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★純粋な感動を良質な物語で |
02月19日 (木) |
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ゴールズワージーJohn Galsworthyといっても,あまり知る人はいないかも知れない。美智子妃が卒論のテーマにした「フォーサイト家の物語」を書いた作家といったら,あっ,そうか,と思い出される方も。
地域活動としてやっている「ふれあい読書会」は,きょう,この英国の作家の「りんごの木」(岩波文庫,新潮文庫)をテクストにしておこなった。
きのうが小学生,きょうは中高生と地域の旧世代の人びと,…と,さまざまな層とのふれあいの日々である。
率直にいって,それほどすぐれた作品とは云いにくい。目もあやな物語ではない。魅力といえば,イギリス南西部の半島,ケルトの民が多く住むウェールズ地方の,精霊がただようような澄んだ空気,牧歌的なリリシズムで覆われた,田園的,詩的雰囲気と,朝露とも云うべき愛のはかなさ,素朴なヒューマニズムといったところか。そう,デヴォンシャーの荒野地帯(ムーア)の素朴な美しさの描写はチェーホフのものを思わせるし,絶対とされたもの(愛)がアッという間に崩れ去るそのはかなさは,チクリと胸に来る。
うつくしい村娘ミーガンの清らかな,しかし一途なはげしい愛,それとイギリス上流階級に巣くう旧弊な西欧的知性との相剋があざやかにつづられた物語。自然も人のこころも水彩画のように,いや,水晶のように透明である。
エピローグで,老いた農夫が杖にすがり,パイプのタバコをくゆらしながら,道端の芝塚……18歳の農場の娘ミーガンが永い眠りをねむる小さなお墓……のいわれを静かに語る場面をわたしが声にして読むうち,あっちで,こっちで,嗚咽がおこる。はなをすする音も…。14~15歳の女の子たち,60代,70代のご婦人たちがハンカチで涙を拭く。
まったく予期しないことだった。いつものように,作品の鑑賞に先だってわたしのほうから30~40分ほど話をする。今回は,作家とその時代のこととともに,神話のなかの「りんご」の話をした。ギリシア神話のさまざまなところに登場するりんご。美の妍を競う女神たちの審判にあたり,羊飼いの少年パリスが使ったのがりんごだった。それに,ヘスペリデスの楽園の話。ゼウスの妻のヘラが,結婚の記念に他の女神たちから贈られたりんごの木の苗を遠い西方の島に植え,ヘスペリデスと呼ばれる三人の歌姫に番をさせます。その美しい三姉妹のニンフ(妖精)を援けるのが,百のアタマを持つ龍ということになっていますね。
ゴールズワージー描く「りんごの木」は,まさにこの神話が透かし絵になっていると思われる。たとえば,この百のアタマの龍は,霊のようにしてときどき現われる「ジプシーのお化け」である。つまり,如何に望んでもついに行き着くことのできないところとしての「りんごの木」の園であり,だれがどれほど手を伸ばしても届かない「りんごの木」の実,運命を引き裂く不思議な木というわけである。
作品を読み解くカギとなるこの神話をわたしが知ったのは,1987~88年のころ,ギリシアの英雄伝説と神話(SK21「プロメテウスノ火」)の制作へむけて100冊以上におよぶ関係図書を読みあさっていたときのことである。そのころ読んだものがこんな形で活かされるというのを知るのは,望外の喜びである。
新しい芥川賞受賞作の悪口はすでにさんざん書いた。これ以上批判するのも愚かなこと。「未来なんて見えない」でテキトーにその刹那,刹那を下等な虫のようにして生きる19歳のルイという少女と,純情無垢でひとを疑うこともしらない18歳の少女ミーガンと。並べて比べるまでもない。もう,口にするにも値いしない軽さを見せる異星人。「古い」といわれてもいい。世代をいくつもまたいで胸をうつ良質な文学作品は,視線を下げてそんなところに目をむけないでも,大きく目を開けばいくらでもあるということ。不況をかこつ出版社の卑しい陰謀と用紙の浪費による環境破壊には巻き込まれまいぞ。
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Re:★純粋な感動を良質な物語で(02月19日)
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とんかつ姫さん (2004年02月22日 01時12分)
私には難しくって「いったい話はどこに行くのか?」と思いながらも
(日記を)読み進み「エピローグ」と言う当たりからはすっかりその世
界に引きずり込まれていたら、「嗚咽が」に、やっぱり・・・と思いま
した。 その場にいたらその透明感に引きずり込まれながら、その人生
に入っていたと思います。
素晴らしい活動をしていらっしゃるのですね?
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Re:★純粋な感動を良質な物語で(02月19日)
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サンサンさん (2004年02月22日 07時51分)
「ふれあい読書会」ですかぁ。
がのさんが、しっかり心で消化したものを声に出して読まれたのですよ
ね。みなさんの心に届いたのでしょうね。
いい時間を持っていらっしゃるのですね。
生きてるって感じられる瞬間ですね。
私たちにもそんな瞬間を分けて下さると嬉しいです。
そのうち、是非お願いしますね。
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