ここで，子どもの認知発達の話をしましょう。
　実は，幼児期から児童期にかけて，革命的と言っていい頭の中身の切り替わる時期があります。
　この第1次認知革命は，誕生して10か月ごろに起こります。早いでしょう。歩けるようになった，首がすわったという変化は目に見えますが，頭の中では，外からは見えないけれど，ものすごく大きな変化が起こっているのです。
　その一つが，記憶の発生です。エピソード記憶と心理学で言いますが，時間や場所に関連づけられた記憶です。例えば「昨日，お隣の犬を見た」というのはエピソード記憶です。その犬が，この絵本の犬と同じではないかということがわかるのが物の同一性の認識。そのためには，昨日見たということを記憶して，それをイメージとして持っていないと照合できない。
　記憶の発生，物の同一性の認識，イメージの誕生，これらが一斉に可能になる。そうして内面世界ができてきます。
　大人の言葉にとても敏感な時期でもあるので，ぜひ絵本に出合わせてやってほしいですね。子どもはお母さんを独り占めして一緒の時間を過ごすのがうれしくて，お母さんの声に敏感です。読み上げるのではなく，絵を指差しながらお子さんと会話をする，とてもいい時期ですよ。子どもは受胎後18週から聴覚神経系が働き始め，外の音を拾っています。こうして長い間にストックしていた音声索材から，実生活を通して，お母さんが「よしよし」と言ったらおっばいをくれるんだとか，自分で発音できなくても意味のわかる言葉が出てくる。その後，舌で離乳食を巻き取るなどという動きができるようになり，立ち上がることで舌を自由に動かせる空間ができて，1歳半ぐらいに，あたかも爆発するように，今までストックしてきた語彙をしゃべり始めるわけです。
　第2次認知革命は5歳後半ごろに起こります。原因と結果の関係がわかるようになるのです。もう一つは「振り返り」ができるようになる。自分の行為を見ているもう一人の自分が出てきます。また，未来を想像するプラン機能も生まれます。来週宇宙基地ごっこするから，今日はブランコに乗りたいけどガマンしてロケットを作ろうというような頭の使い方ができる。これらがうまくリンクして一斉に動き始めるのがこの時期ですね。
　この発達を支えているのは脳の情報処理能力です。この時期に短期記憶が3単位から4単位に変わるのです。1，3，8と3つの数字を聞いて，8，3，1と逆に言えたり，「花子は・赤い服を・持っています」というような3音節からなる文を復唱できると，3単位であると測定します。私たち大人は7プラスマイナス2単位なので，同時に複数のことに頭を使える。人の話を聞きながら，メモをし，テープの残量が大丈夫かしらと確かめることが同時にできる。けれども4歳までの子どもは，今やっている活動しか頭に入っていない。遊んでいる途中で声をかけられると，ハッと注意が途切れてしまいます。これが，5歳後半になると，ながら視聴もできるようになるわけです。
　そして第3次認知革命がやってくるのが，9歳から10歳。それまでは具体的ではないとものを考えられなかったのが，頭の中だけで命題を操作して，抽象的な思考ができるようになります。数えることがしっかり身につく時期ですね。生活概念――素朴な考え方から科学的な概念へと変わる時期です。
　この発達の間に，子どもは様々な体験をたくわえていきます。子ども知識は本当にわずかで点在する島のようだけれども，日々の活動を通して，島と島の間に橋をかけたり，陸続きだということがわかったり，地図作りをしているわけです。だから，子どもが幼児期にやる活動で無駄なものは一つもないんですよ。しかも五感を通して入れることが大事で，お勉強として実物に触れずにやっても身につかない。ただ，絵本などで，五感で体験したことを整理してあげるのはすごくいいことですね。

　幼児期にいろいろなことに興味を持って問いを出せるのは非常に大事なことです。それに対し，大人は考える余地を与えるような働きかけをしてほしい。その例として渡辺万次郎さんという植物学者が「理科の教育」という本に書いていらっしやったエピソードをご紹介しましょう。（注５）
　私はかつて幼稚園の２児を近郊に伴った。彼らは〈みやこぐさ〉の花に注意を引かれたが，その名を問うほかに能がなかった。当時，私どもの菜園には，同じ豆科の〈えんどう〉の花が咲いていたので，私は名を教えるかわりに，その花を持って帰りおうちでそれによく似た花を見出すようにと指導した。彼らが帰宅後両者の類似を見出した時には，小さいながらも自力に基づく新発見の喜びに燃えた。やがて一人は〈みやこぐさ〉について「これにもお豆がなるのか」と尋ねた。それは誰にも教えられない独創的な質問であった。私はそれにも答えず，次の日曜に彼らに現場で確かめることを提案した。彼らがそこに小さな〈お豆〉を見出した時，そこには自分の推理の当った喜びがあった。秋が来た。庭には萩の花が咲いた。彼らが萩にも豆のなることを予測した。彼らは過去の経験から，いかなる花に豆がなるかを自主的に知り，その推論を独創的にまだ見ぬ世界に及ぼしたのである。 　「これなに？」と聞かれてミヤコグサと答えるのは簡単だったけれど，同じマメ科のエンドウが家に咲いているのを思い出した渡辺さんは，おうちにもって帰って探してごらんとだけおっしゃった。家に帰って，「あったね，じゃ，おじいちゃん，これにも豆がなるの？」，これはだれにも教えられない独創的な質問だったと言っているのです。つまり，エンドウは花を咲かせた後，豆をならせる，それを孫たちは知っている。だから，花が似ているんだから，これにもなるのと聞いた。大人は質問に答えることはできるけれど，質問の仕方を教えることはできない。すごい質問をしたわけです。だからこそ，渡辺さんは答えなかった。さあ，どうだろう，来週確かめてみようよ。日曜が来て孫たちと一緒に現場に行ってみると，案の定，豆がなっていた。

　類推を働かせ，問いを持ち，仮説を自分の目で見て検証し，確認した。そういう科学者がたどるのと同じような仮説検証のプロセスを経たからこそ，秋になって同じマメ科のハギの花が咲いているのを見た孫たちは，今度は確信を持っておじいちゃんに言うことができました。「おじいちゃん，これにもきっと豆がなると思うよ」って。
　大人のかかわり方しだいで，子どもはこのぐらい賢くなるんですよ。すべて答えを与えてしまい，教師のようにしゃべってしまうのではなく，子どもが見つけたことや発見したことを面白がり，いいこと思いついたね，そういう言葉をかけてあげてほしいのです。

　5歳後半になると，物語文法，談話の文法というのが獲得されてきて，これで事件や出来事を語るようになります。次は5歳10ヶ月の子が口で話してくれた「星を空に返す方法」というお話です。
　今日はうさぎさんの誕生日です。
　今日は7月5日，うさぎさんの誕生日だから，森の動物たちが集まってきました。そして，みんなで食事をしてるときに，ケーキのかげから星が出てきました。星はみんなに言いました。「ぼくね，空からおこっちゃったの，だからね，ぼくをね，空に帰して」と言ったら，みんなはびっくりしました，「空に返すって？」「そうさ，ぼくは空の星さ」「星？」とみんなはびっくりしました。
　そこで象は言いました。「おれにまかせてよ」と，象はその星を自分の鼻に入れると，勢いよく飛ばしました。それでも星はおっこってしまいました
　そしたら今度は，みんなで相談をして，うさぎが言いました。「そうだよ，長あい笹を持ってこようよ。それに星を乗せてあげてさ，そしてさ，またその笹をさ，伸ばしてさ，空までさ，飛ばして送ってあげるのさ」と，うさぎが言うと，みんなは「そうしよう」と言って，笹を取ってきました。
　その中でも一番笹が長いのを取ってきたのは，ねずみでした。ねずみは手がゆらゆらになって，すごく長い笹を持ってきました。みんなでその笹に星を乗せると，土の中にうめて，一日待ちました。そうすると，その笹は，一日だというのにぐんぐん伸びて，空に届きました。そして星は空に帰ることができました。
　そして，その誕生日を終わった後に，みんながうちで空を見ると，きらきら光っている，とてもきれいな星がありました。みんなはその光っている星を，きっと落ちてきた星だと思ったのです。おしまい。
（内田伸子・採集） 　友達の家で絵本ごっこをして，どんなお話にしようかと思っていたら，絵が浮かんできたので描いた，そうしたら言葉が出てきたから言葉を書いたというのです。この子はまだ文字の学習はしておらず，いつのまにか自分で書き始めていたお子さんです。起承転結構造がしっかりして，常套句や常套の演出方法が出現していますね。これは昔話をたくさん聞いたり，絵本を読み聞かせてもらうなかで，自然に獲得されてくるものです。うさぎさんの誕生会のエピソードに星の事件が入り，3段階の解決の試みがあり，みそっかす（ねずみ）が解決のカギを握る。「誕生日が終わったあと」と言い，また元のエビソードに戻って終わるという，とても美しい構造の語りです。こういうことが，たくさんお話に触れていると，もう5歳後半にはできるのですよ。
　これは『きんぎょのトトとそらのくも』（注６）という絵本の発端部です。 　きんぎょのトトは　きんぎょばちの　なかでひとりぼっちでした
まどのそとをいろいろなくもが　とおりすぎます　ことりたちも　とんでいきます
トトは　まいにち　そらを　ながめていました
「あっ　きんぎょのくもだ」
そらをながめていた　トトは　うれしくなって　からだを　ひらひらさせました
「あのくもが　きっと　ぼくのともだちなんだ」
トトは　そらへ　いってみたくなりました
「どうしたらいけるだろう」（すると，小鳥が風船を持ってきてくれたのでぶら下がって）ふわあ　トトのからだが　ちゅうに　うきました　まどからそらへむかって　およぎだしました 　「このあとどうなるかな？　お話作ってくれる？」と年長組の子に口で語ってもらい，読み書き能力の発達を見るために「字で書けるかな？」と書いてもらいました。これは，文字を勉強して，もうひらがなをすらすら書ける子が作ったお話です。（注７）
　それからトトは，ちゅうへうきました。でも，風船をつけていたので，雲より上へ行きました。それで下へさがったら，雲より下へいきました。そしてやっと雲の上へいきました。でも，雲はとうめいなので，下へおちて，きんぎょはちにもどってしまいました。 　カタカナも書くし，しかも名前も漢字で書いています。次は，書けても3文字ぐらい。それも鏡文字で，お天気になれば外に行っていた子が作ったお話。 　それでトトはプカプカ行った。雲の金魚は風にふかれて，もうちょっと向こうへ行っちゃった。なかなか雲の金魚のところへいかれない。でもまた風が吹いてきた。トトは風にふかれてもうちょっとそっちへ行った。そいで，やっと雲の金魚のところへ着いた。そいで，トトは呼びかけた。雲の金魚は答えなかった。トトは悲しくなった。また，トトは呼びかけた。おっきな声で呼びかけた。やっと，雲がしゃべってくれた。トトは嬉しくなった。そのあとその雲と遊んだ。なかよしになった。そしたら意地悪な雲が出てきて，トトの風船をわっちゃったの。そいで，トトはいそいでお池ん中へ飛び込んだの。お池の中にはお魚さんたちがいるから，いっしょにお池で遊んじゃったの。トトはみんなとおともだちになりました。おしまい。 　すてきでしょう？　だから，200の文字を覚えるよりも，100の「なんだろ？」を育てたい，そう思います。自分で関心を持てば，あっというまに習得してしまう。文字の読み書きだって，これは年長組の2月時点ですが，こんなに差があっても，小学1年生の9月には並んでしまうんですよ。文字は子どもの関心の網の目に引っかかってくるに過ぎない，肝心なのは，文字が書けるかどうかではなく，文字で表現したくなるような，内面の育ちです。英語なら，ネイティブと同じような発音をすることではなく，話す中身を持つことです。
　創造力と想像力，それを幼児期に，しかも体験を通して育てておきたい。大人はとにかく子どもの安全基地になる，その子自身の進歩を認め，ほめる，他の子と比べない。これはこうなのよと，生き字引のようにあますところなく定義を与えない。子ども自身が考え判断する余地を残すことが，自分で考えるという力を育てるもとになるのであり，それこそが一番身につけてやりたいものなのです。

1. （注５）『授業と科学』（高橋金三郎著　麥書書房　1962年）より再引用
2. （注６）西巻茅子作　こぐま社刊
3. （注７）子どもの話はいずれも『ことばと学び――響きあい， 通う中で』（内田伸子著　金子書房刊　1966年）より引用