幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
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 2005年 活動報告
Welcome!
私の好きなライブラリ 第1号
                        2006年2月20日
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1)SK-7 The Ocean-Going Orchestra うみのがくたい     
2)SK-16 East of the Sun and West of the Moon 太陽の東月の西    
3)SK-4 TANUKI たぬき
4)SK-3 The Emperor’s New Clothes はだかの王様
5)SK-27 GAUCHE THE CELLIST セロ弾きのゴーシュ
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1)うみのがくたい              京葉地区 小川美和子

 先日先輩テューターから、谷川 雁氏がある場所で報告された部分をまとめた「ラボの核は童神(わらべがみ)との対話です」という題の文章のコピーをいただいた。そこに「童心を忘れたら、どんな英知も円満な常識もことごとく地獄行きだというくらいのきびしさを、幼児の心の世界にすかして見ることです。」の箇所を読んでいる時、「うみのがくたい」が思い浮かんだのです。

 「うみのがくたい」は偶然テュータースクールと後期テュータースクールの発表テーマだった。TSでは、船員になって、「なぜ、こんな事をしてるんだ」と思いながら遠くに向かって鯨に話しかけている自分の姿を何故か鮮明に思い出すが、テーマ活動の過程がどのようだったか、まったく記憶にない。ただ言葉を発して、早くこの場を去りたいと必死だった。一方後期TSスクールでは、かなり多くの事を思い出す事ができる。これはテーマ活動が子どもたちとの関わりの中から見え始め、きっと必死に何かを掴もうとしていたからだろう。「船の上の船員たちは演奏をしていない時は何しているの?」「嵐の時はどんな風に動く?」イメージは沸くけれど、身体が動かない事を知った。そしてその自分のイメージがうまく仲間に伝えられない。この時最も表現に苦しんだ箇所が最後の場面「それからというもの、たまたま船が海のそのあたりにさしかかると、この世ならぬ不思議な音楽が聞こえることがある。とりわけ、太陽が赤や黄に燃えながら沈んでいく夕方ででもあれば、耳をうたがうほどにこよなく美しいというはなしだ。」のくだり。丸木 俊氏の絵も目に焼きついている。どのように動いても、納得できる表現ができなかったように記憶している。

 あれから10年余り、子ども達と取り組む時がきた。何回かおはなしを楽しんだ後、集会所から、決してきれいとは言えない湊の向こうに見える、沈んでいく真っ赤な大きな太陽を見ながら、その場面の音楽CDを聴いた。このやかましい子ども達がどんな表現をするのか、私はわくわくしながらその太陽を眺めていた。そして、仲間を作りたがる生意気盛りの女の子たちは手を繋ぎ輪になって回り始め、そこに入れない女の子は上に挙げた両手のひらを合わせピョンピョコ跳び始めた。ピアノを習うその子は『音符』と答えた。それに同調し始める子もいた。そのうち両手を斜め下に下げてひらひらはじめた。八分音符だという。鯨になって船員の私の足を持って、船から引きずり落とそうとした男の子は、床の上をゴロゴロ転び始めた。「波」だそうだ。音楽を運んでいる「波」だそうだ。童神たちの祭りが始まった。

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2)太陽の東月の西              南総地区 佐藤志津子

 私が子供の頃大好きだった本の一つに、アメリカ童話集があります。何度読んでも飽きない、知恵と冒険に溢れ読む度にわくわくしたものです。
 その中に、シロクマウィチントンというシロクマが出てくるお話がありました。ご存知の方も多いでしょうが、「3滴の涙を私が流したのに、シロクマウィチントン、私の事を見ておくれ」というセリフが何とも言えず、娘の『きゅ~ん』という胸の響きを伝えてくれるせいで私の心は毎回締め付けられるようでした。そして、その時の娘の気持ちをず~っと考えてしまうのです。大好きで何度も読みました。

 『太陽の東月の西』を聞いた時、私が小躍りしてしまったのは本当にこのお話と似ていたからです。懐かしさと、興奮がいっぺんに押し寄せました。違うのはスケールの違いと、トロルが若者の結婚相手(させられそうになった相手?!)なところかな。

 それにしても、『太陽の東月の西』は、その世界の広大さにとても魅力を感じました。
風の兄弟、太陽の東月の西という場所!お話の中で、こんなに広い場所を舞台に、しかも一気に自分がその場所を駆け抜ける事が出来るお話があるでしょうか?

 風に乗って娘が旅をする間、何だか自分の眼下にいろいろな景色が広がっていくような
気さえしてきます。東風に乗って西風のところへ、西風に乗って南風のところへ、南風に乗って北風のところへ、そして一番遠くまで飛ぶ事が出来る北風に 乗って娘がやっと着いた『太陽の東月の西』。そのお城で、若者の妻となるべく待ち受けていたのは、トロールの娘。北欧となると、やはりトロールは欠かせないのですね!ノルウエーに旅行に行った時に、いたる所で目についたトロールの人形達。買っておけば良かった!ちっちゃいけど、あんまりにもリアルで、その人形が笑い出しそうな怖さがあったので、買えなかったんです。惜しい事したなあ。

 子供達とこのお話を聞いた時、一心に聞いていた息子が聞き終わって「おかあさん、こんなに面白いお話、買ってくれてありがとね」と、抱きつきながら言ってくれました。息子が小1だったときの事です。しばらくの間はパーティの子達に、「すっごく面白いよ」と宣伝してました。(誰も買ってくれてないけど・・・)「テーマ活動やりたいなあ」とも。
 ただ、このお話は長いのです。英日でやると1時間!!
 そんな息子は今も時間を持て余している時、「『太陽の東月の西』聞けば?」というと、必ず「良い事言うねえ」と、CDのそばに椅子を運び、かじりついてじっくりと聞いています。なぜか、このお話を聞くときだけはこのポーズに決まっているようです。

 息子が聞いているのを見る度に、『太陽の東月の西』がやりたいと思うのです。どこかのパーティと合同で、前半後半で分けて取り組むとか。パーティがもっと大きく、子供達も大きくなったら、それぞれのグループで部分ごとやるとか・・・何か考えないと。

 朝6時20分、この原稿を書き終わってちょっと外に出てみたら、明るくなってきている空の西にきれいな満月がくっきり、東にはお日様がちょっこり。何という偶然!この原稿を書き終えた日に!!
 このきれいな太陽の東、月の西は、一体何処??

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3)TANUKI              ときわ地区 西保見矢子

 I have a dream. キング牧師のように高尚な夢ではないけれど、子どもの頃(ウン十年前)から夢見ていることがあります。

 それは、「アフリカへ行って、野生動物の群をこの目で見たい」ということです。
 それというのも、子どもの頃に出会ったラボ・ライブラリーのSK-4 ”TANUKI”の3話”Bwana Tanuki on Safari” がすごく印象的だったからです。特に、たぬきとピーター・パーカーさんがジープにたくさんのコーンビーフ(あの頃、我が家でもよく食べた)と桃の缶詰を載せ、いろんな動物たちの群を見ながら草原を進んでいくところ(track6)のナレーションと、何よりも音楽が大好きです。たいこの音に始まり、エレクトーンのちょっと悲しげなメロディが、時に消えそうに小さくなったり、大きくなったりしながら流れて行くんです。目をつぶって聞いていると、本当に草原の中をジープに揺られて走っているような気持ちになりました。「厳かな象」とか「やかまし屋のヒヒ」たちが本当にすぐそばにいるように感じました。パーティで取り上げたのは確か第2話で、私の役は、ロンドンに着いてしばらくしてから衛兵の交替に乱入するあたりのたぬきだったと思います。もちろん、みんなで悩んだり笑ったりしながら作り上げたテーマ活動も楽しかったけれど、1人、夜な夜な寝床で聞いたライブラリーの方が、ある意味、もっと好きだったと言えます。

 当時はラボ機を使っていて、1トラックが15分間。15分経つとまた最初までテープを巻き戻さなければなりませんでした。子どもの集中力の持続時間を考慮してわざと15分にしてあったそうなのですが、小学校の高学年になっていた私は15分ごとに巻き戻すのがまだるっこしくて、持っていたライブラリーは全部120分のカセットテープにダビングしていました。セリフを覚えたりするのに繰り返し聞きたいときにはラボ機のrepeat機能が便利だったのですが、寝床で聞くにはいささか不便。
 また、好きな話は繰り返し聞いていたから日本語は無くてもよかったので、ダビングは英語のみにしていました。けれども、この「たぬき」だけは何しろ音楽が気に入っていたので、わざと英日でダビングしてありました。あまりに音楽が心地よかったので、時々途中で寝入っていました。そんな睡眠学習状態のなかで、耳に残っているセリフは・・・
”Wheeee! I like it better than milk!”
“Peter, why don’t you do something?”
“Who do human think they are?”
“Can’t you see? I’m a orangoutang.”
 一生懸命勉強した事はすぐ忘れてしまうけど、耳についている言葉は忘れないんですね。「好き」が一番です。ラボっ子たち一人一人が、どんなお話を好きになるかは・・・お楽しみですね。

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4)はだかのおうさま            千葉中央地区 川上幸代

 このライブラリは、私が前期TSで発表した、とても思い出深いライブラリです。子どものころ(ほんの少しだけ)ラボに在籍していたときにはあまり好きではなかったテーマ活動でしたが、TS仲間と取り組むうちに、その面白さに目覚めてしまい、結局こうしてテューターになってしまったわけです。

 実は、このお話、好きではありませんでした。ラボのCDとしてではなく、お話として、どうにもいやな感じがしたのです。誰にでも虚栄心はあるのに、それをあざ笑うかのような展開。なんとも王様が痛々しくて・・・。

 ところが、ある日、わが子(当時・幼稚園児)とテレビで、劇団四季の『はだかのおうさま』を観ることになりました。チャンネルを変えていて、こどもが見つけてしまったのですね。もともと、こども向けの企画だったので、会場はこどもの声、リアクションでとても盛り上がっていました。 
子どもたちは、私の想像以上に素直でした。王様がだまされれば「ちがうよー」と叫び、王様が「はずかしい」といえば、大声で笑う。それは嘲笑ではなく、愉快さからの笑いでした。おうさまが金色のパンツ一枚で出てきたときにいたっては、役者さんの声が聞こえなくなるくらいの大爆笑。会場の子どもたちだけでなく、テレビで見ているわが子まで・・・その声につられて、いやいや観ていた私までお話に引き込まれていきました。

 観終わって気づいたのは、私の視点は「おうさま」の視点に固定されていた、ということ。おうさまの視点からこどもの視点に引き込まれて・・・を繰り返し、ようやく気がついたというわけです。

 大人はつい、同じ視点でものを見てしまいます。でも、子どもたちの視点は自由でした。あちこちから物語を眺め回して、それぞれの視点でお話を楽しみ、大声で笑う。これがテーマ活動の原点のひとつなのかも知れない、そのときにそう思いました。

 最初、このライブラリはSKシリーズなのに、どうして会話だけで表現されているのか、不思議で仕方がありませんでした。でも、会話だけで成立しているほうが、自然にお話が流れていくような気がします。人と人との駆け引きに、神の声(ナレーション)は不要ということなのでしょうね。

 それで結局、私は前期TSの発表で「皇帝陛下」をやりました。劇団四季のように、本当に脱ぐわけにはいかないので、おうさまの威厳を保ちつつ、寒さを感じるやりきれなさが伝わるといいな、と考えながらCDを聞きました。あの最後のくしゃみ、なかなか音楽に合わず、何度も何度も聞き込んだ覚えがあります。
 みんなで『はだかのおうさま』を作っていく過程はとても楽しかったです。城の間取りを考えたり、グルーバー&シッケルが城へ来る前はどこで何をしていたのか、原作にはない「ハンス」のキャラクターを考えたり・・・物語全体がパンのようにもこもこ膨らんでくる過程を味わったのは、これがはじめての経験でした。

 あれから4年。いまでも『はだかのおうさま』は我が家の定番ライブラリです。発表と発表の息抜き期間にはよく登場します。いまや小学生になったわが子が「お母さんのために」とかけてくれるCDは、『ひとうちななつ』『きてれつ六勇士』、そして『はだかのおうさま』。もちろん韓国語も。
 『はだかのおうさま』、いつかパーティでラボっ子たちと取り組みたいライブラリのひとつです。
                                                        
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5)ゴーシュのことば ”impudence”      千葉総局 帆保美穂子

 この「セロ弾きのゴーシュ」が発刊された時、私はまず「ゴーシュ」をよく聞いていました。そしてすぐに、このゴーシュが叫ぶ ”impudence” 「生意気だ、生意気だ、生意気だ!!」が耳について離れませんでした。「イヤ~な感じ、しかも何度も言うし、変な単語、生意気って英語でこう言うのか、初めて知った」という印象でした。

 ところが、ちょうどこの頃に私の本棚より短大時代の英単語帳がひょんなことに出てきました。そしてページをめくると、偶然にも私は、ちゃ~んと”impudence” を引いていました。つまりは初めての単語ではなかったのです。でも全く記憶にありませんでした。びっしり書かれていた他の単語達もおそらくこれからも出会わないであろう…というくらいの単語。この時思いました。ただ、長文読解の為に引いていた単語はほんとに自分には残らなかった、のに音声で聞いたものは残るのだな…と。またラボっ子達は私の体験と逆のことを体験しているのだ、と気づきました。テーマ活動である「ことば」に出会う。その「ことば」だけではなく、前後のシュチエーションごと心に残る。そして何年か経ち、学校の授業や何かの論文などで再び出会う。後者のラボっ子体験の方がことばを記憶してゆく上でも豊かで、よいなあと実感しました。

 さて、その後も私は”impudence” にこだわり続けます。もし、このテーマ活動に取り組まなかったら、英語の“impudence” を私は声に出して言うこともなかったでしょう。「生意気、厚かましいわね。」って日本語であっても言う相手は決まってきます。自分と同等の人にはまず言うことはなく(主人にも言えません)弟や妹、また自分より下と思う人に言ってしまう言葉だな、と改めて思ったのです。ゴーシュも場合もそうなのでしょう。ネコやカッコウの時には心が荒れていて、思い切り言い捨てていますけれど、だんだんと気持ちも変化してきて「生意気だ」は言わなくなります。また言い方にもこだわると、日本語を吹き込んだ上川さんのように大きな声で言ってしまうのと、相手に聞こえるか聞こえないかくらいに押し殺して言うのと、また感じが違うな…と。とにかくあれこれ考えさせられる一言でした。

 最後に、あれこれ思ったあげく、私の行き着いた答えは「人から”impudence” って言われないように行動しよう!!」でした。
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