幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
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✦追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」 09月27日 ()
地域で足かけ10年にわたって主宰している読書会がある。
この8月、9月、そこで採りあげたのがショーロホフの短篇。
コサック社会が歴史的に抱える苦悩とその固有な土着性にふれつつ、
なんとなく頭のすみをかすめたのが、水野忠夫先生のこと。
かつて贈ってもらって読んだ「静かなドン」(中央公論社)の、
その雄大な叙事詩を思わせる文体を映した名訳のこと。それと、
今年の年賀状が、めずらしく遅く旧正月ぎりぎりに届いたのも、
きっとお忙しくしておいでなのだろう、としか思わなかったわたしの迂闊さ。
じつは気管支のほうで深刻に病んでおいでだったことなど知らずにいた。
72歳、まだまだこれからいいお仕事をしてもらわねばならないのに、
この20日、身罷われた。ご冥福を! こころより。

aster013

(ラボを離れて久しいわたしがここに追悼文を寄せるなどは
ふさわしことではないが、死後1週間たってなおだれも書いてくれないので、
仕方なく書くことをお許しください)

わたしが大学に入ったのは、安保闘争の渦中。そのはげしい学生運動のなかで
水野さんに出会った。彼は大学院にあって、見上げるほどの高いレベルで
文学研究をしておられた。ともに腕を組んで闘ったその運動が挫折に帰したあと、
わたしなどは、どこを基軸に精神的な恢復をはかればいいのか昏迷し、
暗い模索の日々にあった。そして、創作グループの創設と創作文芸へ。
グループは違うが、水野さんたちの現代ロシア文学(当時はソヴィエト文学)
研究グループと文芸創作グループの導線が自然に近づきあった。
ロシア詩の新時代の旗手とされたマヤコフスキーをわたしが知ったのは
水野さんの研究論文と報告を通じてで、その後すぐそれは
「マヤコフスキー・ノート」として画期的に世に出た。

その後わたしは実社会の巷に、水野さんは大学に残って、助手、助教授、
教授、そして学部長に、名誉教授に…。現代ロシア文学を研究し講ずる傍ら、
ショーロホフ、ドストエフスキー、トルストイといった文豪たちの作品の
翻訳作業をすすめておられた。あの、気の遠くなるような大作を丹念に精力的に。
発刊の都度、寄贈を受け、楽しみに読ませてもらっていた。その間、
直接お目にかかったのは、共通の知人の葬儀のときの二度と
やはり共通の知人の出版記念会で一度だけ。

aster009

ラボ・テープ(“ラボ・ライブラリー”とは呼ばなかった)制作の
第三期を実質わたしがあずかるようになった1987年、
今から22年余りになるが、その本格始動の第一作にあてたのが
「ロシアの昔ばなしとトルストイ」、SKシリーズ20である。
組織分裂の混乱をおさめるカギとなるのが、新しいスタイルのテープ制作の確立。
事務局・テューター合同会議体制の実質をここで象徴的に形成する役割もあった。
まだそのころは広報室にあって各種広報誌紙の編集にあたっていた一方、
「ロシア…」に入る以前の、制作の下地としての土壌づくりで、
山室静先生(故人)の川崎・柿生のお宅に休日ごとに通う日々でもあった。
北欧の昔ばなしを契機にヨーロッパ文化の源流を研究、
あわせて先生の周辺にある、立原えりかほか、日本女子大系の
児童文学者から“子どものための文学”の創作を学んだ。
彼らから寄せられる有形無形の協力も大きかった。

世界でもっとも尊敬できる思想家であるトルストイ、その思想の一端でも
ラボの子どもたちに伝えたい、というわたし自身のかねてよりの悲願はともかく、
ラボ・テープとして世に出すには個人的な嗜好に走ることなど
許されるはずがありません。客観的な評価と深い学術的見識の裏付けがほしく、
ロシアの作品づくりに際して、はじめからわたしの頭のなかにあったのは、
水野忠夫先生であって、それ以外には考えていなかった。
早稲田大学露文研究室通いが始まった。研究室でのさまざまな情報と
われわれの側の企画とを突き合わせて、手づくりの味でつくられたのがあの「SKシリーズ20」。
「エメリヤンと太鼓」を水野さんの新訳で、との構想もここで固められた。
この制作活動を通じて、どれほどのすぐれた個性、
新鮮な知見にふれ、そして無私なご協力を得ることができたか!
早稲田大学では、先に逝かれた金本源之助先生、
ロシア口承文芸に深い造詣をもたれる伊東一郎先生、
タチヤーナさん、ナジェージダさん、その他、いまはお名前の出てこない
幾多の方がた、そして上智大学の先生方。
ですから、最近のラボ・ライブラリー制作にはまったく不案内だが、
事務局・テューターが協働してつくる今のラボ・ライブラリー制作の
原型と道筋がくっきりと描かれたのは、このときであり、
もうそのことを知るものは少ないかも知れないが、そこには
山室静先生と水野忠夫先生が大きな里程標となっていたことを
あらためてここでお伝えしておきたい。

もうひとつ「SKシリーズ20」のエピソードを加えるなら、
この日記の前に「新制作展」と小野かおるさんのことにちょっとふれたが、
小野さんの「かぶ」の絵について。
ロシア文学を本格的にやる人なら垂涎の的とされる翻訳作品がある。
中山省三郎訳のプーシキン「オネーギン」である。
幻の名訳とされ、古本でそれが欲しい、お金ならいくらだしてもいいから、
多少いたんでいてもいいから、と血眼になって捜している人がたくさんいる。
その訳者は、ロシア文学者であり、早稲田大学の教授であり、翻訳家でもあり、
また、日夏耿之介や北原白秋とも親交のあった詩人でもあった。
そういえば、この人が訳した、ツルゲーネフの詩集もすごい評判だった。
わたしが生まれて間もないころ、43歳の若さで才能を惜しまれつつ他界。
その中山先生とは、誰あろう、小野かおるさんのお父さんだったんですね。
絵本の打合せでさいしょにうかがったのが、阿佐ヶ谷の旧中山邸。
三方の壁面いっぱいにぎっしり積まれた分厚い図書文献の壁に圧倒された
記憶がいまもなまなましい。たばこの嗜好があったのか、その背表紙は
すすけて黒々としていたが。
「かぶ」の絵本は、幼少時、ご両親とともにロシアにあって、
そこでの生活経験をもつ小野さんにどうしても、となった次第。

いまも新刊が出るごとに刊行されていると思われる「制作資料集」。
この第一号は「SKシリーズ20」発刊を機につくられたのはご存知か。
いまなぜこの作品なのか、その企画意図をみんなで共有したいこと、
ラボ・テープがどれほど多くの人たちのご好意とご尽力を集めて、
ていねいにつくられているか、それをラボにかかわるすべての人たちに
知っていただくことのほか、何よりも、パーティ活動のテーマづくりの
有用な資料となり話題になるものを全的に公開し提起しようというもの。
どうしても大都市を中心におこなわれる記念講演を、ていねいに記録しておき、
機会の得られにくい地域の人たちにも等しくシェアしてもらいたいとの願いもあって。

さて、水野忠夫先生に話を戻せば、ちょうどその当時、水野さんは
NHKテレビのロシア語講座をやっておられた。ハンサムにしてニコやか、
おだやかなその語り口はたいへん人気で、われわれ制作関係者とその周辺の
ものでこの講座を欠かさず聞いたものも少なくない。
わたし自身はもともとロシア文学を専門とするものではない。それに、その世界は
歩み入れば歩み入るほど、深い森である。闇である。どっちへ向いて歩めばいいのか、
立ちすくんでいるとき、ひとつのあざやかな道を見せてくれたものがあった。
集英社版「世界文学全集」の26、「ドストエフスキー 貧しき人びと/
白夜ほか」。ここに収められた「地下室の手記」を水野さんが訳しておられ、
出版直後に水野さんからいただいたもの。この巻末の解説文が「ドストエフスキー 
“地下室”への道」。ゴーゴリーにつづくロシア文学の流れをみごとに俯瞰して
見せてくれるすぐれた一文で、これを書いているのが水野さんだった。
新書版(中公新書)の「囚われのロシア文学」もこの森へのわかりやすい入口であり、
そうか、そうだったのか! というものを与えてくれた記憶もなつかしい。

大学時代から親しくしてきた友人・知人が、一人、また一人とあちらへ。
西鶴、近松あたりの日本近代文学の権威とされた同窓の雲英(きら)末雄教授も
水野先生の先鞭をきるようにして。
ああ…。
Re:&#10022;追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
スミティさん (2009年09月29日 09時21分)

エメリヤンと太鼓に取り組んだとき、制作資料集を引っ張り出して水野
忠夫先生の トルストイについての文章を参考にさせていただきまし
た。残念です。まだお若いのに。
SK20、かぶ、わらじをひろったきつね、バーバヤガー、シフカブール
カ、エメリヤン、おもえば全部子ども達と発表しました。
バーバヤガーは女の子にとって、シフカブールカは男にとって、思春期
一度は必要になるお話だと思います。
聞くといろんな子の取り組んだその時々の顔が思い起こされます。
Re:Re:;追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
がのさん (2009年09月29日 21時18分)

スミティさん

>SK20、かぶ、わらじをひろったきつね、バーバヤガー、シフカブー
ルカ、エメリヤン、おもえば全部子ども達と発表しました。
聞くといろんな子の取り組んだその時々の顔が思い起こされます。
     ----------------------------

ありがとうございます。
ラボ・ライブラリーは子どもたちに受け止められてこそ“ものがたり”
であり、
何かのメッセージとしてそのこころに届いてこその“ライブラリー”で
す。
大人が媚びたり衒ったり功利に走ったりしたら、子どもたちはすぐ見抜
きます。
口当たりのよい甘さだけでは、子どもたちの胸板にとどきません。
SKシリーズ20にこめられた、苦みも渋みもあるそれぞれの味を
歯を汚しながらぜんぶ噛みしめてもらえたこと、
それはこころを傾けて“ものがたり”をつくる側にとっては、
何にも替えがたい大きな喜びです。
子どものつくる表情なら、やさしい笑顔はもちろんのこと、
泣き顔も、哀しげな顔も、困惑げな顔も、怒りにみちた顔も、みんな好
きです。
底に健康の光があるかぎり。

ところで、あのときロシア語の「かぶ」をつくったはずですが、
このごろ取り組まれておりますでしょうかね。
それにつづいても、原音を聞いてもらいたいとして、いくつか
つくった記憶があります。アイヌのことばにふれてもらったり、
ウチナーグチ(沖縄のことば)で「キジムナー…」をつくったり。これは
ことばの本質にふれる機会になるはずで、英語の効率性のみに走らず、
ときには、子どもにそんな経験もさせてあげたいと思うのですが、
このごろはどう考えられているのでしょうかね。
Re:&#10022;追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日) ・
バーバさん (2009年11月15日 22時36分)

今頃の書き込みですが、改めて感慨深い思いでいっぱいです。
私が開設した時の新刊テープがまさにSK20でした。
ですから非常に思いいれも深く特に『エメリアンと太鼓』は
一番好きなお話のひとつです。
私のバーバというニックネームは当時の初代ラボっ子が私につけたニッ
クネームで
アーバ・ヤガーからきています。
スミティさんが書いておられたように、私もどのお話も
どの役をどのラボっ子たちが歴代やってきたか思い出されます。
水野忠夫先生は本当にまだお亡くなりになる年齢じゃないのに
残念です…
『静かなドン』…懐かしいです。読んだ当時の事が思い出されました。
本棚のどこかにあるはずなのでまた読んでみたくなりました。
Re:Re:追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
がのさん (2009年11月16日 10時00分)

バーバさん

【その1】
>私が開設した時の新刊テープがまさにSK20でした。ですから非常
に思いいれも深く特に『エメリアンと太鼓』は一番好きなお話のひとつ
です。私のバーバというニックネームは当時の初代ラボっ子が私につけ
たニックネームでバーバ・ヤガーからきています。

    ----------------------------

ありがとうございます。
「バーバ」さん、…そういうことでしたか。
なんでこういうハンドルネームをつけたのか、不可解に思っていまし
た。
だって、覚えておいでかどうか、わたしが初めてバーバさんにお会いし
たのは、
九州・湯坪のキャンプでした。
もうかれこれ20年近くもなるでしょうか。
そのころは、ピチピチした若鮎を思わせる新人テューターでしたね。
まぶしいほどフレッシュなその印象がすべてでしたので、
“バーバ”とのイメージギャップには、目まいがしそうで、
むしろご自身のおばあちゃんへの、何やら深い思いが込められているの
かな、と。

ラボ・ライブラリー制作をめぐっては、一作ごとに語り尽くせぬものが
ありますが、
ここでは、ちょっと思考回路をチェンジさせて…。
人と出会うごとに人はいろいろなことを学ぶことになりますね、
それがいい出会いなら、ますます多く。そして時にはわが身の恥を知る
ことにも。
SKシリーズ20制作へ向けての準備で、おそらく100冊以上の
ロシア民話の周辺の本を読んでいたと思います。
まこと軽率なことに、それほどの知識を詰め込んでいると、
つい、いい気になって、知ったかぶりをしてしまいます。愚かなことで
す。
さて、自信満々、早稲田大学露文研究室へ。
水野先生ほか、ちっとは以前から見知った顔もあり、特に緊張すること
もない。
ですが、いざ仕事を詰めていくにつれて、ガーン! と打ちのめされる
ことに。
【つづく】
Re:Re:追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
がのさん (2009年11月16日 10時02分)

バーバさん

【その2】

つまり、その道にある人は、有名であると否とにかかわらず、
わたしなんぞの「もの知りぶり」を一瞬にして蹴散らすほどの
確かなものを持っておられるということ。
きのう・きょう仕込んだ知識を振りかざすくらいでは、
逆立ちしてもわたしなんぞは、その比ではありません。浅はかでした。
プロフェッショナルは、こちらが当惑するほどに慎重です。
一言半句にも油断を見せません。いい加減な馴れ馴れしさは空の彼方
へ。
一方、こちらは、アマチュアの気楽さ。それこそ“へのカッパ”気分。
こだわるものもなく、自由です。ナマじっかの小器用とは、
怖いもの知らずで、無鉄砲、勝手で無責任なことも言います。
それが、専門的なその道にある人は、細部にわたって追いつめます。
ぎりぎりまで。感心させられるのは、それでいて、
堅苦しさを感じさせない文章、むしろ、まっすぐで素直な表現です。
わたしが書いたら、ごてごてした飾りの多いもの、言いすぎたものにな
りそうですが、
そういうものはまるでなく、淡々として、清げです。平易にして滋味が
あります。

せっかちで凡愚なわたしなんぞは、修養足りず、今にしてまだだめです
が、
その、素直でまっすぐなこころ、清げに澄んだこころこそが、
自分をも他人をも心地よい思い、幸せな思いで包んでくれるんだな、
とわかります。それって、子どもの感性に共通するような…。

バーバさんの投稿文にふれ、そんな昔の経験を思い返しました。
ありがとうございました。
Re:Re:Re:追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日) ・
バーバさん (2009年11月16日 13時27分)

がのさん

胸に染み入るようなエピソードをお聞かせ頂きました。
私がラボに出合い、テューター研修を受けたのはまだ28の歳でした。
その時に人生で初めて、『謙虚』ということを学んだ気が致しました。
がのさんがおっしゃる通り、
 人と出会うごとに人はいろいろなことを学ぶことになりますね、
 それがいい出会いなら、ますます多く。 
 そして時にはわが身の恥を知ることにも。
まさにその通りでした。
100冊以上読み込んでいらしたがのさんが自信を持たれるのは当然の事、
と私なぞは思ってしまいますが、
それをもってしてもがのさんはショックを受けられた…。
ちょっと1人で唸ってしまいました。
あの時以来、常に謙虚でいるように心掛けてきたつもりです。
謙虚でいるといろいろな人に出会え、いろいろな事を教わるように感じ
ます。
素直な気持ちも謙虚である事から生まれ、素直でありさえすればいつま
でも
学び続けられる…と思っているものですから。
でも、往々にして謙虚じゃない自分でいたりもする事は確かです。
そういう、どこか驕った気持ちが巣食っている心に
がのさんのこのエピソードは優しい風を吹き込んでくれました。

更にがのさんは、
 その、素直でまっすぐなこころ、清げに澄んだこころこそが、
 自分をも他人をも心地よい思い、幸せな思いで包んでくれるんだな、
 とわかります。
 それって、子どもの感性に共通するような…。
と書かれています。
まさにそうですね。

清々しい月曜、1週間の始まりになりました。
ありがとうございました。
Re:&#10022;追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
dorothyさん (2009年11月28日 06時19分)

子どものころ、世界の童話集のロシア編で
怖いけれど心に残ったお話が
「バーバ・ヤーガ」。
ラボのライブラリーにこれを見つけたときには
心が震えました。
数ある幼児英語教室(教材)の中で
「かいじゅうたちのいるところ」を
取り上げているのがラボであり、その
作品眼にほれこんで、子どもをラボに
入れたのですが、細かく見ていくと
たくさんの、子どもに子どものうちに
種として植えつけておきたい作品が
練られていることに驚きました。

このがのさんの日記を読んでいて、作品
選定から制作までの熱がつたわってきました。

こういう、熱い作品が望まれる昨今です。
Re:Re:追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
がのさん (2009年11月28日 15時29分)

dorothyさん

【その1】
水野忠夫さんにつづき、ここ二、三か月のうちに大事な知人を次つぎに
喪い、いささか落ち込みぎみでしたが、が、が、が、…きのうの早暁、
わたしには最初の孫が生まれました。どんなに心配していたことか! 
それが、前日まではまったくその気配もなかったのに、ぴったり予定日
どおりに! ここ数日はほかのことはほとんど手につかない状態でし
た。3,430グラムの大おんな。かわいいです。ふわふわ夢のなかにいるよ
うな感じで、深夜、川越からこちらに車で帰ってくるのも、てんで上の
空、危険な1時間半のドライブでした。昨夜はその名前のことでほとんど
眠れませんでした。(あ〜あ、要らぬことを書いちゃった)

>数ある幼児英語教室(教材)の中で「かいじゅうたちのいるところ」
を取り上げているのがラボであり、その作品眼にほれこんで、子どもを
ラボに入れたのです

     ----------------------------

➥ありがとうございます。「かいじゅうたちのいるところ」も、ラボ・
ライブラリーのエポックをしるした一作でしたね。「てぶくろ」や「か
ぶ」とともに。絵本作品を採りあげるときは、福音館書店のものから、
というのがそれまでの定番でしたが、海外の出版社をふくむ他の多くの
出版社から出ているすぐれた名作絵本に、すっきりした道をひらく契機
となった作品。泣きたいような憧れをもって、どうにかならないもの
か、なんとかラボの子どもたちに届けられないか、と待望していた作品
でした。そこでの苦闘については、もうみなさんは知らないでいいこと
ではありますが。
【つづく】
Re:Re:追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
がのさん (2009年11月28日 15時36分)

dorothyさん

【その2】

>このがのさんの日記を読んでいて、作品選定から制作までの熱がつた
わってきました。こういう、熱い作品が望まれる昨今です。

     ----------------------------
➥ラボ・ライブラリーは、事務局まかせでは子どものこころにほんとう
に届くものはつくれないように思います。当時は、わたしなどよりは、
むしろテューターの方がたのほうが熱心に勉強したものです。分裂し混
乱状態にあり、血を見る闘いまであり、存続が危ぶまれた教育組織を、
ありったけの力を合わせて守り抜こうと、「テューター・事務局合同会
議体制」がつくられました。熱心な討論があり、高度に意識的な研究活
動がありました。このシンボリックな形がライブラリー制作であり、復
刊「テューター通信」でした。
(「テューター通信」通巻400号を記念して座談会がおこなわれたとか。
――編集委員だけでこの「テューター通信」を復刊させたのではありま
せん。私たちの行動に力を貸してくれた事務局員もいたのです。…略…
テューターとともに状況を打開したいと考える事務局員もいたというこ
とです。――ここをわたしに読ませたいと傍線をひき、わざわざ郵送し
てくれた方がいます。これはテューターサイドの見方であって、わたし
の感覚とはちょっと違いますが)
つまり、子どもたちに何を伝えるかについては、子どもと直接的に向か
い合っているテューターたちがもっと大きな声をあげてください。もっ
と真摯にみんなで研究し合ってください。ものがたりづくりを自分たち
のものとして取り戻してください。一部の特定な人のひとりよがりでラ
イブラリーがつくられるようなことがあってはいけませんよね。みんな
に共有され、長く歓迎されるライブラリーでありたいですので。
Re:Re:Re:追悼 水野忠夫先生と「エメリヤン…」(09月27日)
dorothyさん (2009年11月29日 05時40分)

がのさん

ライブラリー制作については、本当におっしゃる
とおりだと思います。これ以上のことをここで
書くのは、はばかられますが、わが身を振り返り、
もう一度、ラボライブラリーについて、私自身
考え直すとともに、地区研などにも諮ってみようと
思いました。

かいじゅうたちのいるところ、の絵本が、ラボ発刊
でなく、輸入であることに、購入当初から気づいていました。
きっと、相当の交渉や依頼・譲歩があったのでは
ないか、と思います。いずれにしても、かいじゅうたちの
いるところ、と、てぶくろが一つのCDに収録されて
いることに、私は感動を覚えたものです。

その感動を復活させたくて、今度のテーマ活動
発表会では、かいじゅうたちのいるところ・てぶくろ
両方をとりあげます。

この冬、かいじゅうたちのいるところが映画化され、
それもまた、楽しみ(なような、映像化されることで
イメージが固定化されるのがこわいような・・・)です。
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