スチュワート・カンディ氏

チャレンジできるニュージーランド交流

スチュワート・カンディ

Let's Homestay 代表取締役社長
ニュージーランド・マスタートン出身。
高校卒業後,税務署での仕事を経て,マッシ―大学入学。1994経済学士を取得して卒業。
1992年JETプログラムで来日。岡山工業高校で2年間英語講師として勤務。
1994年Let's Homestay社設立。代表取締役。

1992年にJETプログラムで来日。日本に到着した時にはまったく日本語が話せなかったが,滞在中日本への興味が高まり日本語検定3級を取得。日本国内を旅し,多くの人との出会いがある。
 帰国後は南島のクイーンズタウンで日本の観光客へのツアーサポート,トレッキングガイド,ドライバーガイドとして働くかたわら,日本からの学生グループを対象にしたホームステイやアクティビティの手配を開始。

 1997年に北島のタウランガ市へ引っ越し,結婚。公益財団ラボ国際交流センターの「ラボ・ニュージーランド青少年交流」プログラムを含め,日本からの教育旅行を専門とし,個人及び団体向けに留学,ホームステイ,ファームステイ,修学旅行,英語研修旅行などを手配する。

日本との出会い

 私は小学生の時,日本と中国は同じ国だと思っていました。中学生の時,社会科の授業で日本について少し勉強して,いろいろなことがわかってきました。高校時代は日本語授業の選択がなかったので,マオリ(*1)語を1年間勉強しました。大学を卒業する頃,海外で働くことを考えて,日本の文部省(当時)のJETプログラム(*2)に応募したところ,英語講師として迎えてくれることになりました。私が22歳の時でした。
 正直なところ,それまでとくに日本に対する興味が強かったという覚えはありません。日本語がまったく話せない状態で日本へ行き,2年間,岡山工業高校で英語を教えながら,日本語を一生懸命勉強しました。日本に住んでみて多くの人がニュージーランド(以下,NZ)に魅力を感じているということを知るようになり,もっと自分の国を知ってほしいと思いました。また,NZに帰国する前に友だちになった英語学校の先生から,NZでのホームステイ・プログラムをつくってほしいとの依頼がありました。そこで帰国後はじめてホームステイのアレンジをしました。その生徒さんたちがNZでさまざまな異文化体験をしながら,毎日のチャレンジを乗り越えていき,ホストファミリィと親しくなって,お別れの時にはお互いに涙が出て……,たくさん忘れられない思い出をつくって,すごく満足して帰国されました。その時,これからもっと多くの日本の学生さんに,同じ体験をしてもらえたらいいなと思ったのです。

ラボと私

2002年10月の機関誌「ラボの世界」の表紙を,NZ交流の写真が飾った 2002年10月の機関誌「ラボの世界」の表紙を,NZ交流の写真が飾った

 ラボとのおつきあいは2001年に始まりました。ラボっ子OBの芹澤健一さん(アルパインツアーサービス株式会社代表)の紹介で,当時の財団法人ラボ国際交流センター事務局長がNZに視察に来てくださいました。プログラムの目的をおうかがいし,受入れに適切であろう学校を訪問して,各校の校長先生やインターナショナル部門の学部長とミーティングをし,プロジェクトのコンセプトに合意することができました。
 翌年の2002年,第1回めの「ラボ・ニュージーランド青少年交流」プログラムは,タウランガ市内の3つの学校が受入れをし,交流がスタートしました。受入れた学校は,中学校ではTauranga Intermediate School,高校ではTauranga Boys CollegeとTauranga Girls Collegeでした。
 私どもLet's Homestayは,タウランガでのホームステイにおけるすべての手配と滞在中の日本語のサポートをします。毎年タウランガに来てくださるので,私たちスタッフはもちろんのこと,受入れ校の関係者もどんどんラボのことを知るようになり,毎年ラボっ子がやって来るのを楽しみにしています。
 NZの学校は海外からの団体プログラムの依頼がものすごく増えました。長年続くラボとの交流プログラムの受入れ校は,このプログラムを最優先してくれて,どんなに忙しくてもさまざまな依頼や問題に快く対応してくれています。

2004年,タウランガ・ガールスカレッジの図書館で。ラボのテューターシャペロン,カンディ氏,学校の責任者 2004年,
タウランガ・ガールスカレッジの図書館で。
ラボのテューターシャペロン,
カンディ氏,学校の責任者
2014年,タウランガ・インターミディエイトスクールの教室で 2014年,タウランガ・インターミディエイトスクールの教室で

チャレンジするラボっ子のようす

 これまで,さまざまなグループの受入れをしてきていますが,ラボっ子たちは平均的な日本の学生とは違っていると感じています。ラボのことを学校の先生やホストファミリィに説明する際,私は「アクティビティを通して楽しみながら英語を学ぶボーイスカウトのような組織」といっていますが,私がこれまでNZで会った多くのラボっ子たちはみんなパワフルで,「何でもやってみよう!」という前向きな姿勢がみえます。またラボ活動でたくさんの人にもまれているからか,人とのつきあい方がじょうずな子が多いと思います。海外での生活はチャレンジが多いので,強い意志と根気が必要です。
 NZのプログラム期間中は北米と違い,学校が夏休み中の訪問ではありません。NZの7~8月は冬であり学校もありますので,ホームステイでのチャレンジに加えて学校生活でのチャレンジもあります。それでもラボっ子はよくがんばっていて,ホストの家ではお手伝いをし学校では通常の授業を体験し,たくさんお友だちをつくって交流を深めています。
 ほとんどの場合はホストファミリィのお子さんと同じ学校に通いますが,なかにはホストフレンドと違う学校に通うこともあります。その場合には特別なスクールバディ(ホストの代りをする,その学校の生徒)がついてくれます。そんななかでもラボっ子はいろんな人の輪に入っていき,がんばってなんでもチャレンジしてくれています。

2015年,キャンプのインストラクターとハイロープに挑む 2015年,キャンプのインストラクターと
ハイロープに挑む
2013年,キャンプでハイロープを挑戦中の1コマ 2013年,キャンプでハイロープを挑戦中の1コマ

 プログラム中に1泊2日のキャンプが行なわれます。キャンプでは現地の子も交えてカヌー,ハイロープ,ロッククライミング,フライングフォックス,ブッシュウォークなどの野外活動があり,そこでもラボっ子は積極的に参加してくれます。最初はみんな「怖い!」といっていますが,全員がすべてのコースに挑戦します。そんなラボっ子を見て,キャンプの責任者は “Better than kiwi kids!”(ニュージーランドの子よりいい!)とよくいっています。学校の先生方や私たちはラボっ子を「日本を代表するすばらしい親善大使」といっています。

2013年,キャンプの仲間たちと 2013年,キャンプの仲間たちと

 もうひとつの滞在中のアクティビティは,ホストファミリィといっしょに参加する「Japan Day」です。Japan Dayにはラボっ子全員が集まり,ホストファミリィを招待して英語での劇表現(テーマ活動),個人の特技(ピアノ,歌,手品,墨絵など)を披露します。その後小さなグループに分かれて折り紙,着物の着付け,書道などをホストに体験してもらいます。ふだんゆっくり日本文化を体験する機会がないので,ホストファミリィはおとなも子どもも楽しんでいます。ときどき何をしていいのかわからず立ちすくんでいるホストがいると,ラボっ子が迎えに行って,自分たちのブースに呼び込んだり,突然ダンスを踊ってみたりして全員に楽しんでもらえるよう行動してくれます。ラボっ子は人を楽しませることが,ほんとうにじょうずです。

2015年のJapan Day。ラボっ子のテーマ活動に大喝采が 2015年のJapan Day。
ラボっ子のテーマ活動に大喝采が
キャプション=2013年のJapan Day。浴衣を着る体験を大いに楽しむ キャプション=2013年のJapan Day。
浴衣を着る体験を大いに楽しむ

 ラボ・ニュージーランド青少年交流はホームステイ,学校体験,野外教育,文化交流と魅力的な要素がそろっています。ラボっ子のみなさんは,ホームステイを通してNZの生活様式や食文化を学びます。学校では日本にはない科目やスポーツを体験したり,ホスト以外の子どもたちと友だちになるチャンスがいっぱいです。大自然のなかでのキャンプはチャレンジの連続ですが,乗り越えた時に,自分が体力だけでなく精神的にもタフになっていることを実感できるでしょう。Japan Dayはラボのふだんの活動と日本文化を紹介する=「発信する力」が発揮できる機会です。ニュージーランドでの国際交流体験が,ラボっ子にとって今後の学習意欲や将来の目標に大きく影響することでしょう。

(*1)マオリ=イギリス人がニュージーランドに入植する前から先住していた人びと
(*2)JETプログラム=The Japan Exchange and Teaching Program。
語学指導等を行なう外国青少年招致事業のこと。

※2015年12月の寄稿の再掲載です。