※ 本原稿は2014年3月に執筆されました

渡辺 香代子氏

ことばがこどもの未来を"きりひらく"

渡辺 香代子(ワタナベ カヨコ)

 埼玉県生まれ。 教諭。
 小学校2年生~中学校3年生までラボパーティで英語に楽しくふれ,英語好きのまま小・中・高・大学時代を送る。同志社大学文学部英文学科に在籍し,中・高等学校の英語の免許を取得後,小学校教員免許を取得。小学校でのよりよい英語活動のあり方を模索するなかで,平成24年度4月から平成25年度3月までの一年間,慶應義塾大学言語文化研究所,大津由紀雄教授のもとで,埼玉県長期研修生として,小学校外国語活動の領域を研修する。「ことば」のおもしろさは「ことば」の中にあったことに気づかされる。英語も「ことば」としてとらえさせる授業,小学校だからこそできる国語科との連携,交流による授業を軸に,現在「ことば」に積極的,魅力的な小学校外国語活動の推進に取り組んでいる。夢は,ラボっ子のように,生き生きと英語にふれ,生き生きと英語を使える児童を育てること

ラボにはあって,今の小学校英語活動にないもの

 「Are you ready? Let's sing a song, "Humpty Dumpty"!」今日も教室で,Mother Gooseの歌声が響きます。私は,教員歴13年目の小学校の教員です。そのうちのほぼ10年間,小学校の英語活動に携わってきました。本格的な実施は3年前からですが,先行実施も含めると約10年も前から英語は小学校に顔を出していることになります。しかし,依然,小学校においての英語は居場所が定まらず,居心地のよくない状態にあるように思います。というのも,ここで何をすることが求められ,ここで子どもたちにどんな力をつけさせることが求められているのかが,小学校教員にそのゴールが明確に見えてきていないからだと私自身思っています。このような,靄の中で展開される,とらえどころのない英語活動を展開していかなければならない立場にい続けた私でしたが,授業で何をすべきか,子どもたちと何を目指せばよいのかに,迷うことはありませんでした。なぜなら,自分自身をその目指す目標にしたからです。

Humpty Dumptyの歌(1年生)「….had a great Fall!』身体を使い体験的にFallを感じる!Humpty Dumptyの歌(1年生)
「….had a great Fall!』身体を使い体験的にFallを感じる!
Humpty Dumptyの読み聞かせ(1年生)Humpty Dumptyの読み聞かせ(1年生)

 私は,小学校の2年生から中学校3年生までラボっ子でした。当時のお気入りの話は『A Tale of Six Talented Men(きてれつ六勇士)』。気に入っていた役は『Peter Pan』のTinker Bell。好きだったSongbirdsは,心地よい音が並ぶ「Kookaburra」と体全体で英語が楽しめる「The Hokey-Pokey」,そしてキャンプの時だけにみんなで歌えた「ラボランドのうた」でした。ラボっ子でいる間に,たくさんの歌や手遊び歌にふれたおかげで,小学校の英語の授業の中で,楽しく取り組めると思われる英語の"引き出し"を多く持つことができました。何より,ラボのおかげで,私は英語が今でも好きです。世界の色々な国の人たちと友だちになりたいと思っているので,例えそれが英語圏でなくても,興味のある国に飛び出していくことに躊躇はしません。自分がもっている英語力で,なんとかコミュニケーションをしてしまおうという度胸はあります。伝えたいのは自分の英語力ではなく,自分の考えや思いであり,飛び出した世界でやりたいのは英語力を高める目的のためのコミュニケーションではなく,共に創造的な何かをすることだからです。これはみんなラボが教えてくれたことです。ラボっ子は誰もが,こんな素晴らしい力をもっているように思います。ラボっ子はみんな,笑顔で世界に飛び出していく。ですから,私は,何も目標をもたないよりは,目指すゴールとして,自分のように,英語と世界に積極的な児童を育てることで十分なのではないかと考えたのです。そのため,授業の中で私は,ラボでやってきたたくさんのSongbirdsやNursery Rhymesを取り入れました。できるだけ,「聞く」「話す」場を多く設定し,英語で実践的に自己表現するような場も設けるようにしました。子どもたちは,英語嫌いになることなく,生き生きと活動をしてくれました。しかし,実際に小学校の現場に求められている授業と私がしようとしていることの間には,何か溝のようなものがあるように感じていました。それが何かに気づかせてくれたのは,今でも私の英語の授業に「ことば博士」として登場してくださる,ある先生との出会いでした。

"オニに金棒"("You're just the man we need."
『きてれつ六勇士』より)
― 大津由紀雄先生との出会い

 私は,平成24年度の4月から平成25年度の3月までの1年間,慶應義塾大学言語文化研究所の大津由紀雄先生(現在は明海大学教授)のもとで,埼玉県長期研修生として小学校外国語活動の領域の,研修をさせていただきました。大津先生のもとでは主に,言語の認知科学についての基礎を学ばせていただきましたが,私がここで学んだのは人間にとっての「ことば」の大切さでした。そこから見えてきたのは,ラボにはあって,今の小学校英語活動の授業に欠けているもの,「ことば」という視点でした。

「ことば博士」の大津由紀雄先生と一緒に行なった語順の授業(6年生)「ことば博士」の大津由紀雄先生と一緒に行なった語順の授業
(6年生)

 英語の歌やチャンツを活用して,英語の音声や基本的な表現に楽しく慣れ親しませると同時に,楽しいゲームを活用して積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てる。そしてさらに,英語も「ことば」であることにもしっかり気づかせていく。指導者が,英語を「ことば」として科学的にとらえられていれば,日本語と英語というふたつの言語がもつ音や文字,並び方といったもののちがいや同じところに子どもたちの目を向けさせられるようになる。その発見は,両方の言語のおもしろさの発見を促すだけでなく,両者そのちがいはそれぞれの言語が持つ仕組みや特徴の理解につながり,それは知識としての理解へと結びついていく。これは,小学校と中学校のつながりを子どもたち自身が実感できるものとなる。この時,子どもたちの母語である日本語が土台にされるため,国語の力の定着も強化できることになる。何より,子どもたちにとって,英語の授業が,ゲームの楽しさ以上に知的な学び,「ことばを使っている」という手応えが感じられる,魅力的なものとなるのです。これは,中学校で本格的に系統的に英語を学ぶ前の小学校段階においてだからこそ,国語科を中心にして全教育活動の言語活動の充実を図りながら,横断的,縦断的にできることなのです。
 実際に,「ことば」の視点を加えた英語活動を展開させてみると,子どもたちにとって英語が,日本語と同じように「ことば」として,無理なく自然に入っていっているように感じます。「ことば」に敏感になり,その仕組みを上手く使って「聞こう」「話そう」とする姿勢は,日本語においても顕著にその積極性が顕われました。子どもたちは,「ことば」を使って話すこと,聞くことが大好きになるのです。「ことば」を使って思考することがおもしろくなってくるのです。これは,ラボっ子が人前でも,積極的に,自信をもって話すことができるという共通性につながるところがあるように思います。ですから,小学校においても,ゲームやうたばかりでなく,「ことば」の視点をとり入れての知的な英語の体験的な活動も必要だと思いました。
 それで思い出したことが一つ。『きてれつ六勇士』がお気に入りだった小学2年生の私は,お話の中の〝オニに金棒"ということば,というよりその使い方のおもしろさが気に入り,国語の授業で創作劇をやった際に,自分の台詞の中にこのことばを使ってみました。担任の先生は,私がそのことばを知っていたことと,話の流れの中でこのことばが正しく使われていたことにとても驚き,みんなの前で褒めてくださいました。ラボのお話からは,こんなふうに日本語の語彙や言い回しも数多く学ぶことができました。

今日の"Are you ready?"を未来の"Yes!"へ

研修で訪問したフィンランドの小学校で子どもたちと交流研修で訪問したフィンランドの小学校で子どもたちと交流

 Songbirdsやテーマ活動の前の,この"Are you ready?" "Yes!"が私は大好きでした。楽しい英語の世界の新しいドアがまた一つ,いつもこの一言で開く気がしていたからです。このフレーズは,小学校で英語の授業をする教師に,教室で使う(指示)英語(Classroom English)の一つとしてよく紹介されるものです。今の私にとって,この一言は,「さあ,今日も英語の『ことば』の世界に遊びに行こう!」と子どもたちを誘う合い言葉になっています。
 ラボが私に提供してくれた教材は,どれも英語の「ことば」のおもしろさがつまっているものばかりです。ですから,その一つひとつが,それを発見させるための大切な活動なのです。前人未踏の小学校での英語活動・・・それゆえ,「こうあるべき」,「こう進めるべき」といった答えを誰かが知っているわけではありません。これからも手探りで,恐る恐る取り組まれていくでしょう。しかし,今の子どもたちには,今まで以上の英語力が求められています。

 今までとは別のアプローチの方法が,小学校段階から必要とされてきているならば,ラボのアプローチの方法は,小学校の外国語活動で大いに効果が期待できるものだと思います。グロ-バル化がさらに進む社会を生きることになる子どもたちにとって,「ことば」は,もはや未来を"つくる"以上に"きりひらいて"いくものにさえなるはずです。ラボは,子どもたちにそんな力をつけてあげられるだけの「ことば」の力を持っています。そう言えるのも,ラボっ子がそれを今までずっと証明してきているからです。ラボっ子が写っている写真は,どれも笑顔が輝いています。どの国の人が彼らの横に並んでいてもです。自分のラボでの体験を信じ,「ことば」と「子ども」の可能性を信じ,私はこれからも,小学校の教室で「Are you ready?」と子どもたちに呼びかけていこうと思います。そろそろ年齢的には難しくなってきましたが,英語と出会う子どもたちの顔を笑顔にし,両者を強く,魅力的に結びつける"Tinker Bell"でこれからもあり続けたいと思います。

※ 本原稿は2014年3月に執筆されました