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ラボのような場は、他にはないという保護者の方のことばを胸に。 |
06月07日 (土) |
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合同練習のあと、5年ぶりに戻っていらしたラボファミリーの歓迎会を
我が家で行う。
ラボパーティでの保護者会での人のつながりの楽しさや充実ぶりは、あちこちで聞きますが、うちのパーティの特徴は、お父さんたちもつどってくださることだと思います。夫も、その日を楽しみに、待っているほど。
こんな素敵なメンバーにめぐまれて、この仕事を続けていられることに、感謝。
私自身が、教室をやっていることで出会う人々、そして行事や物語で、日々、刺激を受け、ラボのない日々では体験できなかったようなことに出会えてます。大人の私がそうなのですから、子供たちは、その何倍もの経験をしています。
ラボの生徒さんたちの成長を、保護者の方の口から次々と聞くことができる幸せ。
何で、この子はこんなことができるのだろう?と思うと、子供の口から、「ラボやってるからだよ。」という言葉が飛び出すというエピソード。
お父さんたちからも、ラボような場は、他にはないと評価をいただく。
英語でコミュニケーションできる子は、日本語でだって、自分とは違う学年、性別の子とだって、コミュニケーションできる子だという、私の思い。
その逆、日本語で、これだけ豊かにいろいろな人といろいろな場で関わる経験をしているからこそ、ならっている英語をいかしてコミュニケーションできるという事実。
英会話や文法だけ、小さい子なら、お歌や絵本だけ。これでは、飽きてしまって続かない。それ以外の学びを準備し続けることは、楽なことではないけれど、こうして保護者の方から、暖かい言葉をいただき、子供たちの成長も励みに続けてこれています。
父親の立場では、どちらかというと、後者、日本語での豊かなコミュニケーション力、自分の居場所づくりを、ラボがしていると評価してくださっている言葉が多かった。
(確かに、わが子が英語を使う場面は見てないですからね。)
ありそうでないのが、自分と同質、近い年齢の人だけでない、他の人と関わる機会。
私が、テューターになったとき、ラボの高校生が、私のような大人に対しても、心を開いて、いろいろな話をしてくれるのに、すごく感動し、そんな感動がラボテューターを続ける原動力だったけれど、今、時間がたって振り返ってみれば、こういう活動、学びをしていれば、そういう子は育つんだなと思う。
「大人になったピーターパン」という本を読めば、ラボを卒業し、大人になった人たちの、ラボをやっていたことが今の自分にどのように役立っているかが、よくわかります。
わがパーティ。どの子も、年下には優しく、辛抱強く、面倒見がよく、仲間とは、男女を越えて信頼感と兄弟のような親しさがあり、先輩とは、親しみながらも憧れの存在として接して、「自分もかくありたい」と自分をふるいたたせ、インターンや留学生とは、当然のように、心を開いて関わっていこうとする。
保護者の方には、あまりお見せする機会はないけれど、物語に対する感性、正解のないテーマ活動の場面づくりについて、投げ出すことなく、自分のイメージをCDの聞き込みで絶え間なくつむぎだしつつ、人の意見をきちんと聞こうとする姿勢。
それもすばらしい。
もうひとつ、最近、いいな~と思うのは、高校生が、自分の親以外の大人、ラボパパから、社会について話してもらって、それがとても充実しているらしいこと。
初回は、スプリングラボで、「お父さんの仕事紹介コーナー」をするための、父と高校生の実行委員会。
高校生のころって、自分を振り返ってもそうですが、将来のことや、今何をすべきか悩んだりすることもしばしば。
そんなときに、学校の先生でもなく、親でもない人から、地球環境と企業とか、一生、学び続けることは必要だよ、とか具体的に聞けるのは、いいことだなと思います。
よく、なぜその職業を選んだのですか?という問いに、中学高校時代の先生のひとこと、というのが影響していると答える人がいますが、
そんな役割をしてくださっているように思います。
先日、中国からいらして、日本で仕事をなさっている方と話して、日本人は、友達と外食はするけれど、なかなか家の中までは招かないと、さびしそうにいわれました。
今回の保護者会でも、ラボ以外で、こんな集まりはないという話題になりました。
職場に、男女はいるけれど、そこには夫婦はいないとも。
なるほど~。 皆さん、いろいろにとらえてくださっているんですね。
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