|
|
 |
 |
 |
 |
| [一覧] << 前の日記 |
次の日記 >>
|
お盆休み |
08月19日 (金) |
|
お盆で帰省。あきる野から、中央道、富士五湖を抜けて東名富士にでた。途中朝霧高原をとおった。ラボランドができる前のサマーキャンプは、ここ、朝霧高原で行われた。野外で「お~たまじゃくしはカエルの子」という、キャンプソングをやったことは覚えているのだが、泊まった記憶がない。「朝霧高原」に行ったことのあるラボっ子って、シーラカンス?
13日は豊橋のホテルに泊まった。夕食はバイキングだ。うちの息子たちはそりゃもう、食べるの何の。長男は「ここにはあまり食べるものがない」ときた。あれだけ食べて・・・翌14日は田原のお寺へいく。今年も暑い。
実家では、叔父(母の弟)も手伝ってくれて、母の重い腰があがり、物置の整理をした。いや実に、20何年ぶりで物置に入った。すごいことだが、私の一家5人と、叔父、母の7人でやるわけだから、さすがにはかどる。うちの息子たちも、長男は背が高いし、次男三男は使いっ走りで、まあ、よくやってくれたよ。ひと言じゃ言えない、大仕事だったけど。雨が降り出し、外へ引きずり出した物をまた運び込み、一日目は終了。翌日もがんばって、母が使いやすいようにすることができた。出したゴミの量も、はんぱじゃない。
うちで引き取る荷物の量も、はんぱじゃなく、一生、タオルは買わない。孫の代までいきそう。タオルケットなんかもね。要するにもらい物で来るような物が山のように死蔵してあったわけだ。練炭も、大きな段ボールに一箱きた。(全体量の1/3程だけど)母方の祖父母の家で使っていたもので、もう、20年以上も前。捨てるに捨てられず、使うこともできず、今まであったわけだが、ラボのパーティ合宿などで少しずつ使っていくことにした。
毎日働いてくたびれて、叔父が貸してくれたゲルマニウムのネックレスも効いているのか、何とか片づき、ほっとしている。帰京する前日、藤井テューターの家におじゃまして、次男三男はプール三昧、夕食もごちそうになり、私はお風呂(ジャグジー!)まで入らせてもらい、ああ、極楽極楽。
山のような荷物を載せるため、オデッセイを荷車のようにして積み込み(よくつめたもんだ)一番後ろまで座席を下げた運転席の夫以下、大きい順に、長男が座席を前に出した助手席、次男がその後ろ、私が運転席の後ろ。三男は、私と次男の間で、足元はクーラーボックスがあるため足は運転席と助手席の間へのばす。みんな、少しずつ我慢。途中恵那峡で遅めの昼食。人の定食のご飯やみそ汁に黙って手を出してくるほど空腹とはねえ。
小仏トンネルの渋滞をさけるため塩山~411~奥多摩というコースをとろうと中央道をおりたのだが、なんと411が途中通行止め。しかたなく20号の渋滞にはまりながら上野原まで行き、そこから山道を五日市へ抜けた。身体が折れ曲がった。
家に帰ると、なんと、金魚の死体が縁側にあってナメクジがたかっている。ナメクジが金魚を食べるなんて初めて知った。そもそもなんで金魚が縁側に?他の金魚も一匹もおらず全滅。どうしてこんなことが起こるのだろう?たった何日か留守にしただけなのに。ネコ?カラス?うーん。
|
|
|
|
| << 前の日記 |
次の日記 >>
|
|
|
|