桒田 慎也氏

心に残る自然体験を

桒田 慎也(くわた しんや)

小学3年生でラボ・パーティに入会。中学2年でラボ国際交流に参加。シニアメイト(キャンプ・リーダー)や大学生コーチ活動(国際キャンプの企画運営),東京支部大学生の表現活動や本部ユースタッフ(会員向け機関紙『ことばの宇宙』の取材・編集ボランティア)にも参加した。
 趣味は山登りで,ヨーロッパのアルプス最高峰,モンブランに登頂した。国内外の山岳ガイドとしても活動経験がある。
 99年4月,ピッキオスタッフとして (株)星野リゾートに入社。
 2003年4月ピッキオは (株)星野リゾートから独立。エコツアーの企画開発のディレクターを経て,2007年6月 (株)ピッキオ代表取締役社長に就任,事業全体のマネージメントに取り組む。エコツーリズムを軸に,地域や自然保護に貢献するビジネスモデルの完成を目指している。 (2014年 現在)

世界に広がるエコツーリズム

 私がいま取り組んでいるのは「エコツーリズム」の仕事です。日本では1980年代頃から現れた概念で,観光産業のひとつです。自然豊かな環境へ出かけ,誰もが余暇を楽しみます。一方で,たくさんの人が訪れることによってそこの環境が破壊されてしまうという悲劇が,日本の観光地でよく見られました。
 私が大好きな山登りでも,大勢の人が同じ登山道を使うことで,道が荒廃したり,山頂にゴミが残されたりすることがよくあります。こうした観光やレジャーのあり方では,観光にとっても自然にとっても持続的ではないことから考えだされた概念が「エコツーリズム」です。その観光地に関わる人々が協力しながら環境を守るためのルールを決めたり,その観光地を歩く時にはガイドが案内し,その観光地本来の魅力や価値を伝え,観光資源を未来に残していこうと努めたりするのです。今では世界中に「エコツーリズム」の概念が広がりました。南米エクアドルのガラパゴス諸島やマレーシアのボルネオ島,オーストラリアなどがその先進地です。

エコツアーのガイドをする筆者 エコツアーのガイドをする筆者

自然の豊かなリゾート地,軽井沢が私の舞台

 私が活動しているのは長野県軽井沢町。春先は,鳥のさえずりで目が覚めるほど豊かな生態系が広がる高原地です。年間に750万人もの観光客が訪れ,保養やレジャーで一時を過ごします。私はこの地を訪れる観光客の自然体験をサポートするエコツアーガイドの仕事をしています。私が代表を務めるピッキオは今年で設立22年目(2014年 現在)。軽井沢の自然を未来に残していくこと,そして自然の価値を広く伝えていくことを目指して活動しています。
 軽井沢のすばらしい自然景観を眺めているだけでも,観光価値は十分あるのですが,私たちは眺めているだけではなかなか出会えない,そこにすむ生物のことも深く知ってもらいたいと考えています。私たちの行うエコツアーで人気があるのが「ムササビウォッチング」です。ムササビは夜行性でリスの仲間。空飛ぶリスとも呼ばれ,木のてっぺんから数十メートル離れた木の根元へと,「滑空」という手段によってエネルギーをあまり使わずに移動します。そのおかげでハイカロリーではない葉や花などの食べ物で暮せるようになり,地上には決して降りず樹上生活ができるよう進化した生物です。

滑空するムササビ 滑空するムササビ

 ムササビウォッチングでは滑空するムササビを観察しますが,その参加者を見ていますと,空を飛ぶ一瞬の姿におとなも子どもも目を輝かせ,どよめきの声が上がることさえあります。人間の常識を越えた生物の生態に,自然への畏敬の念から参加者はとても感動しています。かつては,社寺林などにも生息し人のすぐそばにいたムササビですが,開発とともに身近な存在でなくなってきているようです。いつまでもムササビが生息できる環境が日本に残されていくことを願ってやみません。

私の人生を方向付けたラボのわかもの合宿

 ラボには小学校3年生の時に入会しました。私の人生に大きく影響を与えたのは,全国の大学生ラボ会員が集い,1つのテーマについて合宿しながら話し合う「わかもの合宿」であったと思います。環境問題を取り上げた「地球とぼくら」というテーマを掲げて実行委員長を引き受けたのは,大学3年の時でした。私のなかで環境問題の意識が高まった大学時代,直感的にひらめいたものは「思考を止めて,自然の中に飛び込もう」という発想でした。喧々諤々と議論しながら思考を深め真理を追求する当時のわかもの合宿のスタイルから脱し,その年は合宿の時間の半分を真冬の奥日光の森の中で過ごすという,これまでに無い異例なものとなりました。しかし,全国から集まった50名前後の大学生ラボ会員に自然体験を強要しつつ,その意義や結論について何も提案できないまま閉幕となったことを今も覚えています。パッションのみで突き進み結論を持っていなかった私,少し恥ずかしい思い出となりました。

小学生のころ,「ブレーメンの音楽隊」を英語で発表したときの写真 小学生のころ,「ブレーメンの音楽隊」を英語で発表したときの写真

自然の豊かなリゾート地,軽井沢が私の舞台

 私はパーティでのラボ活動も好きでしたし,地区の活動やラボランドくろひめでのラボ・キャンプにも積極的に参加しました。ラボ・キャンプのシニアメイト(高校生・大学生のキャンプリーダー)や大学生コーチ(キャンプの企画運営をするボランティア)も体験しましたし,ラボ会員向けの機関紙『ことばの宇宙』の制作にもユーススタッフとして関わりました。
 いま当時を振り返り,ラボに最も感謝したいことは,自分が表現したいという思いをラボが受け止めて,表現の場をかぎりなく自由に提供しくれたことだと思っています。英語を話す力は,表現をしたい,相手に伝えたいという思いがあってこそ,活きたものになると考えるラボ教育は,英語教育の範疇を超えて人間教育に及ぶものだと思います。
 そして私は,自然と人間が対立するという思考ではなく,環境保全と観光振興を同時に達成しようというエコツーリズムの概念に感銘を受けることになりました。ここにたどりつけたのは,自分を表現して生きていこうという姿勢がラボ教育によって養われ,自分と向かい合って思考を続けてきた結果だと思っています。
 ラボ・キャンプでも野外活動がありますが,心に残る自然体験は必ずその人の自然観や価値観に影響を与えます。わかもの合宿ではことばにできなかったこのことが,いまでは長年のガイドの仕事から断言できます。

高校時代,ラボランドくろひめでシニアメイト(キャンプ・リーダー)として活躍する筆者(左端) 高校時代,ラボランドくろひめでシニアメイト(キャンプ・リーダー)として活躍する筆者(左端)

 これからも,自然の中で心が豊かになれる時間を提供するエコツアーを創り続けていきたいと思います。この先厳しい環境問題に向き合ったとしても,それを乗り越えられる新しい価値観を創造すること,自分の住む地域で手を取り合って持続可能なライフスタイルを実現することなど,まだまだこの先,私の夢は広がっています