ラボの活動は「対話」に向かう人間関係作りに効果を発揮

田島 充士

東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授

いま注目される「対話」の力

 娘が4歳の頃からラボを始めて,今年で4年目になりました。これまでキャンプも含め様々な活動に参加し,他の子どもたちやテューター(指導者),そしてシニアメイト(高校生・大学生ラボ会員のキャンプリーダー)たちとの交流の様子を間近で見てきました。今回,ラボ教育センターからの依頼を受け,私のこの個人的経験と研究者としての視点から,ラボ活動の価値について書かせていただくことになりました。

 平成29年・30年に改訂された学習指導要領(文部科学省)に登場してから,「対話」というキーワードが注目を集めています。しかし実際に,対話が通常のコミュニケーションと具体的にどのように異なるものなのかについては,学校現場や心理学の領域において, いまだ一致した見解が得られているとは言い難い状況です。

 私は心理学界・教育学界の研究者間で国際的に高く評価されている,ロシアの文芸学者・バフチンの「対話理論」を中心に研究をしてきました。また実践研究としては,小学校教諭の授業研究チームや,民間企業における人材研究の専門家と連携し,実社会において評価され得るコミュニケーションの特徴やその種のコミュニケーション力を育成し得る教育方法について検討を進めてきました。さらに海外の専門家と連携し,異文化交流授業の開発にも取り組んできました。

多くの人々にとって「対話」は苦手

  •  これらの研究成果から,居住地域や活動履歴などのバックグラウンドが異なる他者との間で絆を結びあうような交流を「対話」と定義づけました ※1。一方,この種のバックグラウンドを同じくし,仲間を構築するような交流を「会話」と呼び,対話と区別しました。そして多くの人々にとって,互いによく見知っている仲間同士で「会話」を結ぶことは得意であっても,バックグラウンドの異なる他者が,同じ活動を共にする「対話」は相対的に苦手であることが分かってきました。このような相手と対話を行うためには,会話の中では省略された文脈的情報を含めて自分自身の意志を的確に言語化できる知的能力および,予測できない相手の動きをある程度許容し,相手と自分自身の気持ちを調整する情動面でのコントロール能力を必要とします。しかし現在のところ,バックグラウンドの大きく異なる他者(典型的には外国人)との接触機会が多いとはいえない日本において,このような能力はなかなか育ちにくいかもしれません。
    ※1 田島充士(2018) 仲間を創る「会話」とグローバルにつながる「対話」:バフチンの対話理論 初等教育資料, 970, 74-77.


 しかし日本の就労現場では今後,より一層のグローバル化が進むと考えられます。これは,たとえ一生を国内で過ごすとしても,否が応でも,異質な文化的背景を持つ人々とのつきあいを余儀なくされるということを意味します。そのような環境において,協同活動のイニシアティブを握り,生産性の高い仕事を進めていくリーダーとなるためには,仲間を構築する会話に加え,様々なバックグラウンドを背景とする他者との接触可能性を切り拓く対話も自在に扱える能力の価値が,現在よりも一層,高まっていくと考えられます。

ラボは「対話」に向かう力を養う活動


  •  ラボの活動は,この「対話」に向かう人間関係作りに効果を発揮しているように思いました。ラボでは,普段のパーティ(活動)で子どもたちは,多くの場合,年齢も学校も異なる他の子どもたちと一緒に活動をします。またキャンプなどではシニアメイトも交え,全国各地から集まったさらに異なる背景をもつ人々と,交渉を行うことになります。そのプロセスで,様々な衝突や葛藤も経験することでしょう。しかし「ラボっ子(ラボ会員)」であるという信頼感をベースとして,そして同じラボ・ライブラリーを聞き込んでいるという活動の共通性をきっかけとして,このような困難な協同活動を実現する能力を共に発揮しあっているように思います。私自身,子どもたちが自分たちの気持ちを何とかコントロールしながら,自分の伝えたいことを自分のことばで表現しようとする場面に何度も出会いました。これはまさに,バックグラウンドの異なる世界中の人々に対して開かれ得る,対話に向かう活動になっています。

  •  このようにラボの活動は,語学としての英語を学ぶ場だけではなく,通常の生活の中ではなかなか育ちにくい,しかし実社会ではより一層,必要とされる対話に向かう力を子どもたちが養う場になっています。私の娘もおかげさまで,知らない人々と一緒に活動をすることが大好きになっています。親として,彼女の今後の成長を楽しみにしています。


お話を伺った方

田島 充士(たじま あつし)

1976年生まれ。
高知工科大学専任講師を経て,東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授。博士(心理学)。学校心理士。日本教育心理学会常任編集委員,日本読書学会理事。日本教育心理学会・城戸奨励賞,優秀論文賞ほか受賞。授業における話し合い活動実践を主な分析対象とし,実社会における生産性の高い社会人養成の場としての学校教育の可能性について検討を行う。主な著書に『ダイアローグのことばとモノローグのことば:ヤクビンスキー論から読み解くバフチンの対話理論』(単編著,2019年;福村出版),『大学教育:越境の説明をはぐくむ心理学』(共編著,2014年;ナカニシヤ出版),『「分かったつもり」のしくみを探る : バフチンおよびヴィゴツキー理論の観点から』(単著,2010年;ナカニシヤ出版)。