多様性と共存にむかって--心を写し留める人でありたい

大脇 崇(おおわき たかし)

愛知県名古屋市生まれ。
名古屋市のラボ・加藤芳子パーティに所属して活動に励み,海外への視野を広げる。三重大学工学部建築学科卒業。1998年よりInternational Center of Photography(I. C. P.)にて写真を学んだ後,アシスタントをしながらニューヨークに在住。2002年帰国後,東京にてフリーランスとして活動。
個展“Joy of Life”Chashama Gallery(NY),“Little Ones”The 4th Street(NY),“500 Stories”Photo Gallery International(東京)およびPRINZ(京都) ほか。所蔵:清里フォトミュージアム。ライカと共に世界各地を旅しながら,温かな目線で人びとの日常生活を撮り続ける。
著書に『DREAMS』(サンクチュアリ出版)がある。

15歳の夏――もうひとつの家族の一員になれた日

 ぼくがラボ国際交流でケンタッキー州のアーラー家にステイしたのは15歳の夏。父のパトリックは小さな町の郵便局長。ホストフレンドのエリックは,いかしたバイクを持っていて部屋にはドラムセットのある,おとなびた15歳。ぼくと同じ歳。母マリーンと妹パトリシアは美人でやさしく,ほんとうにアメリカ映画にでてくるような一家だった。最初はホストフレンドの陽気さに戸惑ってしまい,うまく英語が話せずかなり内気だった。しかしある週末,家族でパーティにでかける日があり,みんなで変てこな仮装を楽しんだ。そのことが自分の小さな「殻」を破り,みごと家族の一員になれたのだった。

1987年,アーラー家でのホームステイ 1987年,アーラー家でのホームステイ
ハイスクールで授業を受けた記念のショット。数学だけはeasyだった。 ハイスクールで授業を受けた記念のショット。数学だけはeasyだった。

 それから6年後,ぼくは大学を1年休学して,建築と英語を学びに再びアメリカへ渡った。ライトの建築を見に全米をグレイハウンドで旅する途中,アーラー家を再訪。21歳になっていたぼくをパトリックは,とびきりのバーボンで歓迎してくれた。
 ラボで学んだことはたくさんある。心をひらいて他者とつながることや,たくさんの出会いをたいせつにするということ。仲間とよろこびや悲しみを共有するすばらしさを教えてくれたのはラボだった。それに,幼い頃から英語に親しみ,物語を通じて想像力を鍛えることができたこと,見えないものを想像する力は,ことばが通じない相手とのコミュニケーションで,いちばん必要なものだと思う。想像力が他者への好奇心ややさしさにつながるものだから。

仮装してお祭りへ。ガリ勉一家みたい 仮装してお祭りへ。ガリ勉一家みたい

写真集『DREAMS』にこめた思い

 ぼくの現在の仕事は写真家。人間をしっかりと写し留める人でありたい,と思っている。アメリカを旅している間に,カメラひとつで人間と向きあうことのおもしろさに気づいたのがはじまりだった。建築学科を卒業後,ニューヨークの国際写真センター(ICP)へ入校。そこへ2001年に同時多発テロが発生した。信じられない悲劇であったが,ブッシュ政権の唱える「正義」に疑問をもち,もっと世界の周辺から人びとの姿を見なければ,と強く思って帰国した。
 現在は日本をベースに活動。2010年の春,世界55か国の子どもたちの姿と「将来の夢」を集めた『DREAMS』(文・写真=大脇崇/サンクチュアリ出版)という本を出版した。発端は編集者との何気ない会話からだった。
 「最近の若い人はみんな,夢をいだかなくなってきたよね」「テロや紛争,少子高齢化,ひきこもりなどとため息ばかりが聞こえてくるね」「なんとか人びとの心を明るくできる本を作りたいよな」と盛りあがった。子どもたちの心は柔らかでまっすぐだ。彼・彼女らの内にあるきらきら光るものをすくい取ってきたら,希望がもてるのではないかと思った。

2010年。成田空港「NAA ART GALLERY」で展示会 2010年。成田空港「NAA ART GALLERY」で展示会
『DREAMS おとなになったら,なんになりたい?』(文・写真=大脇崇/サンクチュアリ出版) 『DREAMS おとなになったら,なんになりたい?』
(文・写真=大脇崇/サンクチュアリ出版)
2011年。ラボ・パーティでのワークショップ。みなで世界で一つの地図作り。 2011年。ラボ・パーティでのワークショップ。
みなで世界で一つの地図作り。

 費用をなんとか都合し,バックパックを背負っての一人旅。子どもたちへのインタビューには苦労したけれど,自由気ままに旅ができたのは大きなよろこびだった。
3年のあいだに約1500人の子どもたちやその家族との出会いがあった。本ではそのうちの2割ほどしか紹介できなくて残念だけれど,どこの国の子どもたちもすてきな夢を聞かせてくれた。

ぼくが旅を続けるのは・・・

 旅とは,その土地の空気をたっぷり吸いこむこと。現地でおなじ飯を食べ,彼らの話していることばを聞き,音や光,風,匂いを感じること。労働に手を貸し,いっしょに汗を流し,酒や茶をくみ交わし歌い踊り,ともに笑えたら最高だ。だから,ぼくはいまでもホームステイが大好きだ。何より相手のこと,その土地の暮らしをより深く知れるチャンスだから。
 インターネットが発達して世界はほんとうに身近なものになったけれど,やはり自分の身体を通して得た経験や感動というものには全然かなわない。メールやtwitterなどは瞬時に情報交換できて便利だけど,身体には何も残らない。ブラジルの農園でステニオくんと,あつい太陽のもとコーヒー豆を収穫したことや,モンゴルの草原をムングヌくんと三日間馬で走ったことは,一生忘れることはない。

チベット自治区の中学生たちと チベット自治区の中学生たちと
キューバにて。少年野球を楽しむ キューバにて。少年野球を楽しむ

 ぼくが旅を続け,写真を撮り続けるのは,この星に住むまだ見ぬ人びとと心をかよわせたいから。文化や風習,価値観の違いを学んだうえで,おなじ人間どうし,心がぴったりと重なりあったときに,ぼくは人生のすばらしさを知る。そしてその心の美しさやよろこびを,他の人たちや未来の子どもたちのために写真に留めておくことが,ぼくの使命なのだと思っている。ぼくらの暮らしはどんどん孤立化し,他者を恐れ,絆のうすい社会になっているから…。誰もが愛ややさしさを求めているというのに。
 これからますます世界は小さくなり,モノも人も国境を越えていく時代になり,ぼくらの町にもきっと多くの外国人が住むようになる。そのとき,他文化・他民族を恐れるのではなく,理解しようとつとめて,たがいに寛容に生きていける社会であればいいな,と思う。

2012年4月、英語版dreamsの発売を記念して、NYの書店で子供たちと一緒に世界旅行 2012年4月、英語版dreamsの発売を記念して、
NYの書店で子供たちと一緒に世界旅行
2012年5月、仙台の仮設住居を訪問して、ドリームスワークショップ 2012年5月、仙台の仮設住居を訪問して、ドリームスワークショップ