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はじめに ことばありき ‘ENGLISH FAIRY TALES’
前田祥子〔2010神奈川支部ライブラリー委員長〕
ラボ・テープに‘ENGLISH FAIRY TALES’があり逸品だと最初に聞いたのは、
神奈川支部にはご縁のある川越ゆり氏からでした。
とは言え、一部はすでにCD化されていて、
SK10「3びきのコブタ」「クルリンぼうず」「猫の王」「ジャックと豆の木」、
SK22「トム・ティット・トット」「三人のおろかもの」、
といずれもおなじみのものばかり。
これはおもしろそうだ、と以来ずっと興味を持ち続けてきました。
◆瀬田 貞二
ラボ・テープSK11に収められた38篇(英語のみ)は、
すべてジェイコブズの再話したイギリスの昔話で、瀬田貞二氏の監修です。
瀬田貞二氏は、
本格的ファンタジーを中心とした児童文学を生き生きとした日本語で翻訳紹介し、
昔話の再話や物語の創作、そして評論や研究においても精力的な活動をされ、
戦後の子どもの本の世界を先頭に立って切り開いてきた方です。
『児童文学論―瀬田貞二子どもの本評論集』が没後30年の2009年に出版され、
その中にこのSK11の「はしがき」が収められています。
川越ゆり氏は『児童文学論』の編纂にたずさわっていらっしゃいます。
◆ジェイコブズの紹介
Joseph Jacobsは1854年にオーストラリア・シドニーに生まれる。
シドニー大学を卒業後、法律を学ぶために渡英しケンブリッジ大学に入るが、
文学に心ひかれてロンドンで文芸批評の仕事を始める。
そのころ、ヨーロッパでは遅れていたイギリスの民俗学界もさかんに活動し始め、
イギリス民俗学協会が発足。
歴史にも興味があったジェイコブズはしだいに傾倒して、協会会長も務めた。
晩年はアメリカ・ニューヨーク州に住み、1916年に心臓病で世を去った。
数学・歴史・哲学・人類学・文学と多岐にわたる興味と才能を持ち、
ユダヤ人問題とユダヤ史においては特に国際的な権威として知られた。
「人柄はすこぶる穏和で機知にあふれ、よい記憶力の持ち主で、何時間でも話の種のつきないような話題と話術に恵まれていた」。(*1より引用)
◆『イギリス民話集』の成り立ち
1878年 イギリス民俗学会が創設。季刊誌『フォークロア』発行。ジェイコブズも編集をになう
1890年 ジェイコブズ‘English Fairy Tales’(43話)を刊行し、評判をよぶ
1894年 ジェイコブズ‘More English Fairy Tales’(44話)を出版
1898年 ジェイコブズ、新たに‘English Fairy Tales’:2冊87篇の中から60篇を選んだもの
◆昔話は語りの文学
「ただ、ジェイコブズは、このような昔話を自分の手で直接採集したのではなく、
大英博物館の資料をもとに書き直し、物語らしい体裁をととのえたので、
民俗学者の間での評判は必ずしもよくはなかった。
しかし、彼の語り口はあざやかで無駄がなく、そのリズミカルで美しい文章は、
今でも英語学習者用のテキストに用いられるほど模範的で、格調が高い。」(*2より引用)
「子どものための書きなおし作業にとりかかり、
地方の方言のはなはだしいものや古代の死語を、わかりやすいことばにあらためるやら、
おとなのあいだの野卑で粗雑な表現を調子の高い句に正すやら、
誇張の多い話の筋道をすっきりと敷きなおすやらして、
もとの昔話にかなりの手直しをした」。
「もっとも私たちの目から見て、
Jacobsは要所要所に、むかしながらの表現や素朴な語り口を残し、oralなもとの姿をよく保持している。」(*1より引用)
ジェイコブズは‘English Fairy Tales’ のまえがきで、
“This book is meant to be read aloud, and not merely taken in by the eye.”
と言っています。
「昔話は、耳できくのが何より一番。それが昔話の本質で、
それだからこそ、長い時のあいだの洗練によって得た美しいmusicもそなわり、語りのゆるぎないartも生まれたのです。」
「聞いて耳にこころよく、心これに従って意味が字義をこえてひびきいたるならば、進んでまず耳を傾けるにしくはありません。」(*1より引用)
翻訳本を読むと、
訳者たちは異口同音に、いかに語り口に近づけようと努めているかを述べていて、
昔話は語り継がれてこそ磨きあげられてきたのだと改めて思います。
◆イギリス民話の多様性
イギリス民話集を読むと、バラエティに富んだストーリーにまず驚きます。
よくあるのが、
魔法使いや妖精が登場するお話、
巨人を退治するお話、
継母にねたまれるお話、
幽霊も出るこわいお話や残酷なお話。
また、Whittington And His Catは実在の人物のお話、
一口小噺のような短いお話Teeny-Tinyがあるかと思えば
長編Jack the Giant-Killer、Whittington and His Catもあるし、
幼い子たちでも聞くだけでよくわかるようなお話Johnny Cakeも
しみじみと訴えかけてくるBlack Bull of Norrowayもある。
The Old Woman And Her Pig、Titty Mouse And Tatty Mouseのように、
ナーサリー・ライムにもよくあるつながっていく転回のお話もたくさんある。
中でも私が印象的だったのは、
同じ会話を繰り返して最後にどんでん返しがあるお話The Strange Visitorの小気味よさ、
愚か者・大馬鹿者であっけらかんとしたハッピーエンドも多いこと(The Three Sillies、 Lazy Jack)。
登場人物は男も女も勇敢で、 “美しい”おきさき・王女さま・王子さまのお話がある一方で、
身近なネコ・ネズミ・豚などがよく登場し生活感たっぷりの設定も多いこと。
そして、子どもが多すぎて養えないので自分の幸せは自分で見つけるんだよと外へ送り出したり(The Story Of The Three Little Pigs)、
息子が成長したので自分の運だめしに送り出す(The Red Ettin)など、
ひとり立ちの旅のお話が多くあって、
当時の社会情勢が背景にあり夢をいだいたのかしらと思います。
◆ストーリ-の筋立ての見事さ
「しかもそのどの一篇も、きく人をひきつけてやまないのは、そのstoryの段どりのうまさです。
まず時と処と人物が簡潔に紹介されたかと思うと、
ただちに事件が事件を生み、
行動が行動をさそって、しだいに緊張をつのらせ、
ついに嵐のようなclimaxにいたり、
急転直下なごやかな結末におよんで、大団円を結びます。」
そして、「このような典型的な起承転結の堅固な骨組のなかには、まことにたくみな細部がちりばめられています。」
たとえば、「効果的な3つのくりかえし」、
また「対立の方法もうまくつかわれ」、緊張を強めます。(*1より引用)
さらに、そのストーリーはイギリス独特のユーモアに包まれ、
発想が奇抜でとんでもないことが起こります。
脈絡なく突然何かがおこってもいっこうに気にしません。
◆類似したストーリー
イギリス民話集を読むと、あれこれと似たようなお話を思い浮かべます。
たとえば、
Tom Tit Tot はドイツの昔話にそっくりで、
Nix Nought Nothingは「エメリアンと太鼓」や「森の魔女バーバ・ヤガー」を思い出しますし、
Cap O’ Rushesは「シンデレラ姫」、
The Well Of The World’s Endは「カエルと金のまり」、
Master Of All Mastersはまるで寿限無のような落ちです。
「結局、人間の精神生活の基本は、時代を違え民族を異にしてもさほど変わるものではなく、
昔話を貫いている原始的な思考形式も世界各地で似通っているのがむしろ当然、と考えるのが妥当な見方であろう。」(*3より引用)
世界はつながっている。やはり人間はみなつながっているのですね。
◆ラボ・テープSK11
先輩テューターにラボ機とラボ・テープをお借りしてSK11を聞いてみました。
AとBの2巻です。
「昔話は、耳できくのが何より一番。」という瀬田貞二氏の考えを貫いていて、
日本語は音声もなければテキストもありません。
聞いているだけでも英語の響きやリズムが耳に心地よくて、表情豊かな声に引き込まれていきました。
お話はバラエティに富んでいて飽きることがありません。
子どもたちにこの本物を聞かせてあげたい。
想像力豊かにテーマ活動もできそう。
もちろん素語りには打ってつけ。
どうしてCD化されなかったのかしら?
素朴な疑問だけが残りました。
◆おすすめのお話
SK11に入り切らなかったものも含めてイギリス民話にはすてきなお話がたくさんあります。
CD化を前提にして、少しだけ私のお勧めをご紹介します。
□ The Story Of The Three Bears
ある日、3びきのクマは朝ごはんのおかゆが冷める間、森へ散歩にでかけて、
というおなじみのお話ですが、
留守中にやってきたのはおばあさんです。
しかも、
おかゆを勝手にたべると、「あつすぎる」「ぬるすぎる」と文句をいい、
ちょうどいいのをたいらげるとおかゆが少ないとまた文句をいう。
なんとも人間味あふれているこのリアクション。
そして、ベッドで寝込んでしまったおばあさんの耳にクマの声はどう聞こえたのか。
ジェイコブズの魅力たっぷりのお話です。
□ Lazy Jack
イギリスではいまだに一番ポピュラーな男の子の名前がジャックです。
昔話にも大勢のジャックが登場します。
このお話のジャックは、
おっかさんとふたりの貧乏暮らしなのに、なんにもしないなまけもの。
とうとうおっかさんは、自分の食いぶちも稼げないなら追い出すよと言い渡し、
やっとジャックは発奮しますが、まぬけなことを繰り返して。。。
なんともあっけらかんとしたお話で、あと味もさわやか。
いかにもイギリス的だと思います。
□ Teeny-Tiny
むかし、ちっちゃい、ちっちゃいおばあさんが、
ちっちゃい、ちっちゃい村の、
ちっちゃい、ちっちゃい家に住んでいました。
出てくるものすべてにteeny-tinyがついて、お話はゆるやかに進んでいきます。
このリズムの心地よさと、あっと言わせる結末が最高。
理屈ぬきのおもしろさです。
ちっちゃい、ちっちゃいとっても短いお話。
◆HOW TO GET INTO THIS BOOK
ジェイコブズは、‘English Fairy Tales’の扉にすてきな言葉をかかげました。
ご紹介します。
HOW TO GET INTO THIS BOOK
Knock at the Knocker on the Door,
Pull the Bell at the side,
Then, if you are very quiet, you will hear a teeny tiny voice say through the grating,
-Take down the Key.
This you will find at the back:
You cannot mistake it, for it has J.J. in the wards.
Put the Key in the Keyhole, which it fits exactly, unlock the door and
WALK IN.
◆参考文献など
ラボテープSK11『ENGLISH FAIRY TALES』:by Joseph Jacobs 監修:瀬田貞二 *1
世界民話童話翻訳シリーズ③ 『イギリス民話集Ⅰ』 東洋文化社 木村俊夫・中島直子訳 *2
『イギリス民話集』岩波文庫 河野一郎編訳 *3
『イギリスとアイルランドの昔話』福音館書店 石井桃子編・訳 *4
*この記事は、
『神奈川支部ライブラリー研究報告集2010』(ラボ神奈川支部ライブラリー研究会 2011年1月22日発行)
に掲載したリポートから修正して転載しました。
無断引用・転載はご遠慮ください。 |
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