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『オズの魔法使い』研究レポート
前田祥子 〔2009神奈川支部ライブラリー委員長〕
Ⅰ.はじめに
世界中で愛されている『オズの魔法使い』は、
ファンタジーとしての素晴らしさに加えて、
ラボ国際交流の最大パートナーであるアメリカで生まれ、
かの国で知らない人はいないでしょう。
ライブラリー候補作品として、神奈川支部でまた全国で、
これまでに幾度となく挙げられて来ています。
いつの日か子どもたちへラボ・ライブラリーとして届けられますように、
と心から願っています。
なお、私が読んだのは、次の通りです。
・『オズの魔法使い』:L・F・バウム作 渡辺茂男訳 W・W・デンスロウ画 福音館書店
・『オズの魔法使い』:ライマン・フランク・ボーム作 佐藤高子訳 早川書房
Ⅱ.あらすじ
カンザスの田舎におじ夫婦と住む少女ドロシーは、
竜巻に巻き込まれて、
家ごと愛犬トトと一緒に魔法の国にとばされてしまいます。
故郷カンザスに帰りたいドロシーは、
脳みそがほしいかかし、
心がほしいブリキの木こり、
勇気がほしいおくびょうなライオンに出会い、
願いを叶えてくれる魔法使いオズが住むというエメラルドの都まで共に旅をするお話。
Ⅲ.作者の紹介
A.作者 ライマン・フランク・バーム
*バウムと表記されることもある。
L・F・バームは、1856年5月にニューヨーク州の小さな町で、
石油業の資産家を父として裕福な家庭に生まれました。
子ども時代は病弱で、家庭教師づきで読書、詩や物語の創作にふけり、
十代には父に小型印刷機を買ってもらい地方新聞を発行するほど。
幼いときからものを書く力が養われました。
十代の終わりにはニューヨーク市に出て新聞記者となり、
ペンシルベニア州で自ら発刊したり、その他パンフレットや本を出版したりしました。
やがて父親が劇場を所有していた関係から、
自分の劇団を作ってシェイクスピアを上演したり、
ミュージカルを自作自演したりするようになり、
ブロードウェイでも好評を博し地方巡業もします。
けれども、結婚後はさまざまな事業を試みては失敗し、財産を失いました。
バームはシカゴで業界誌の編集をしていたときウィリアム・ウォーレス・デンスロウに出会い、
そのイラストレーションを高く評価します。
1899年秋に二人で組んで『ファーザーグースの本』を出版。
この本は大好評で、
続いて1900年秋、バーム43歳のとき、
やはり二人の手による童話The wonderful Wizard of Oz〔邦訳『オズの魔法使い』〕が出版され、
一躍有名になりました。
その後、オズの連作を始め数多くの童話を創作し、1919年没。
B.挿し絵画家 ウィリアム・ウォーレス・デンスロウ
● W.W.デンスロウ 紹介
1856年、ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ。
ナショナルアカデミーのデザイン科で学び、
童話や雑誌の挿絵、ポスターなど商業美術の画家として活躍。
1899年からボームとコンビを組んで、
『ファザーグースの本』『オズの魔法使い』『楽しい国のドットとトット』を出版しました。
また、クレメント・C・ムーアが書いた『クリスマスのまえのばん』 という詩に
デンスロウが絵を付けた絵本も有名です。
当時、彼はケイト・グリーナウェイやランドルフ・コールデコットと並び称される位置にいたのです。
1915年没。
● 『オズの魔法使い』は共作
『オズの魔法使い』出版当時において
デンスロウは単なる挿絵画家ではなく、
著者であるボームと対等な存在、つまり二人の共作という扱いでした。
世界の子どもたちの愛読書になったこの作品は、
物語の楽しさに加えてデンスロウのイラストレーションの魅力が大きな役割を果たしました。
第1作『オズの魔法使い』は、
日本では、実に12社というたくさんの出版社からいろいろなバージョンで出されていますが、
その中でも定番といえるのは福音館古典童話シリーズのものです。
この福音館書店版は原書の初版に使われていた多色刷りの挿し絵を再現していて、
他の出版されている本とは全然違います。
デンスロウの絵が完全復刻されている貴重なバージョンです。
Ⅳ.『オズの魔法使い』の魅力
~ 『ふしぎの国のアリス』と比較して ~
マイ・パーティでは、
今年久しぶりに『ふしぎの国のアリス』を取り上げています。
『オズの魔法使い』を読んでいると、
ふっと『アリス』を思い浮かべることがよくありました。
そこで、それぞれの物語の魅力を比べながら述べてみたいと思います。
A.アメリカのファンタジー
『不思議の国のアリス』『ピーターパン』などイギリスには数多くのファンタジーがありますが、
アメリカで本格的なファンタジーの古典といえばこの『オズの魔法使い』くらいのようです。
イギリスでは古くから各地で魔法使い伝説や妖精物語が多く語り継がれて来ているため、
子どもたちは知らず知らずにその地方に残る物語に触れているという歴史的背景があり、
また、深い森や谷などファンタジーにぴったりの幻想的な空間がふんだんにあります。
けれども、
建国後の歴史の浅いアメリカに根ざしているのは、
先住民の生活空間の他には、
広大な荒野を開拓精神で突き進む、幻想よりも現実の世界だったと思います。
『オズの魔法使い』は、
アメリカという大自然を舞台に、
日本の地震にも匹敵するアメリカの脅威、竜巻で別世界へ移動し、
アメリカ的な合理主義などの考え方が見え隠れする物語です。
B.個性的で多彩な登場人物たち
● ドロシーの旅の仲間
①ドロシー:主人公はカンザス生まれの女の子。
お百姓のヘンリーおじさん、エムおばさんと一緒に住んでいるが、
竜巻で家ごとオズの国に飛ばされてしまう。
カンザスに帰りたいと願っている。
②トト:小さな黒い犬。いつもドロシーと一緒にいる。
③かかし:脳みそがほしいと願っている。
叩かれても引きちぎられても痛くない。
ばらばらにされても、わらさえあれば元通り。
弱点は火。
④ブリキのきこり:全身ブリキのブリキ人間。
胴体をブリキに替えた際、
無くしてしまった心臓(ハート・心)を取り戻したいと願っている。
弱点は、身体をさびつかせる水。
⑤ライオン:臆病なライオン。勇気が欲しいと願っている。
● オズの国の住人
①オズの魔法使い:偉大な魔法使いで、エメラルドシティの宮殿に住む。
普段は姿を見せない。
②東の魔女:悪い魔女。飛んできたドロシーの家につぶされて落命。
③北の魔女:良い魔女。カンザスに帰りたがるドロシーに、
エメラルドシティへ行き、オズの魔法使いと会うことをすすめる。
④マンチキン:オズの東部に住む小柄な人々。青い色を好む。
⑤ウィンキー:オズの西部に住む人々。西の魔女の圧政下にある。
⑥西の魔女:悪い魔女。魔法の金の帽子を持つ。
ドロシーに水をかけられ、溶けて死亡。
⑦南の魔女グリンダ:よい魔女。美しく、四人の魔女の中で最も強い力をもつ。
ドロシーがカンザスに帰る手助けをする。
⑧翼のあるサル:金の帽子の持ち主のいうことを何でもきく。
強い力をもつが、オズの国の外には出ることができない。
たくさんの登場人物たちは、なかなか個性的でかつ多彩です。
しかも、ほとんどみんな明らかな弱点があります。
弱点があることで登場人物に親近感を持ち、その弱点がお話をうまくつないで行っていると思います。
欧米の物語では、
たとえ女の子でも勇気があり、ハプニングにも自然体で動じない冷静さがありますが、
ドロシーもアリスもその典型のようです。
ドロシーは竜巻で空中に舞い上がった家の中で落ちかかったトトを助け上げ、
家が落ちるときのことを「心配するのはやめて、これから先、何が起こるのかをしずかにまつことにしました」。
一方アリスは、ウサギ穴に飛び込んだあとでその穴の深さに気付いてもとっても冷静で、
そのうち落ちながら居眠りを始めます。
そして二人とも、
好奇心が強くて決断力があり、弱いものには優しく思いやりがあります。
年令も同じくらいなのでしょうか。
予期せぬできごとが次々におこるファンタジーの世界を自らどんどん歩んでいく、
共通点がたくさんある二人の女の子たちです。
C.色彩がくっきりしたオズの世界
見渡す限り灰色の草原ばかりというカンザスの大地とは対照的に、
オズの国もそこに住む人も造形的で色あざやかです。
物語に登場する国々は、
東の国は青、西の国は黄色、南の国は赤、と違った色彩を持っていますし、
オズの国のエメラルド・シティーの緑、
ドロシーたちを導くイエロー・ブリックロードの黄色と、
とても鮮やかな光景が浮かび上がります。
やはり『アリス』を思います。
アリスがすわっていた川の堤のあたりは、
光あふれる自然の緑のイギリスの原風景であり、
ウサギ穴に飛び込んだあとの「ふしぎの国」も、
深みのある落ち着いた色彩を思い浮かべます。
ただ、バラの花をペンキで赤く塗る発想は『オズ』のようにも感じますが。
『アリス』はどこまでも自然の中であり、
オズの国は人工的に作り上げたワンダーランドのよう。
ここでも、イギリスらしさとアメリカらしさの違いを感じます。
D.物語のメッセージ
● 大切なものを求めていく冒険物語
かかしは知恵、ブリキの木こりは愛情、ライオンは勇気、
そしてドロシーはカンザスというマイ・スイート・ホームを求めています。
それぞれにとって、目には見えないとても大切なもの。
昔話のような宝物や求婚ではなく、
いわば近代的な意味での宝物ばかりです。
求めようと旅していくと、
実はそれらが自らの内にあるというメッセージとして織り込んでいると思います。
● 「行きて帰りし」物語
ドロシーもアリスも、非日常の世界へ入って行きますが、
最後はちゃんと日常の世界に帰ってきます。
ホッとした安堵感と共にいつもの暮らしに戻る、ハッピーエンドです。
E.当時の社会に熱狂的に受け入れられる
序文でバームは、
「現代の教育は、道徳も教えます。〔中略〕
わたしは、『オズの魔法使い』を、現代の子どもたちを、ひたすら喜ばすために書きました。
ふしぎさと喜びを保ち、
傷心と悪夢を除いた、現代の妖精物語であることを切望しております。」
と言っています。
つまり、かつてのように「教訓」を示すために物語があるのではなく、
子どもたちの心を強くひきつけこの物語の中で生き生きと楽しめるようにと願っていました。
この点も『アリス』に通じます。
常識としつけでがんじがらめの社会に生まれた子どもたちは、
常識知らずのへんてこりんな世界に心躍らせて、
『ふしぎの国のアリス』を大歓迎したのですから。
Ⅴ.参考までに
1.The Famous Forty
ボームは、20年間にオズのシリーズ全14作を次々に発表します。
早川書房発行のハヤカワ文庫から14冊が出ています。
全部そろった翻訳はこのシリーズだけです。
*『オズの魔法使い』
『オズの虹の国』
『オズのオズマ姫』
『オズと不思議な地下の国』
『オズのエメラルドの都』
『オズのつぎはぎ娘』
『オズのチクタク』
『オズのかかし』
『オズのリンキティンク』
『オズの消えたプリンセス』
『オズのリンキティンク』
『オズのブリキの木樵り』
『オズの魔法くらべ』
『オズのグリンダ』 以上14作品。
ボームの死後は他の作家たちによって続編が出されました。
これらを含めた40作品が、「公式な」オズの話として認められています。
なお、デンスロウの挿絵は第1作だけです。
予想をはるかに超える人気を得てしまったせいで、
二人の間に亀裂が生じてしまい、
以降デンスロウがボームの本の挿絵を描くことはなかったのです。
2.映画 "The Wizard of OZ"
1939年制作。
『風と共に去りぬ』のビクター・フレミングが監督したミュージカル・ファンタジーの傑作で、
当時16歳のジュディを一躍スターに押し上げその名を不滅にしました。
アカデミー賞の主題歌賞を得た"Over the Rainbow"は、
今でもスタンダード・ナンバーとして親しまれています。
2009年は制作70周年で、アメリカではさまざまな催しが行われていました。
3.ミュージカル『ウィキッド』(Wicked)
2003年10月に初演。
ハリウッドの大手映画会社ユニバーサル映画が14億円を投じて制作しました。
このブロードウェイの成功で、
東京では劇団四季による日本語版が四季劇場にて2007年に開幕し大ヒットしています。『オズの魔法使い』シリーズをモチーフに
新しく『オズの魔女記』という原作で書かれたもの。
ドロシーがオズの国へ迷い込む前に起こった、2人の魔女の出会いと知られざる友情を描いた物語です。
以 上
*この記事は、
『ライブラリー研究報告集2009』(ラボ神奈川支部ライブラリー研究会 2010年1月発行)
に掲載した「オズの魔法使い」から修正して転載しました。
無断引用・転載はご遠慮ください。 |
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