未来につながることば
(その1)
本名 信行
青山学院大学名誉教授,
社会言語学・言語政策学
ラボ言語教育総合研究所研究員
未来につながることば
(その1)
本名 信行
青山学院大学名誉教授,
社会言語学・言語政策学
ラボ言語教育総合研究所研究員
私たちが学び,教えようとする「英語」とは,どういうことばなのでしょうか。現在,英語は他の言語にはない特徴をもっています。
まずひとつは,英語を使う人の数の多さです。英語を公用語あるいは通用語にしている国(地域)は70か国におよび,世界の約3分の1をしめています。また,その他の国々で,英語を「国際言語」として学習している人の数もとても多いのです。そのため,英語の話し手はネイティブ・スピーカーよりもノンネイティブ・スピーカーのほうが多く,英語はノンネイティブどうしでも使われているという状況です。そのような言語は他にはないでしょう。日本人の立場からいうと,英語は英米人とだけ話すことばではなく,アジアや南米,イスラム圏などの国ぐにの人とも交流するのに役立つことばとなっているのです。「国際言語」ということは,英語は特定の国の人びととだけでなく,世界中のいろいろな国の人びとと話すためのことばになったということなのです。
インドでマクドナルドの店は人気スポットですが,ビーフバーガーはありません。牛が神聖な動物であるインドではビーフを食べるということはタブーなのです。そのかわりに,人びとはおいしいチキンバーガーやマトンバーガーをほおばっています。
ことばもこれと似ており,英語が世界に広まれば,世界にさまざまなタイプの英語が生まれます。たとえば英語を母語とする国の人びとが,それぞれ独特の英語を話すように,ノンネイティブの人びとも,それぞれに特徴のある英語を話します。ヨーロッパではお国なまりをもった英語が尊重されています。また,英語であいさつするとき,インド人は合掌しながらすることがあります。
このように英語を話すからといって英米人のように話し,ふるまわなければならない,ということはないのです。むしろ英語は多様であるからこそ,共通語になることができるのです。世界のさまざまな国の人びとが,それぞれの特徴をもちながらも「英語」を話すことに よって,いっしょに活動することができる。このような「国際的な活動をするためのことば」という英語の役割を,私たちはわかっておく必要があるでしょう。
"I speak English. But I am not English, I am Japanese."ということです。
これからますます国籍や文化の違う人びととの交流がさかんになることでしょう。こういった人びとの往来をつなぐことばのひとつが英語なのです。外交官や商社マンでなくとも,どんな仕事につこうとも英語が必要となるのです。英語を使うことによってビジネスチャンスや交流が広がるでしょう。
そのために,私たちは,英語は日本人の「もうひとつのことば」であることを意識し,積極的に英語を使うことがたいせつです。日本では,電車の車内案内やデパートの館内アナウンスなどを英米人に頼る傾向があります。これは日本人にその能力がないからではなく,英語は「外国語」というイメージにとらわれているからではないでしょうか。フランスの空港でフランスふうの英語を聞くと「フランスに来た」という感じがします。私たちは日本人が英語を使うことの価値をもっと認めたいものです。英語は「国際言語」なのだから「外国の人のことば」ではなく,私たちのことばでもあるのです。私たちは英語をもっといろいろな場面で使い,私たちのことを世界の人びとにどんどん伝えていく努力をすべきでしょう。
さて,どんな仕事にも役立つ道具であり,自分の可能性をひろげてくれるもうひとつのことばである英語の実用性や有効性を私たちは理解しているでしょうか。また英語を学ぶ子どもたちに,英語を学ぶ意義をしっかり伝えているでしょうか。
コラム1の調査報告のように,日本では,教員も子どもも依然として,英語は外国で使う特別なことばであると思っているようなのです。そのことは英語の可能性や英語学習の目標を小さくしているといえるでしょう。
また,英語を学ぶ目的は,英語を使うことにあります。英語を使って自分の趣味や仕事についての世界を広げられれば,こんなにすばらしいことはありません。ところが,私たちは英語の勉強で,勉強そのものを目的にしてしまい,英語を使うという本来の目的を忘れがちです。受験勉強で精根尽きてしまうのか,大学生になっても積極的に英語を使おうとしない学生は少なくありません。それはとてももったいないことですね。