人生におけるすべてのことは物語

仁衡 琢磨

ソフトウェア開発会社経営

 

 光陰矢のごとし。ラボ・パーティに参加していた頃から長い歳月が経ちました。また,ラボに参加していた期間の何倍も生きてきました。ですが,ラボで培ったものはいまの自分の骨格となっている,いまでも迷わずそういうことができます。

ことばが脳内に染み込んでいく活動

 とくに私を育ててくれたのは優れたラボ・ライブラリー,ラボがくれた物語です。毎晩布団の中でワクワクしながらお話を聞きました。自分が主人公になった気分で。本も好きでよく読んでいましたし,映画も好きでよく観ていましたが,ラボ・ライブラリーはそのあいだぐらいの位置にあたるでしょうか。本は自分の想像力をフルに働かせられるのが魅力,しかしそのイメージはちょっとボヤーッとした感じです。一方,映画は鮮やかなイメージを演技・セリフ・音楽などでトータルに受け取れるのが魅力,しかし完全に視聴覚を委ねるので自分の想像力が活躍する余地は大きくはない。ラボ・ライブラリーは視覚なしで聴覚のみに限定――物語のエッセンスを余すところなく伝える鍛え抜かれた台本,それを演じる優れた役者の声・演技,一流の音楽・効果音,それらが耳から豊かに注がれ,脳内でイメージ化しながら聞く――物語を受けとるためのとてもすばらしい手法だと思います。映画を第七芸術(編集部注:映画を建築,絵画,彫刻,音楽,舞踏,文学に続く第7番目の新しい芸術と考えるもので,フランスの映画理論家 R.カニュード が唱えた)と呼ぶのであれば,ラボ・ライブラリーを第八芸術と呼んでもいいのでは?! とさえ思うのです。とくに少年少女時代に物語を受けとるための最適なかたち,と言い得るのではないでしょうか。
 こうして受けとった物語を,自分たちでテーマ活動として劇表現にすることで,さらに物語の理解は深まったと思います。そしてその活動を日本語と英語とで行うことで,知らず知らずに両言語が脳内深部に染み込んでいったとも思います。
 そしていま,私は会社の経営者として,ラボ・ライブラリーを通して物語を浴びるように聞いたこと,成りきって演じたことがとても役立っていると感じています。なぜなら「人生におけるすべてのことは物語」だと思うからです。

「おもしろがる」がすべての原動力

 私の会社はオーダーメイドでソフトウェアを開発する会社です。多種多様な仕事をしている人たちから,バラエティに富んだオーダーをいただきます。例えば人工衛星向けのソフト,医療向けのソフト,スポーツ戦術向けのソフト,下水道プラント向けのソフト,魚直接取引システム・・・などなど。そんなやり方を続けていますと,人から「そんなにいろんな種類を受けて大変じゃない? ほかの会社は○○向けシステム,とか範囲を決めてそのなかで注文に応えてちょっと変更を加えたり,ラインナップを少しずつ広げたり,でしょ。何でもかんでも受けてるのは大変だろうに……」なんていわれることがあります。でもそれを私はおもしろがってやります。他の人では受けないような仕事も私にはおもしろいのです。
 どうしておもしろいのか? それはどんな課題やニーズでも,そこに物語を感じるからだと思います。このお客さんはこんなことに困っている。そこに登場する人物はこの方と,あの取引先だな…。こんなものを作ればこの立場の人はこうなって,こちらの立場の人はこっちに展開して,そうなるとこ~んなおもしろい効果が生まれるぞ…。といった具合に,無意識に脳内で物語が紡がれているのだと思います。どんなことでもおもしろくないわけがありません。
 ですから他の人からは困難なことに見えてもおもしろがってやることができ,難しい注文,変わった注文,どんな注文でも受けて粘り強くしっかり対応するユニークな会社,という立ち位置を認めていただきながら仕事の幅を段々に広げていくことができているのだと思っています。
 そんな私の会社の主な顧客は研究者です。研究所・大学などで世界にインパクトを与えるような研究をしている人たちからのオーダーメイドですから,世の中にまだないものを作る楽しさがあります。夢は大きく「わが社の顧客がノーベル賞を取ること!」に置いて日々仕事に励んでいます。

ドイツにて商談中の筆者
ドイツにて商談中の筆者

生きた英語力,コミュニケーション力を身につけた

 お客さんの要望を形にするオーダーメイドを事業の軸にしつつも,自社製品を開発して販売していくことにもチャレンジしています。しかも国内で売れているから良し,とは思っておらず,世界で販売を増やしていきたいとがんばっています。日本社会の高齢化・人口減少,世界全体で見れば人口爆発,そしてグローバル経済――これらを考えれば,私の会社のような中小企業であっても国内で安穏としている場合ではないと思うのです。
 現在わが社の製品「救トレ」の世界展開に励んでいるところです。先日はカンボジアに営業に行ってきました。すでにカンボジア,マレーシアにユーザがいるのです。いまはそれをどう増やしていくかという段階,現場に足を運ぶことがだいじだと考えています。さらに来月にはアメリカのテキサス州で開かれる国際医療シミュレーションの学会に営業へ,そこから移動してカリフォルニア州で開かれる医療機器展示会へ,と行脚は続きます。
 こういった場面でものをいうのがラボで培った「英語力」と「コミュニケーション力」です。流暢な英語ではないかもしれませんし,さほど多くのボキャブラリーはありませんが,まったく困ったりはしません。実際の英語での会話では,「机上の英語」より「生きた英語」が必要だとつくづく感じています。私ははじめて会った外国の人とも結構短期間で仲よくなってしまいます。軽口を英語でいうことが多いのですが,すべてその場の思いつきです。むずかしい単語や言い回しも使いません。相手の人といっしょにいる時間におもしろいことが起きた。それをいっしょに楽しみたい。そう思うと素直に軽口が出たりします。気づいたらすっかり仲よくなり,そこからビジネスが広がることもあります。
 こういった生きた英語力,コミュニケーション力は学校の授業ではなかなか身につかないものでしょう。ラボ・キャンプや国際交流の体験のおかげだと思っています。

ラボ・キャンプに参加の信州・黒姫駅にて
ラボ・キャンプに参加の信州・黒姫駅にて

だれとでも繋がる力

 私は何かができないとか,だれかとコミュニケーションできないとか思ったことがありません。それが私の強みだと思っています。地球の裏側だろうが,いま自分がやっている仕事とまったく関係ない話であろうが,コミュニケーション不可能だとも,できないともまったく思いません。
 会社を経営するにおいても,あまり長期的展望などと肩肘張らず,目の前にいる人,目の前の人が困っている課題に真摯に対する。それをまずおもしろがる。それが儲かるかとか,いいことあるか,とかは後回し。人と会うこと,話すこと,困っていることを解決してあげること,それをただただ続けていくなかで,「これをビジネスにしたらおもしろそうだな」とか,「この人とこの人を繋げたらおもしろいかも」とか,そんなことを続けてきました。
 来る者拒まず,来た相談事も基本的には全部断りません。そういう方針でがんばってきたら,なんだかいろいろ幅が広がってきて「おもしろい感じになってきたかな」と思っているところです。
 そういうオープンマインド,「できないことはない」「なんとかなる」「だれとでも繋がれる」という構え,どんなことにでも「物語性」を感じてそれをおもしろがれるという姿勢,それらはもって生まれたものでもあり親に感謝していますし,そしてラボ活動からもらったものでもある,と思っています。これからも「人生すべて物語」の精神で何でもおもしろがって,周りの人たちとの繋がりをだいじにしつつ,世界中に飛び出していきたいと思っています。

浴びるようにラボの物語を聞き,染み込むようにことばを身につけていった(左端が筆者)
浴びるようにラボの物語を聞き,染み込むようにことばを身につけていった(左端が筆者)

お話を伺った方

仁衡 琢磨(にひら たくま)

 1969年,茨城県生まれ。ソフトウェア開発会社経営。

茨城県・仁衡恭子パーティOB