
『夏の夜の夢』の,キラキラした思い出をかたちに
蟹江 杏(かにえ あんず)
版画家
ラボ教育センターは,物語を英語と日本語で聴くCD付き絵本を発刊しています。ラボ・パーティでは,子どもたちがそれらのCDと絵本を使って物語を劇にし,楽しみながら英語を習得する活動をしています。2016年6月に発刊された作品はシェイクスピアの名作『ハムレット』と『夏の夜の夢』の豪華セットです。
今回,寄稿していただいたのは,『夏の夜の夢』の絵本の絵を担当してくださった蟹江杏さん。蟹江さんのもっとも得意とする版画技法ドライポイントで描かれた物語世界は,真夜中,アテネの森で繰り広げられる妖精と人間たちのお話を,楽しくてキラキラした彩りで展開してくれました。『夏の夜の夢』を制作していただいたときのエピソードなどを語っていただきます。
ドライポイントってどんな版画ですか?
かんたんにいうと,金属やプラスチックの板をニードルという鉄の針でひっかいて絵を描き,その溝にインクを詰めて印刷するという方法です。

蟹江さんが描いた版。ニードルで描いた絵にインクをつめたところ。
余分なインクは拭き取るが,わざとインクを拭き残すのは蟹江流

印刷して着色した
どうして版画家になろうと思ったのですか?
幼いころから絵を描くのが大好きで,子どもの頃,将来は絵描きになりたいと思っていました。でも絵描きとして生きるのはたいへんです。それで舞台美術を仕事にしようと,イギリスのロンドンに留学して勉強しました。そのとき,あいた時間をつかって版画の学校にも通ったのです。そうしたら舞台美術よりも版画のほうがおもしろくなって,日本に帰ってからも夢中になって版画の勉強をしました。
蟹江さんは子どもたちともお仕事をされているんですよね
日本に帰ってからのはじめての仕事は「お絵描きお姉さん」という,子どもといっしょに絵を描くという仕事でした。
子どもってすごいですね。いっしょに絵を描くと,なぜかいい絵ができるんです。
エネルギーや,いろんなアイディアをもらっている気がします。感情もゆさぶられます。
この仕事では,たくさんのことを勉強しました。
子どもたちとのことといえば,東日本大震災は,私にとっても大きなできごとでした。子どもたちに元気になってもらいたいと,絵本の読みきかせをしに行ったのですが,みんな外遊びをしたい活発な子どもたちなんです。絵本を読んでもらっても,ほんとうにおもしろいのか不安になりました。
でも,読み終わったときに,そのなかのいちばん活発そうな子が近づいてきて,「今夜も来る?」って聞いてきたのです。
予定がつまっていて,すぐに帰らなければならず,彼の希望を叶えるのはむりだったのですが,必ず2週間後には来るからねと約束しました。その時以来,毎年彼らに会いに行っています。

『ふくしまの子どもたちが描く あのとき,きょう,みらい。』
(福島相馬の小学生たち,蟹江杏,佐藤史生/著 徳間書店)

NPO 法人3.11 こども文庫(理事長:蟹江杏)の活動のひとつ,
こども文庫「にじ」の玄関。
世界中から寄贈された絵本・児童書を収めた文庫
『夏の夜の夢』の版画を描くときに,どんなくふうをしましたか?

ラボ教育センター刊『夏の夜の夢』
『夏の夜の夢』は,私にとって特別なお話です。私のおばが若いころ,東京バレエグループというシェイクスピア作品ばかりを上演するバレエ団にいて,私も幼いころからよく観に行っていました。演目はたくさんありますが,そのなかでとくに好きだったのが『夏の夜の夢』だったのです。暗やみにキラキラ光る宝石のようなイメージをもったからでしょうか。その印象がとても強かったものですから,今回おとなになった自分が,そのイメージを超える作品を描くのは,とてもむずかしいことでした。でもあるとき,頭でっかちになったイメージからはなれるために,大きなキャンバスに自由にボトムとティターニアの絵を描いたら,すごく気持ちが楽になりました。「この感じ」が消えないうちに,と,それから5日間はほとんど眠らずに,一気に作品を仕上げました。
今回の作品は,私にとって新しい挑戦もしています。版画に絵の具などで色をつけるといういつもの方法に加えて,ふつうに描いた絵と版画を組み合わせてみました。それから,金箔などをはりつけている絵もありますが,色違いの金をまぜています。金色や銀色を印刷するのはたいへんむずかしいのですが,印刷会社の人がいろいろとくふうして,じっさいの色に近い色に印刷してくださいました。ぜひ楽しんでくださいね。
















