幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
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精魂尽き果てるほど、想いを離さない一日。 10月29日 (金)
秋研の5日目が終了し、帰宅しました。
帰る準備をしながら他のテューターがつぶやいたのは、
「本当に・・・テーマ活動って 魂ごと持っていかれますよね・・・」

exhaustedとも違う devoted all my energy・・・
いやいや日本語の“精魂尽き果てる” が一番近い表現なのでしょうか。

単に真剣にやったから腕や足が疲れた、という事ではなく、
お話が染み入ってくるに従って、胸に込み上げるものがあったり、
自分でも驚くほど、その物語の中に入ってしまって、正気にかえると恥ずかしいくらい
じわっと目に涙が浮かぶほど。
「本当に、心も疲れますね。」と私も思わず自嘲気味に微笑んでことばを返しました。

ただCDを聞き流しているだけでは、心に何も落ちて来ないけれど、
繰り返し聞いているうちに、ことばづらに ふと耳が止まる瞬間があって、
もっともっと聞いているうちに、はっと意味がわかる瞬間があって、
「あー そういう意味だったのか」と思う。
実際にテーマ活動を仲間と動いてみて、気づく事、
人のイメージと自分のイメージを語り合い、擦り合せているうちに、
自分が勘違いしていた事にも気づいたり
「そっちのイメージの方がしっくり来る。それならわかる。」と納得できたり。

いよいよ音楽CDのみで、人の語りで動いてみると、更にことばの重みを感じます。
音楽の奏でる世界観に鳥肌が立ち
これまで何度も耳にしてきた「ラボの音楽は、本物。」ということばを噛み締めながら
音楽が心情にせまって、感極まってくるのです。

いつも先輩Tがおっしゃることば
「想いを離さないで!」

島を体で表現していて、ふと何か他の事を考えていたり、周りをきょろきょろしていると
それは、あっという間に島ではなくなって・・・
哀しいかな クラウチングスタートしている人だったり
ただぐったりしている人 みたいに見えてきてしまう・・・
不思議と見ている人にも、その「想い」を持っている人と持っていない人の差が伝わります。
だから私は必死で想いをつかまえて、そのままその世界から離れないようにと真剣に
取り組んでいると・・・ 帰りはフラフラになるのです。

もうここまで来ると精神世界だねと笑いながらも
気持ちを共有しているテューター方と別れてから、ふと思うのは、
うちのラボっ子たちのこと。
まだ小さいけれど、この体験をどのくらいしているのかしら?
見ていると、意外とプレイルームの方が純粋に
現実と物語(想像)の境がなく、真剣にどっぷり浸かっているようにも見えるけど。
でも長くラボをやっている小学生だって、本当になりきっている時を見かける。
ただ小学生くらいになると、「想いを離す」ことが簡単にできるようになるのかもしれないですね。
現実の度合いが高くなると言うか・・・。

でも、それでもライブラリーは、噛み締めれば噛み締めるほど味が出て
子供たちも、CDを聞いてパーティでたくさん寄り道して
絵本には描かれていない行間の部分でもたくさん気づいて、たくさん遊んで、
イメージが膨らむと、自然とお話が染み込んでくるのでしょう。
時間が経ってから、じんわりと自分のものになってくるのかもしれません。

以前はらぺこあおむしをやった時、お日様をやった年少さんに感想を聞くと
「あおむしさん、大きくなぁれってニコニコしてたのが楽しかった。」と言われた事があります。
「今、どんな気持ちで太陽やってるの?」なんて聞かなくても
想いをしっかりつかまえて、「大きくなぁれ」と想って・・・
“自分なりのおひさま” をやってくれてたんだなとじーんとしました。

現実は逃げられません。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても、目を閉じても、逃げられない。
でもラボのテーマ活動は、物語は、必ず終わる。
だからいいんですよね。

今日だって、こんなに精魂尽き果てていますが、
現実で精魂尽き果てるのとは全く違いますから。だからいいんです。

私は元ラボっ子ではないので、テューターになりたての初めての研修では
「今、どういう気持ちでやっているの?」「○○に見えない!」と言われる度に
苦しくて・・・
”想い” ”イメージ” を持たないまま、台詞を英語と日本語で丸暗記するだけで
いっぱいいっぱいだったんですよね。
ついひねくれて、「○○になんて、なった事ないからわからない!」
「私は女優になりたくてラボにいるわけじゃないのに」なんて思って、
できない自分にふてくされていましたが、
その頃から今までが、ずっと楽しいラボっ子体験!
お陰でようやく“想い”をつかんでいられるようになりました。(良かった♪)
そうなると不思議と英語が、外国語ではなくなるんですよね・・・
英語が、単なる“ことば”になるんです。
ことばと想いが一致した瞬間なのだと思います。 

こんな体験を、子ども達にいっぱいして欲しい。
心のひだをたくさん作って、心が柔軟でしなやかで強い子になって欲しいです。

さて、我々金曜グループのテューターは
「光の束をぎゅっとしぼるように」
最後の想いをぎゅっとひとつにして発表できればなと思います。
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