幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
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IntoleranceとTolerance/ 海も風も山も雲も自らを名付けない。レッテルはいらいない。 06月30日 ()
いやな空気が時代をつつもうとしている。
経済に目が向きすぎるとき、子どもたちにひずみがあつまる。
子どもが巻き込まれる事件が多い。
しかも子どもが加害者になってしまう悲劇も。
そして社会が息苦しい。
主張することはたいせつだ。しかし、受け入れることはさらに
勇気と誇りを必要とする。
すべての迫害、差別、紛争の根底には非寛容がある。
寛容さだけで国際的力学に抵抗することは難しい。
しかしintolerance、非寛容の暴走をとめることができるのは寛容だけだ。
深い意味でのtoleranceとはなにかが
これからの地球のテーマになるだろう。
そのためにも、ラボっ子たちには
世界の文化に尊敬をはらうことができる垣根のない心を
物語から学んでほしいと思う。
xss
三澤制作所のラボ・カレンダーをめくる。
もう6月も終わり、今年も半分過ぎたのだ。
いつも書くが、泣いてもわめいても、富む人にも貧しい人にも、
心豊かな人にも嘘つきにも、よっぱらいにも、
ひねくれものにも勤勉な人にも、
そして詩人にも主婦にも、子どもにも、
時と季節は容赦なくさらさらと、けしてもどることなく流れる。
ただ、その人の経験や環境によって感じる
主観的な時間は異なるかもしれない。
年齢を重ねるほどに、既知の事象は省略して感じるので、
1日も1年も加齢に比例してはやく進行するように感じる。
幼いときの夏休みの1日のあきれるくらい長かったことか。
さて、七月の絵は"The Ant and the Grasshopper"『ありときりぎりす』に
題材を求めている。
描いたのは佐佐木大斗くん(小4/半田市・井本P)。
おそらくはアリの隊長Ant1に叱責されている
はたらきアリたちを見下ろすキリギリスたちという場面だ。
この物語では、まったく対称的な人生が微妙にすれちがい、
一瞬のふれあいがところどころにあって、
それが物語のたくみな伏線になっている。
物語の話は後にして、絵そのものについてまずは書こう。
正当派といってはなんだが、どうどうとそしてびっちり、
真正面から物語にむきあってかなり考えながら、
しかもていねいに描いているのに関心する。
大斗くんにはあったことがないが、
彼はおそらく何時間でも絵の前にすわって
しつこく描いていられる少年なのだろう。
いきおいだけでは、これだけの持続力が求められる作品はかけない。
この作品もやはり、細部の描き込みがすごい。
洒落者のキリギリスの衣装がこっているのは当然としても、
黒だけのアリも濃淡をつけていて、
さらには動きまで感じさせてくれる。
アリの隊長のパワハラ的ぶち切れがなんともおかしい。
もっともこの隊長は、アリの生存のために身体をはる中間管理職で、
ラストではちょっとかっこいいシーンもある。
「去年の夏はすてきな連中。今は場所をくっているだけだ」と
凍死したキリギリスたちにきびしいことばをなげつつ
「こいつら埋めなきゃならんな」と、
最後は彼らの尊厳をまもる。おいしい役だ。
xss
アリとキリギリスとどちらの人生がいいという、
二元論的議論はむなしい。
ただ、はっきりしているのは、どちらも、
それぞれの人生を「生ききって」いる。
それがカタルシスである。
ラボの主人公にはこの「生ききり」パターンが多い。
最後は非業の死を遂げても、
「それぞれの信じるところを生きる」ので浄化されてしまうのだ。
「シーザー」などもその好例だ。
あの物語の登場人物は、概ねおっさんばかりだが、
みんな生ききるので、とっても若々しい。まるで青春群像劇のようだ。
話をもどして、地面や背景の草花もよく描き込まれている。
とくに地面は単純な茶色の面積が大きすぎるとしずんだ作品になるが、
イエローオーカー(黄土色)やイエローの濃淡、
とくに手前を明るくしているのはなかなかの技である。
また青空もわずかな広さだがしっかり塗って、
雲も描いていてこれも隙間がなくてうれしい。
大斗くんは演出家になったら、空間をうめるタイプの演出家になりそう。
そして、なんといっても虹にふれねばならない。
虹はある意味、この物語のキリギリスの象徴のようだ。
あざやかで一瞬の美しさをのこして、すぐに消える。
ところで、日本では虹は「虹のかけはし」のように縁起のいいものになっているが、中国なとでは不吉な予兆とされている。
やはり自然現象は地域によってちがうのだ。
虹は自然光のスペクトルであり、赤橙黄緑青藍紫の七色である。
その色ごとの屈折率の違いから、七色にわかれて見えるのが虹だ。
ちゃんとその順番をまもっているのは、あたりまえだが、
けっこうたいへんなことだ。この虹の色がきっちりかけているので、
この作品は大成功したともいえる。
これは推測にすぎないが、大斗くんは、
たぶんナレーターのような視点でこの物語を描いたのではないだろうか。
おそらくアリにもキリギリスにもおなじような愛情をそそいていて、
同時に距離もとっているような気がしてならない。
本人と話してみたいところだ。
ご承知のように、この物語の原作はアイソーポス(イソップは
英語読みを日本語にしたもの)の寓話がもとになっている。
日本では昔、「働かざるもの食うべからず」で刹那的な人生はだめよと
道徳の教材に使われたりしたこともある。
そんなわけで、この物語の原作はあまり後味がよくなく、
子ども時代に好きじゃないと思っていた人は多いだろう。
ただ、ラボ・ライブラリーでは、みごとに別の物語によみがえらせてしまった。
悠然と流れる季節と自然の営みを縦軸に、
異なるふたつの人生を横軸に折り合わせた構成は、
再話というより別の作品といっていい。
アリもギリギリスも、その命の長さに差こそあれ、
結局は大地に還り、生態系にのみこまれていく。
彼らのつかのまの輝きも淡い恋も、勤勉や忠誠も、
自然と季節はまったく無視してゆっくりと、
しかし確実にめぐっていく。
そこに人間もふくめて生き物の思いは介在することはできない。
もし、自然や季節が神か仏であるなら
それゆえにおそろしく、すさまじいのだろう。
アイソーポスはその実在がうたがわれもしたが、
年代には幅があるが、奴隷として実在したことはほぼ定説になっている。
彼の寓話的語りは、「こうやったら、人生をトラブルなくすごせるよ」
という知恵を伝えることがねらいだったようだ。
だが、彼はデルポイの街で市民を挑発したことがきっかけで虐殺されてしまう。
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6月25日、いまや世界的アーティスト(もともと海外評価は高かった)
になられた永山裕子さんの個展にいってきた。
ラボとの関係でいえば『ひとつしかない地球』の絵本の絵(2004)、
C. W. ニコル氏の『はだかかのダルシン』(2006)の
絵本の絵を担当していただいたご縁である。
永山さんの仕事の中核は、
ラボの絵本でわかるように抽象や半立体のオブジェだが、
水彩もまたとてもたいせつな領域になっている。
アブストラクトの仲間からは「魂をうったのか」
みたいなきびしい意見もあったという。だが永山さんにとっては、
描きたいものを描きたいテクニックで描いているにすぎない。
こういうタイトルはついてるが、じつは水彩や素描ということばで
おさまる作品は一点もなかった。
あいかわらずのものすごいパワーと繊細さと豊かさと
切なさに圧倒されるばかり。
平日の初日のオープンと同時に銀座メルサにかけつけたが、
すでに多くのファンの人たちが開場をまっていてびっくり。
永山さんの飾らない人柄がそうさせるのだろうか。
なんとかごあいさつできたが思いがいろいろあふれてきて
半分もいいたいことがいえなかった。
会場は当然撮影禁止だが、
「わたしがOKするから作品といっしょにどうぞ」といってくださった。
しかしぼくのどへたな撮影で作品を見せてはいかんと思い、
入り口で撮影せていただいた。
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永山さんとの出会いは2003年の暮れにさかのぼる。
そのころは『ひとつしかない地球』の制作にとりかかっていて、
宮沢和史氏への曲の依頼や他の曲の選曲、
牟岐先生の音楽録音などとけっこうはちゃめちゃなスケジュールであった。
そのなかでの最大の悩みは絵本の絵の描き手の選定だった。
GTS-!はけっこうテーマ性やメッセージ性が強い歌が多く、
また韓国ラボとのコラボという特殊な一面もあった。
ともあれ、なんか説明的なイラストはありえない。
1枚で歌の世界とスパークする力のある絵がほしいと思っていた。
そんななかで、名前はださないがある女性のエッチング作家の作品が気になり、
ついには気に入って、代理人をされているギャラリーを通して打診した。
すると「企画はとても魅力的で、ぜひやりたいけど、
エッチングの時間のかかり方と、今かかえている大きな仕事を考えると、
残念ながらおうけできない」という返事。
ひどい話だが、それでぼくはぶちきれて、
代理人に「どうしたらいいんですか、ぼくはほかに候補者をしらないです。
どうしたらいいんですか」とせまった。やっばりひどい話だ。
するとその気迫におびえたか、「この人はあぶない」と思ったのか、
日本橋のある画廊の女性オーナーを紹介してくれて
「彼女ならそういう企画には理解があるし、
いろいろな画家とつきあっているからいいかもしれません。
ぼくから下話をしておきますから連絡してください」といってくれた。
いい人である。
で、その二日後に、はやくも件の画廊にいくと、
オーナーが「おはなしはわかりました。
ひとり紹介したい女性の描き手がいます。
フランスでの評価は高いけど日本ではこれからかも」
「どんな作品ですが」「あいにくサンプルはこれしかないの」
といって見せてくれたのが展覧会のパンフレットであり、
それには一点だけ布をつかった半立体のオブジェが紹介されていた。
それを観た瞬間、ほぼ心はきまった。
帰ってサイトで他の作品もわずかに観られたが、それでますます確信を深めた。
「連絡はとってみるけど、とびまわってる人だからねえ」
というオーナーのことばをききながし、
翌日から連絡をとりはじめた。
すると、もうクリスマスまで一週間ほどの金曜日の夕刻、
東急プラザで教室があるから、その後なら時間がとれるという返事がきた。
で、ぼくはラボの絵本をしこたまもって
企画書ももって、宇野くんとふたりで渋谷にでかけた。
卑怯な作戦ではあるが、ぼくたちはまず高松次郎氏、
野見山暁治氏、元永定正氏、中西夏之氏などの
ラボがほこる絵本群を見せびらかした。
みんな永山さんの師匠にあたるようなアーティストばかりだ。
これも失礼な話である。
しかし、永山さんは「この絵本、ぜんぶください!」、
といってかかえこんでしまった。
で、それから少し落ち着いてから企画の話になったが、
ちょうど水彩のテキストなどの仕事もかかえていて
スケジュール的にはきびしい、というようなことをいわれた。
「ひまな人にはたのみません」とこれまた失礼なことばを投げかけ、
さらに「いっさい注文はつけません。説明的な絵もいりません。
歌のイメージから好きななように、好きな画材で思い切り描いてください。
ただし子どもという意識は捨てて全力でお願いします」と頭をさげた。
結局、一週間ほどまってほしいということでその場の会見はおわりになった。
帰り道、宇野くんが「うけてぐたさるでしょうかねえ」というので、
「わからない、でも心は動いたはずだよ。
もしうけてくだされば最高のクリスマスプレゼントだ」
永山さんから0Kのメールがきたのは翌日だった。
次の仕事は2006年の『はだかのダルシン』だった。
ニコルさんに彼女の絵でいきたいと『ひとつしかない地球』を見せたら
10秒で「うん、いいねえ」と顔がほころんだ。
そしてぼくたちは2006年の正月に『妖精のめうし』の録音にウェールズにとんだ。
すると年末に「ウェールズまで、わたしもいっていいですか。
切符とっちゃいました。光とか風とか色とか感じて描きたいから」と連絡がきた。
その後も、原画展や子ども広場のワークショップやインタヴューや
カレンダー審査などでさんざん協力していただいた。
いっぱい失礼なことや無理な注文をしたのに、
常に挑戦する姿は「やさしくて強い」「深くて透明な」作品に
いまもはっきりとでている。ぜひ見にいこう。7/6まで。
銀座セントラル美術館。
ところで、今回、一部の批評家から「水彩ではない」みたいなことを描かれたそうだ。
しかし永山さんは「描きたいもの描いてるだけだもん」と平然。
そう、レッテルはいらない。海も山も自分を名付けないぜ!
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その10日ほど前、東武線特急200系「りょうもう号」に乗って
足利市に向かった。
足利市は人口およそ15万人、下野の国南西部に位置し、埼玉、群馬にも近い。
今回の小さな旅の目的は二つ。
足利市立美術館で開催されているブラティスラヴァ世界絵本原画展と、
つい最近国宝に指定された鑁阿寺(ばんなじ)である。
世界絵本原画展はビエンナーレだから
一昨年6月に選出されたグランプリ、金のリンゴ賞、
金杯などの入賞作品の原画を中心に鑑賞することができる。
浦和で行われていたのを見逃していたので、これがラストチャンス。
グランプリは日本なら絵本の題材としては敬遠されそうな競馬を、
異なる技法で多彩に描いた韓国の若手作家チョ.ウンヨン氏の
『はしれトト』で、力とスピード感、闊達さと
揺るぎない造形確かさに惹きつけられた。納得のグランプリ。
足利市立美術館の作品収集予算は年間数十万円しかなく、
なかなか厳しい。それを市民の寄付でなんとか支えている。
がんばれ。また、足利市にはほかにも早雲美術館、
そしてなんといっても伊万里、鍋島に特化して世界的にも評価の高い栗田美術館など、
心惹かれるミュージアムがある。
これからしばらく足利市を少しずつ見て行こうかな。
基本的には公設、私設を問わず地方の美術館には、
鋭いキュレーターがいらつしやるからおもしろい。
調べたら、足利市市立美術館のキュレーターもかなりの方のようだ。
さらに、地方の美術館は周囲の環境がすてきな場合が多い。
足利市市立美術館は街中だが、
奈良美智氏の「あおもりけん」がいる青森県立美術館や、
尾道市の平山郁夫美術館などは、
それぞれすばらしい風と光のなかにあってなんどでもいきたい。
今回の足利市行きは、
先日、スペースユイの「はんまけいこ展』でご一緒した
石川厚子テューターがアレンジしてくださった。
多忙な現役テューターに付き合わせて恐縮である。
加えてやはり青山でもお会いした石井テューターが鴻巣から、
宇都宮から杉本元テューターも参加、
さらにさらに石川パーティのお母様方も来られてすごいことになった。
幸か不幸か、平日午前の地方美術館はがらがらなので、
たっぷり時間をかけて鑑賞したあとは、
個人の御宅を店舗にしたステーキハウスでランチとなった。
ランチタイムを過ぎても会話がもりあがり、
お店に「あのー、そろそろ」といわれてしまったのは失態。
お母様方と石井さんとはここでお別れし、
石川さんの車で杉本さんと三人で鑁阿寺へ。
ここは12世紀末に建立された、現在は真言宗大日派の名刹である。本堂が国宝に重文から再昇格したのだが、その肝心の本堂を撮影し忘れた! アホである。
でもなつかしい再会もあつたので◎。
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『ありときりぎりす』は、ぼくがはじめて取り組んだテーマ活動なので、
じつは思い入れが深い。この物語はいまでもほぼ素語りできる。
1974年の秋、当時のシニアメイト(ボランティアだった)有志が、
事務局からの誘いで、キャンプを手伝うだけでなく
テーマ活動をしてみようということになり、
取り組むことになったのがこの物語だったのだ。
ぼくはAnt1をやったのだが、これが原点かもしれない。
ぼくらは昔のラボセンで冬のつどいという名の
交流会でテュータースクールとならんで発表した。
観客は事務局と少しのテューター。
でも、出場しているシニアメイトとなかがよい東京近郊のパーティの
子どもたちが数十人観に来てくれた。
事務局もテューターもラボっ子たちも、
キャンプでくだらないことばかりやっているシニアメイト、
すなわちキャンプでだけ遊んでくれるお兄さんおお姉さんか、
テーマ活動をまじめにやるとは思っていなかったようだ。
それが、けっこうしんけんに発表してしまったので、
なんかおおさわぎになってしまい
とうとう年明けの国際交流のつどい(当時は結団式)にでることになってしまった! 
いやはやびっくりだ。
けっこうぼくらなりにくふうもしていて、
ナレーターをふたりの子どもが英日でかけあいしながら語ったり、
キリギリスが亡くなる前の冬の場面に挿入歌をいれたりした。
おもしろいのは、はじめはアリのアンテナとかキリギリスの
衣装のようなものをつけていたり、
ありの城のドアなどを神でつくつたりしていたが、
次第によぶんだと気づいてけずっていった。
その後、ブレーメン、ポアンホワンと発表し、
最後は『ロミオとジュリエット』を全話発表して解散した。
メンバーの多くが社会に出る時期だったからだ。
やがてシニアイトはラボっ子のなかから育成することになる。
『ロミオとジュリエット』の発表の後の打ち上げが終って外にでると、
静かに雨がふっていた。それは青春のひとつのくぎりの雨だった。
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