★能「蝉丸」のシテを舞う人 |
05月30日 (日) |
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ご案内にあずかり,きょうは午後より東京・水道橋の宝生能楽堂で「蝉丸」を観せてもらいました。シテの逆髪(さかがみ)を舞うのが東京支部のFテューター。まずは,写真をご覧ください。
お能や狂言,みなさんはよくご覧になりますか。六百数十年前から日本に伝わる代表的な伝統芸能。残念ながら,いまは広く親しまれているとはいえないようですが,これが日本の生活文化の全般,固有の美意識の原型であり,その精粋であることはどなたも知るところです。どうして,いつから,わたくしたちの実感からこれが離れてしまったのでしょう。
わたしとしたところで,お能といわれてアタマに浮かぶことといえば,はなはだ情けない,恥ずかしいことばかり。地謡の人たちが黒の紋付を着てピンと背筋を伸ばして正座,1時間あまりもそこに身じろぎもせずじっと耐えている姿。わたしだったら5分ももたないだろうな,といつも思います。また,能装束。絢爛たるものだなあ,高いんだろうなあ,と。これをFさんに云おうものなら「なんという不見識!」と張り倒されること必定。
それでも,じつは,Fさんのそそのかしもあって,わたしはこれまでけっこうたくさんお能は観てきているんです。30~40曲くらいは。薪能も入れるともっとかな。おもしろいのか,と訊かれれば,「う,うう…~ん」。何か観てタメになったか,と訊かれれば,「う,うう…~ん」。お能は何度観ても,「わかった」という感じがないのです。じゃあ,何の感動もないのか,と訊かれれば,これも「う,うう…~ん」。その方面の評論家でもない身,観たお能について,よいのか,それともダメなのか,そんなことはわからない。せいぜい,声の通りがよかったかどうか,立ったすがたがシャキッと気持ちよいかどうか,そんなところ。まこと,感想を求められると,どう云ったらいいのか困惑し,すっかり自分で滅入ってしまうのです。
そんなテイタラクながら,能楽堂の一角にすわり,いよいよはじまり。まず笛がピィーッと鋭く鳴る。大鼓(おおかわ)がカチーンと鳴る。とたんに世界がクルッと変わります。特別な時間が流れだします。咳ひとつするさえはばかられる,ピリリとした空気がみなぎります。瞬間,宇宙的な静寂のなかにあり,自分の存在がフワッ~と軽くなります。譬えていうなら,タンポポの綿毛になって,そこに流れる風のまま,ふーわり,ふーわり漂っているというような…。
その気分は格別で,「格別」としかいいようのない心地よさなんですね。
きょうはいきなり30℃を越す暑さ。この日は観能を楽しんだほか,たくさんのテューターの皆さんとのなつかしい再会のひとときでもありました。
さて,本題の「蝉丸」についてですが,わたしがこの曲を観るのは初めてでした。Fさんの舞いにふれるのも何年ぶりになりますか。世阿弥の作とされる現在能のひとつ。「平家物語」や「三国伝記」に見られる説話がもとになっていると考えられます。世阿弥を経て,つぎには近松門左衛門の近世演劇「蝉丸」へと影響は及んでいっていますね。かつては不敬の曲として上演を禁じられたものの代表といわれてきました。たしかにこれはちょっと陰湿なところがあるんです。
このあとは,「ノート一覧」のうちの「古典芸能」その〈1〉に移して,写真とともにもうすこしお話しさせていただきます。
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Re:★能「蝉丸」のシテを舞う人(05月30日)
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どらみさん (2004年05月31日 18時30分)
わたしもご案内をいただいたのですが、他の用事があり、残念ながら行けませ
んでした。でもこうやって報告をしていただくと様子がわかり、おまけに写真
まで…スプリングキャンプの時に、シニア研修で来られて、ご一緒させていた
だき、研修を受けさせていただいたんです。本物を見たかったなあ!さぞすば
らしかったと思います。Fテューターにお会いになられたら、くれぐれもよろ
しくお伝えください。
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Re:★能「蝉丸」のシテを舞う人(05月30日)
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スミティさん (2004年05月31日 22時34分)
昨夜、写真つきの報告を読ませていただいて、いいなーなんて思ってい
たら、今朝、bs「こころのたび」で万作さんの、中国へのたび(8年
前)をやっていました。
中国の京劇、特に南の昆劇(こうだったかな?)と、狂言の共通すると
ころ、人との交流などをたどってのたび。
ラボライブラリィの狂言、中国語にするとまた可能性が広がるなーなん
て思いつつ。
古典芸能、狂言も待ってまーす。
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Re:Re:★能「蝉丸」のシテを舞う人(05月30日)
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がのさん (2004年05月31日 22時55分)
スミティさん
>今朝、bs「こころのたび」で万作さんの、中国へのたび(8年
前)をやっていました。中国の京劇、特に南の昆劇(こうだったかな?)と、
狂言の共通するところ、人との交流などをたどってのたび。
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は~,そうでしたか。BSのほうで放送されていたんですね。狂言の公演では
なく,演劇のルーツをたどる旅みたいな。
万作さんが間(アイ)に入ったよ,と云ったら,NHKの知人が,えっ,中国
にいるんじゃないの? …まさな幽霊じゃあるまいし,じゃあ,これから飛行
機に乗ろうとしてるんだ,とわかった次第。忙しいんですね,ああいう人は。
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Re:★能「蝉丸」のシテを舞う人(05月30日)
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ハニーさん (2004年06月01日 20時44分)
Fさんには昨年ライブラリー研究員として、未熟な委員長の私を支えていただ
き本当に感謝しています。
博識という点においてFさんの右に出るかたはいないのではないかと思う程で
す。そのFさんがお能をなさることは伺っておりましたがお姿はまだ拝見した
ことがありませんでした。今回お写真だけでも拝見できて良かったです。
私は幼少時より日舞を習ってきたのですが、正直なところ、お能は少し肩が凝
ります。私にとっては舞う人の表情、目線も楽しみの一つなので、ずっとお面
だと疲れてしまうのです。でもイエイツのように日本人以上にお能の美を理解
できる知識人も居るわけで、そういう方は凄いなと思います。
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Re:Re:★能「蝉丸」のシテを舞う人(05月30日)
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がのさん (2004年06月01日 23時35分)
ハニーさん
>Fさんには昨年ライブラリー研究員として、未熟な委員長の私を支えていた
だき本当に感謝しています。
私は幼少時より日舞を習ってきたのですが、
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Fさんには,会えば教えてもらうことばかりです。すごい方ですね。
ハニーさんは日本舞踊ですか。テューターの皆さん,それぞれに多様な隠され
た才能と芸をお持ちなんですね。うらやましいことです。ハニーさんの清艶な
舞いを見せていただく機会を得たいものです。
能狂言にせよ日舞にせよ,様式美というものを思います。わたしを含む現代人
はその様式,あるいは形式というものを軽視しすぎると思うことがあります。
どれほどユニークとされても,その精神は形の上にしかあらわれないし,わた
したちは何かのものを通じてしか自分を見出すことはできない。何かを通じて
しか語ることはできない。いまこうしてインターネットを通じてお伝えしてい
るのもそのひとつといえましょうか。そういう自明なことをすっかり忘れてし
まうところから,藝術の堕落,宗教の堕落が起こる――,そのようなことを云
っていたのは白洲正子さんでしたかね。
「蝉丸」,これは胸をうついい曲でしたよ。姉宮の逆髪と別れた蝉丸はその後
どう生きたろうか。勝手な想像ですが,芥川龍之介の「袈裟と盛遠」であげら
れている今様がふと思い浮かびます。――「げに人間の心こそ 無明の闇も異
ならぬ。ただ煩悩の火と燃えて 消ゆるばかりぞ 命なる」
一面,たいへん残酷な,悲しい悲しい曲でした。ハニーさん,こんどはお能の
ほうもいっしょに観ましょう。
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