
で彼の気を引こうとやっきになる。ニンフのなかでももっとも美しいエ
コーにさえ、彼は心を動かされることはなかった。複雑な経緯からエコ
ーはゼウスの妻ヘラの怒りを買ってことばをうばわれている。ことばを
奪われたものの悲しい恋と、愛というものをついに知ることなく水に自
分のすがたを映して自分に恋し、そのまま死んでいく美少年。
前の神話の、春ごとに再生する新生の季節の象徴という点で水仙と通じ
ることはあるのでしょうが、宮澤賢治はそのポイントを「やどり木」に
移して語っていて、ギリシア神話とは関係なさそうに思えますが…、ど
うもよくわかりません。おわかりでしたら、お教えください。
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Re:★賢治の風景――水仙月って…?(05月17日)
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Play with meさん (2005年05月19日 15時50分)
直感的な私ですので、難しいことはよくわからないのです。
でもひとつ気になるのは、ギリシャ神話の水仙ではないように感じるの
ですが・・・・
もっとひそやか?なそそとした、香りの素晴らしい透明感のあるリンと
した水仙・・・・ではないかと。
それが咲くのは寒い雪のころ・・・水仙月が似合うころでは??
赤羽末吉さんの絵はスーホーとは全く違って、静かなそれでいて、勢い
があり、物語に深~く入っていけるような絵本ですね~~~。
こんな表現であっているか自信ありませんけれど・・・・
墨絵のような感じすらします。
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Re:Re:★賢治の風景――水仙月って…?(05月17日)
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がのさん (2005年05月19日 23時37分)
Play with meさん
>ギリシア神話の水仙ではないように感じるのですが…。
ギリシア神話については知っていたはずですが、この作品を書くに際し
てはそこには意識はなく、むしろ、柳田国男が採集しているようなこの
地に伝わる昔話に想を得て書いたとみるほうが自然でしょうね。
じつは、きょう、地域の中高年世代の方々20数名を案内して東京・文京
区あたりの文学散歩をしてまいりました。いまは足が棒のようにこわば
りバテバテですが、好天に恵まれ、たいへん充実した文学的史蹟めぐり
となりました。坪内逍遥、夏目漱石、樋口一葉、石川啄木、金田一京
助・春彦らにゆかりある史蹟とともに、ここには宮澤賢治の足跡も残っ
ておりまして、それについては「ページ一覧」のうちの「小徑を行け
ば…」の〔3〕ですでにご紹介しました。法華経に狂信していた時代
で、宗教の考え方をめぐって父政次郎とはげしく対立、親元をとび出し
て上京し下宿していたところがこの菊坂町(現・本郷4丁目)で、妹トシ
の病勢が悪化して電報を受けて急遽帰らねばならなくなるまでの7か月
を、筆耕の仕事をしたり国柱会という宗教組織の奉仕活動をしながらす
ごしていたところ。いまは地上4階地下1階の歯医者さんのビルになっ
ていますが、童話集「注文の多い料理店」に入っている童話のほとんど
を、ここで、1日に原稿用紙300枚という驚異的なペースで書いているん
ですね。トランクにぎっしりいっぱいの原稿を携えて大正10年8月末、
花巻に帰った、その翌年の11月27日(大正11年)に賢治は最愛の妹を喪っ
ていることはご存知のとおりです。賢治が東京に出てきたのは9回とさ
れていますが、この菊坂での7か月がもっとも長い滞京ということにな
りますね。「水仙月の四日」がいつ書かれたものか、しらべないといけ
ないですね。第一童話集が出たあとだとは思うのですけれど。
はげしく点いては消えた賢治の光芒を改めて驚きをもって見つめるひと
ときではありました。
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