幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
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〔7〕 このごろ,よく眠れていますか?

  銀をたくさん持っている者は仕合せだろう。
  麦をたくさん持っている者は嬉しいだろう。
  だが,何も持っていない者は眠れるだろう。

 1年のブランクをおいて5月1日に再開された大岡信氏による「折々のうた」(朝日新聞朝刊)のトップに紹介されたメソポタミアの諺の一部です。粘土板に楔形文字で刻まれていたものといいますから,「ギルガメシュ叙事詩」の兄弟みたいなものと見ていいでしょうか。いまは不幸な戦火の泥沼のなかであえいでいる人びとの祖先が伝える諺。(「麦」を「妻」と読み違えたバカなやつがいた! エッ,わたしじゃない,わたしじゃない!)
 ところで,あなたはこのごろ,ぐっすりよく眠れますか? さまざまな義務と責任を背負い,寝ても寝たような気がしない,という気の毒な人がいます。一方,財産らしい財産を持たないわたしなんぞは,おかげさまで,枕に頭をつけるとほとんど同時に,夢も見ることなく驀睡の世界に入ってしまう,…ぽっかり口をあけ,ゴーゴーと寝息をたてて(…かな?)。
 人は所有するものが多ければ多いほど,ますます所有欲にこころを奪われて,次のものを求め,さらに限りなく多くを求め,モノの奴隷になっていくものらしい。物欲を棄てること,物への執着から自由でいることが大事だ,そう云っていることばでしょう。わたしがよく眠れるのは,所有原理のうえに成り立つ社会の構造からとびだしてしまっている(好まずしてはじき出されている)からにほかなりません。何も持たないって,ほんと,いいッすよ~。
 この考え方はなにもメソポタミアの民だけに固有のものというわけではありません。古くから人類に普遍的に広がっている思想のひとつといえますね。古代ギリシアの哲学者エピクロスはその箴言に,

    自己充足はあらゆる富のうちの最大のものだ。…略…
    これに反し,限度のない富は大きな貧乏である。

 富を求め充足を求めるのはほどほどにせい,といっているし,国内に目を移せば,吉田兼好が「徒然草」のなかで,

     名利に使はれて,閑かなる暇なく一生を苦しむることこそ愚かなれ。
     利に惑ふは,すぐれて愚かなる人なり。

 と,忙しい忙しい,人生ナンといってもおカネよ,おカネなくしてナンの人生よ,と自分のこころの奥を振りかえるひまもなくコンをつめて働くことを戒めています。しかし,そうはいっても,セチがらい世の中だからねぇ。また,道元はその著「正法眼蔵随文記」で,

     学道の人はまずすべからく貧なるべし。
     財おほければ必ずその志を失ふ。…略…
     貧なるが道に親しきなり。

 と,貧乏がイチバン! といっている。その教えをありがたく拝聴するまでもなく,わたしのところはずうっとその「道」にたいへん親しいところにいるから,もう世話はない。貧窮なんぞ恥ずべし,である。
 この思想の極点にあるのが良寛さんじゃないでしょうか。木枯しが吹き始め,北国に間もなく長い長い冬が来る。雪が来るともう良寛さんは托鉢に山を下りることもできない。村人が心配して山の五合庵まで薪を一束もってきてくれる。「良寛さん,生きてますかぁ!」とでも声をかけたでしょうか。北風の吹き込む六畳一間の部屋の寒さはいかほどのものか。良寛さんはしかし,わざわざもってきてくれてありがたいが,湯を沸かすほどのものなら,ほら,風が枯葉を吹きつけてくれている,だからなんとかなるさ,まあ,あまり心配しないでください,第一,薪で炊くほどのものはここには何もないし…,と

    焚くほどは風がもてくる落ち葉かな

 と詠い,慾を去った潔いすがたを見せています。この人の「無一物中無尽蔵」との書が残っていますが,何も所有していないということは限りなく所有していることである,という信念をあらわしています。まあ,およびもつかぬ「超えた」人ですよね。

    欲無ければ一切足り
    求むる有れば万事窮まる

 あれが欲しい,これが欲しいと欲に動かされていたら,何事につけ不足を来たす。なければないで,そんなにさっぱりしたことはないじゃないですか,という。財産をたくさん持ったひとは,それを奪おうとするもの,たかろうとするものが虎視眈々と狙っているので,おちおち眠っていられない。財産を減らさないよう絶えず追いたてられてすごし,こころのゆとりをなくす。それが幸福と云えるでしょうか。
 その点,なんの愁いなく,日が落ちたら思いっきり足を伸ばして眠る,――これって,ほどほどに幸せですよ。 まあ,今の時代,何も考えずゲーム感覚でじょうずに生きている人も多いし,あまりこの考えをひとさまに押しつけるつもりはないのですが。(2004.5.3)


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〔6〕 良寛さん 自戒のことば
 

   ――こころよからぬものは

   ことばの多き,口のはやき,さしで口
   手がら話,へらず口
   唐(から)ことばをこのみてつかふ
   おのが意地をはりとほす
   もの知り顔のはなし
   この事すまぬうちにかの事いふ
   くれてのち其の事ひとにかたる
   返すといひて返さぬ
   にくき心をもちてひとを叱る
   悟りくさき話 ふしぎばなし
   神仏のことかろがろしくさたする
   親切げにものいふ
   人にものくれぬ先にその事いふ
   おれがかうしたかうしたといふ
   この人にいふべきをあの人にいふ
   鼻であしらふ にげごとをいふ
   はなしの腰を折る おどけのかうじたる
   おのが得手にかけていふ
   ぐちたはごと
   あらかじめものの吉凶をいふ
   つげごとの多き 口上のながき
   ひとつひとつ数へたててものいふ
   みだりに約束する
   しもべを使ふに言葉のあらき
   客の前に人を叱る いらぬ世話をやく
   口を耳につけてささやく
   をろかなる人をあなどる
   かたことを好みて使ふ

 日ごろ,こんなふうにわたしたちのことばをどこかから見ている目があったとしたら,もう,ずたずたで,何をしゃべったらいいかわかりませんね。「ことばの多き」「もの知り顔のはなし」「この事すまぬうちにかの事いふ」「親切げにものいふ」「おれがかうしたかうしたといふ」「ぐちたはごと」……。たわごとばかりのわたしなどは,恥かしさに血の気が退く。こうなったら沈黙するしかないか。アッ,でもこんな声が,いまうえのほうから聞こえた,「恥」を知るこころがあればまだ救いがある,と。このごろは「恥」ということばが消えてしまった,というか,変質してしまった。若い人たちのあいだでいわれる「ハジ!」は,かつての高い精神性をすっぽんぽんに剥ぎ取られて,「カッコわり~」「ダサイ!」という外面性を表現するものの意になっているような気がする。この「恥」,ほら,アメリカの人類学者ルース・ベネディクト女史が「菊と刀」で云っているじゃないですか,日本文化の本質は「恥の文化」だ,と。一方,欧米の文化の本質は「罪の文化」だという。そう,日本を解くキーワードとして女史が見ていたのがこの「恥」。だから,もっとも本質的な文化なんよ,この「恥」。必ずしもことばの変質を否定するものではないにせよ,ちょっとこのごろのことばの軽・薄・短・小には自戒をこめて注意しておきたい。(2004.1.20)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔5〕 人の人生というものは,ひとが思うほどよくもなく,悪くもないものですね。


 ことあげてここでご紹介するほどのこともない平凡なことば,…でしょうか。これはモーパッサンの『女の一生』のいちばん最後に書かれたことば。フランス・ノルマンディの没落貴族の一人娘,ジャンヌという美しい女性の波瀾の生涯を描いた,よく知られた長編小説。度重なる夫の不実,召使の裏切り,そして親しい類縁たちとの次つぎの死別。加えて,唯一の希望として溺愛した一人息子の放蕩と決定的な欺きで,何もかも失う。夢のかけらさえ見えない中,心を病み,脱け殻のようになったこの女主人を励まして小間使い女がかけることば,それが上記のことば。物語の流れのなかで,それはグサリと胸板に突き刺さってくる。
 17歳で修道院から出ると間もなく,女は,その美貌と家門の高さを望まれて結婚,お城をもしのぐ男爵の屋敷に,卑俗で利己的で権勢欲強く貪欲な美男子を婿に迎え,聖女のような清らかさと頑なさを貫いて,愛うすい日々を重ねる。が,やがて懸崖が崩れていくように愛の津波に欺かれていく。そのまわりから人は一人二人と去っていき,心を病んだままただ一人取り残される。皮肉というか,世の中はそうしたものというか,上掲のことばをいう小間使いの女とは,かつてジャンヌの夫と不実を交わして子を宿し,屋敷を追われていた女。四半世紀が過ぎ,もとの女主人の落魄と孤愁を見かねて再び近づき,失われた魂に寄り添って,その最晩年を献身的に仕える。そういう百姓女が呼吸の弱くなっていく女主人に,そう云ったのである。
 こころの清純さは弱さにも通じる。見方によれば,息子ひとりのうえに注ぎかける過剰な愛情は,その愛の対象を狂わせるだけでなく,ジャンヌの弱さ・狭隘さそのものであり,愚かさ・世間知のなさとして読むものをイライラさせもする。しかし,文学の視点からはその深い寂寥と弱々しさこそが理屈を超えてたまらない魅力でもある。
 愚かな女! と切り捨てようとする人には,それなら,次のことばを呈しようか。自分のことにばかりかまけて生きていたのでは,しょせん満たされないのよね。ラボのみなさんはそのことを宮澤賢治の詩「永訣の朝」で妹のトシが最期のときにいうことばとして知っているはずですけど。

 一日幸せでいたいなら,床屋へ行くといい。
 一週間幸せでいたいなら,車を買ったらいい。
 一か月幸せでいたいなら,嫁をもらうといい。(えっ,1か月!)
 一年幸せでいたいなら,家を建てたらいい。
 しかし,一生涯幸せでいたいなら,欲を棄て,ひとに尽くすといい。

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〔4〕すべてことばは をしみをしみいふべし。
いりようのところばかりぬいてあらましいふべし。


 テューターのみなさんはほとんど例外なく話がじょうずです。まるでそれが資格でもあるかのように思うことさえあります。外野の遠くからそれを聞いていると,云っちゃわるいけど,たいしたことでもないのに,まあまあ,うまいこと云うもんだ,と感心させられることが多い。素養ゆたかな人たちなんだな,一つひとつの経験を純良な磨き粉にして生かせる人たちなんだな,とつくづく思う。さて,上記は良寛さんのことばから拾ったもの。ここ数年,良寛さんの詩句や書に親しんできたが,ことばの問題に日々取り組んでおられるラボ・パーティの関係者に,良寛さんがかかげる以下の戒語を紹介したいと思う。この人はあまり他者に説教したり戒めたりするタイプではないのですが,このことば,チト,耳が痛いむきも…。

   ことばのおほき。はなしのながき。かうしゃくのながき。
   物いひのはてしなき。わかいもののむだばなし。
   いきもつきあはせず物いふ。
   あひだのきれぬやうに物いふ。ものいひのくどき。
   かへらぬことをいくたびもいふ。
   人のいやがるも知らずて長ばなし。
   人のことばをききとらずして物いふ。
   はなしのあいをきらじと物いふ。おとしばなしの長き。
   人の物いひ果てぬに物いふ。物いひの果てしなき。
   人に負けじと物いふ。よしなき長ばなし。
   むだごと。ことばのすぐるはあいそなし。
   かるはずみに物いふ。さしたる事もなきをこまごまいふ。
   見る事きく事をひとつひとついふ。口上のながき。

 いて~ッ! イテテテテ……。意味の重複する語もあるが,でも,ほんと,このひとつでもしっかり胸にたたみこんんでおいて欲しいと願われる人のイメージが,チラリホラリと浮かぶ,…んよね。ま,せいぜい自分だけでも,気をつけるようにしよッと!
             
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〔3〕夕雲のたまゆらな戯れのように…


  情熱(パトス)は美しいものだ。
  若い人びとには往々にしてすばらしく似合うものだ。
  が,年とった人びとにとっては,
  ユーモアな微笑や,
  むきにならないこと,
  たまゆらな夕雲の戯れのように物事をながめることこそふさわしい
                 ――ヘルマン・ヘッセの随筆より

…いちいちカッカしないで,「たまゆらな夕雲の戯れのように」かァ…。そのようにつとめているつもりだが,生来の木強漢,人格が練れていないからなぁ。それに,ユーモアに欠けるのはわが安保世代の最大の弱点なんよね。気をつけます,ハイ。(2003.12.28)

(補記)これはどうやら競争社会と共同社会との相違と重なるような気がする。エネレギーに満ちた若い世代が生きる競争社会にあっては,滞ることのない効率とスピードが求められ,物の豊かさや流行が価値あるものとされる。だから彼らは力と根性にモノをいわせて,早いもの勝ち・強いもの勝ちに前へ前へと突き動かされていく。一方,われら旧世代が生きる共同社会にあっては,静かな思慮とゆるやかな歩み,質素さと人間らしさ,やさしさ,手づくりのぬくみといったもの,合理性よりは不合理な伝統性や神秘性こそが貴いものとする。いわば無為の哲学が支配する空気のなかでのうのうと生きる生き方。どっちがいいということではないが,わたしなんぞはもう,競争社会の条件主義や技術主義にはとてもついていけない。そう,沖縄の人びとの〝てぇげぇ〟精神がなんとなく好きなんですよ。まあまあ,そんなに堅苦しく考えるなよ,あんまり堅いこというなよ,そうせかせかすんなよ,といった生活感覚ですかね。事実はなかなかそうはいかないのですが,せいぜい愚直さに徹し,ゆったりと,ものごとをうわっつらでなく,そのおおもとを見てやろうとは思うんですがね。おカネがないからそんなに歩幅ひろく踏ん張るわけにはいきませんが。(2003.12.28)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
〔2〕平和の道具とは…


 数日前,朝日新聞紙上で岡山の中学生が「平和の祈り」という詩の一部を「声」というコラムに寄せていた。米軍占領下のイラクに自衛隊を派遣することの危険を懸念する率直な意見に添えられたもの。だれの書いたものか知らなかったのであれこれ調べてみたところ,アッシジ(中世イタリア)の聖人,フランシスコ(1182-1226)のものだとわかった。その全文を以下に。
     ☆
  ああ,神よ,
  我をして御身の平和の道具とならしめ給え
  我をして,憎しみあるところに 愛をもたらしめ給え
  争いあるところに赦しを
  分裂あるところに統一を
  疑いあるところに信仰を
  誤りあるところに真理を
  絶望あるところに希望を
  悲しみあるところに喜びを
  闇あるところに光をもたらしめ給え
  ああ,主よ,
  我をしてなぐさめらるるを求めずして 慰むるを求め
  理解されることよりも理解することを
  愛されることよりも 愛することを求めしめ給え
  そは,我などは自ら与うるが故に受け
  赦すが故に赦され
  己が身を棄てて死するが故に
  永遠の生命を得るものなればなり
     ☆
…宗教的思念や信仰には遠いところにいる存在ながら,この精神,この詩の一行でも思い出すことができたら,いや,マハトマ・ガンジーの「塩の行進」と強靭な無抵抗を思い出すことができたら,いやいや,日本人なら広島・長崎の悲劇や戦時下の人びとの悲惨な暮らしを思い出すことができたら,「人道支援」「国際協力」の名を借りたイージーな米軍支援に,武器を携えて自衛隊が行くことには,どうしたって抵抗があると思うのだが。しかし,貴いことばはたしかに自分のこころを清麗な気で満たしてくれるけれども,この情況のなかで「平和の道具」とは個人のどんな在り方を云うのだろうか。あーあ,欲深き人間どもよ。(2003.12.27)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔1〕おのが負い目のまわりをめぐれ

  内省するだけではいかなる人間も
  自己の本体を会得することはむずかしい。
  それは,自分の尺度で自分を過小に測ったり,
  残念ながらしばしば過大に測ったりするからだ。
  実生活だけが各人にその本来の面目を教える
                ――ゲーテ「タッソオ」

同じことだが,別のところではこうも云っている。

  いかにして人は己を知るを得べきや。
  省察をもってしては決して能わざらん。
  されど行為をもってしては或は能くせむ。
  汝の義務を果さんと試みよ。
  やがて汝の価値を知らむ。
  汝の義務とは何ぞ。
  日の要求なり。

…そうなんよね。深海魚は海の底しか知らず,急に水揚げされたら,たちまち破裂(自己破壊)してしまうという。自分の弱点を知らぬまま自己肥大した夜郎自大の醜悪さ! 「星のように,急がず,しかし休まず,人はみな,おのが負い目のまわりをめぐれ」ともゲーテはいう。「人間性のはるか上に眼を据えてこそ,はじめて人間はその人間性自体のうちにその地位を保つことができる」とも。ワオー! 俗にまみれて生きるこの痴頑の身には,やっぱ,遠~いイなぁ。(2003.12.27)
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