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★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕 03月15日 (水)
〔BBS関連〕
長谷寺の写真に驚きとともに感動を持って見ております。今日、春休みに鎌倉に行きたいなと考えていたところだったのです。若いころは、北鎌倉駅から、点在するお寺を巡って鎌倉駅まで歩いたものです。長谷寺にも何度か行きましたが、確か、紫陽花のころだったような…。(ドロシーさん/2006.3.13)

hasedeta02
いち早く春の訪れを告げる長谷寺の河津桜

★…鎌倉は6月上~中旬、梅雨のころがいちばん美しいといわれますね。明月院、長谷寺をはじめとして、あのあじさいの色には、ほんと、目も心も、いや全身まるごと奪われます。しかし、鎌倉にはどの季節にもそれぞれの花があり、それぞれの風が時代を超えて吹き、それぞれの彩りがあり、さまざまな愉しみに恵まれます。人や車で混雑するようなところはゴメン蒙りますが、ひとつ奥に入ると、ゆかしい風情とすがしい香りにいつでも出会えます。鎌倉の魅力を書きだすとキリがありませんね。
 ひとを案内して鎌倉の代表的なところを歩く場合、わたしにはおよそ三つのコースがあります。その一つが、ドロシーさんのお書きになっている北鎌倉からの寺社めぐり、花めぐりコース。円覚寺から東慶寺、浄智寺、明月院、建長寺、円応寺、鶴岡八幡宮とめぐって、若宮大路の段葛(だんかずら)をくだり、小町小路を経て鎌倉駅に出るコース。けっこう時間がかかり、浄智寺と円応寺は省略してしまうことが多いですが。円覚寺は漱石の作品とゆかり深いところですし、“駆け込み寺”ともいわれる東慶寺には和辻哲郎、高見順、小林秀雄、西田幾太郎、安倍能成、ほか多くの文人、思想家、文化人が眠っていますね。谷川徹三、神西清、堀田善衛、田村俊子、野上弥生子、川田順、岩波茂雄といったところも。美術に興味を寄せる人なら、鶴岡八幡宮の前に近代美術館鎌倉館があるし、小町小路の奥をちょっと入ったところの鏑木(かぶらぎ)清方記念美術館もたっぷりと目を愉しませてくれます。
 二つめが、今回まわった文学コース。鎌倉から江ノ島電鉄を使って由比ガ浜へ。ふつうですと、まず「吉屋信子記念館」へ行くのが通例。腰板つきの瓦葺の壁塀に囲まれた、この女流作家が晩年の10年をすごした旧居の跡(現在は鎌倉市に寄贈されている)。今回は予約してなかったので行かなかったですが、数奇屋建築の平屋で、うしろから山に抱えられたような落ち着いたたたずまい。形よいあずまやのある和風庭園もすばらしく、ここならいい作品が書けるだろうなあ、こんな静かなところに住めたらなあ、と必ずだれもがことばに出してしまうようなすてきなところ。この時期ですとウグイスの誇らしげな啼き声が、響き清らかに聞こえていたかもしれません。

 しかし今回はまっすぐに鎌倉文学館へ。加賀百万石の前田家の別邸だった和風建築を、その後洋風を加味して再建、デンマーク公使が別荘にしていたり、昭和39年から亡くなるまで佐藤栄作元首相が静養地として借りていたという三方を緑に囲まれた瀟洒な建物。文学館のテラスに出れば、さわやかな解放感のなか、由比ガ浜の海を眼下に見下ろし、空気の澄んだときなら遠く伊豆大島の島影がのぞめます。傾斜をなす広い前庭が前方に開け、そこがバラ園になっています。この時期はまだ花は見られませんでしたが、155種類というとりどりのバラ(それぞれの名前がおもしろい)がその季節には見られます。もちろん、館内には鎌倉文士たちの豊富な諸資料や、萬葉集、平家物語、金槐和歌集ほか、鎌倉ゆかりの古典文学の紹介もたのしめます。ちょっと丁寧に見ようと思ったら、2時間はかかるかもしれません。
 このあとに長谷寺を詣でるわけですが、その前に腹ごしらえ。寺の駐車場の奥から通じるごく細い路地(ほとんど知る人はない幅1メートルほどの秘密の通路)を通って懐石料理・蕎麦の老舗“懐古亭”へ。180余年を経た合掌造りの民家を飛騨の山村から移築したものとか。店内には数々の古美術が見られます。蕎麦の味については、いうまでもありません。
 さて、長谷寺にもどって山門をくぐってすぐ左に見られる大きな石碑。ここが高山樗牛の旧居跡です。わたしが樋口一葉の「たけくらべ」とともに「ぜったいの名著」といつも口にする『滝口入道』、また『わがそでの記』などはここで書かれています。
 長谷寺といえば、あじさいという人もいますが、そればかりではなく、第一はここのご本尊である十一面観音像でしょう。これをもってこの寺は“長谷観音”と広く呼ばれているわけで、高さ9.18メートルといいますから、木造としては日本最大の仏像。よく見ると、ふつう京都や奈良で見る十一面観音像とはだいぶ違います。右手には錫杖、左手には蓮華を差した花瓶を持っています。すなわち、地蔵菩薩と観音菩薩、それに薬師如来の力を合わせ持つお姿で、見るもののこころをガシッととらえます。やさしく尊いお顔です。だれもが強烈な慈愛の力に圧倒されずにはいられないひとときで、この日いっしょに歩いたHさんなぞ、わたしが「さあ、置いていきますよ」と引っ張ってうながすまでの10分間ほどは、ポーッと放心状態で、立ちすくんだままそこを動けなかったものです。宝物館や弁天窟めぐりも見逃がせません。鍾乳洞に入ったような気分に誘う「天窟」には、岩肌に刻まれた諸仏がゆらめくローソクのあかりに浮かびあがっています。
 近くにはさらに川端康成記念館があったり、時間の余裕があれば極楽寺にも寄りたいところですが、すでに五感に受けた印象はたっぷりと満ちて受け止めきれないほど。鎌倉に馴染みないひとを案内する場合なら、このあと、せいぜい高徳院の大仏殿には立ち寄らねばならないかもしれませんが。
 第三のコースについては、長くなりましたので、いつか機会がありましたら…。(2006.3.13)

    ◆転記スミ⇒「小径を行けば…」〔5〕鎌倉の文学と花の小径(早春編)/画像8点削除
Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年03月23日 09時17分)

そういえば、この日記に書き込みをしていなかった
ことに今気づきました。ごめんなさい。
読んで楽しむことに夢中で、書いていなかったのです。


そうです。私は、円覚寺から東慶寺、浄智寺、明月院、建長寺、円応
寺、鶴岡八幡宮ととめぐって、若宮大路の段葛(だんかずら)をくだり、
小町小路を経て鎌倉駅に出るコースを一番歩きました。
学生の頃、また、社会人になってからも、気候のよい時期に
なんども足を運んだものでした。

東慶寺では、有名な人のお墓を探したりもしました。
8時ころ北鎌倉について、夕方6時ころ鎌倉に到着、
というのんびりとした散策をしたのです。

また、江ノ電での散策も楽しかったです。
文学散歩もそうですが、墜道歩きが楽しかった。
歌の「鎌倉」に出てくる通りに歩いたこともあります。

ぜひ、第三のコースをお知らせ下さい。
楽しみです。
Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年03月23日 11時24分)

ドロシーさん

>東慶寺では、有名な人のお墓を探したりもしました。8時ころ北鎌倉
について、夕方6時ころ鎌倉に到着、というのんびりとした散策をした
のです。
 また、江ノ電での散策も楽しかったです。文学散歩もそうですが、墜
道歩きが楽しかった。歌の「鎌倉」に出てくる通りに歩いたこともあり
ます。
★…早くヘルニアの悩みから解放され、若いころの元気さでさっそうと
鎌倉を歩いてくださいますこと、願っています。そうなんですね、なぜ
なのか、あそこにいるといい気持ちになれるんですね、自分が何かの力
で上に吊り上げられ、崇められているような感じがして。
 この数日のうちに鎌倉はまたすっかり表情を変えていることでしょ
う。花にあふれた鎌倉。それにしても、その日、いっしょに鎌倉を歩い
たHさんは、いまは遠い遠い空のむこうの人になっているわけで、
 「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」
の思い、まるでここにいまこうしていることさえヘンな感じ、ウソのよ
うな感じ。ほんとうに
 「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず…」
そのまま気まぐれにどこかへ行ってしまいたいような気分。あじさいの
季節にはまた鎌倉歩きをしてきたいと思っています。りんごちゃん、ど
う、いっしょに行く?
Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年03月24日 09時30分)

チップス先生のがのさん

>「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず…」
そのまま気まぐれにどこかへ行ってしまいたいような気分。あじさいの
季節にはまた鎌倉歩きをしてきたいと思っています。りんごちゃん、ど
う、いっしょに行く?

りんごは、歩くのが好きです。というか、うちの子は基本的に
野生児で、ぽんちもきんたも、散策するのが好きです。
気候がよくなると、外歩きをしたくなりますね。
今年は、近場の桜の名所まで歩けたら、と思っています。
----------------------------
Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年03月24日 21時46分)

ドロシーさん

>「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず…」
そのまま気まぐれにどこかへ行ってしまいたい…
★…思秋期のイカレポンチのヤボス先生、
  漂泊の思いのままに、春たずね、
  花の郷さし西ひがし あくがれいでて かまくらの
  古刹めぐりの ともがらは 
  韋駄天 羅刹に 天邪鬼 

イマイチ健康に不安を残すドロシーさん、しかしその名は「ドロシー」
さ、カンザスのトルネードでも、野茂さんのトルネードでも、フロリダ
やジョージアのカトリーヌでもいいけど、ようやくおとずれた春の風に
乗ってビューッと飛びあるきたい心境でしょう。
そうそう、近場にはたくさんのサクラの名所がありそう。去年、知り合
いのカメラマンは会津若松の鶴ケ城公園へサクラの撮影に行ったはず。
その後会ってはいませんで、どうだったかは聞いていませんが。
会津といえば、つい最近、そこに住む知人が「くるみゆべし」を
送ってきてくれました。うん、これはなかなかの美味! でした。
あ~、塩蔵のソバも食べたい!
近辺をあちこちかけまわるのもいいですけれど、りんごちゃん、安達原
では鬼婆にさらわれないように、おかあさんの手をしっかりにぎってい
るんですよ。おかあさんの顔を見たら、鬼も逃げていくから大丈夫。
Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年03月26日 21時16分)

がのさん
>近辺をあちこちかけまわるのもいいですけれど、りんごちゃん、安達
原では鬼婆にさらわれないように、おかあさんの手をしっかりにぎって
いるんですよ。おかあさんの顔を見たら、鬼も逃げていくから大丈夫。

がのさん、シーッ。それはナイショです。子供たちは私の本性に
気づいていないのですから・・・。
----------------------------
Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年03月27日 20時40分)

ドロシーさん

>りんごちゃん、安達原では鬼婆にさらわれないように、おかあさんの
手をしっかりにぎっているんですよ。おかあさんの顔を見たら、鬼も逃
げていくから大丈夫、大丈夫。
⇒がのさん、シーッ。それはナイショです。子供たちは私の本性に気づ
いていないのですから。

☆…妖艶なる美女が突然、鬼女になって襲いかかる……。そうか、わた
しの勘違い、あれはサクラではなくてモミジだったか。「紅葉狩」とい
うお能。こわかったねぇ、薪能でみたこのお能は。美女の群れに囲まれ
て酒宴を楽しむ平維茂(これもち)。陶然と酔い伏していて、いきなりも
の凄まじい夜風がおこります。目をさますと、そこには恐ろしい形相の
鬼女たちの群れが…。夢にうなされるほど怖かったですよ。でも、ドロ
シーさんがギョロリとにらみかえしたら、そんな鬼どもも、しっぽ(なん
てないか)を巻いて退散するでしょうから、ま、りんごちゃん、安心しな
さい。
 鎌倉ということでいえば、ここの薪能もすばらしいとのことですが(行
ったことがありません)、やはり、頼朝の前で舞わされた白拍子、静御前
の舞いでしょうかね。“賎や賎 賎の苧環繰り返し 昔を今に なすよ
しもがな”鶴岡八幡宮にその舞台がありますよね。花の吉野山を命がけ
で踏み迷う落人となった義経をしのんで舞う美しい舞い。「二人静」と
いうお能のイメージがいまも胸に残っています。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年03月31日 10時02分)

がのさん

>鎌倉ということでいえば、ここの薪能もすばらしいとのことですが(行
ったことがありません)、やはり、頼朝の前で舞わされた白拍子、静御前
の舞いでしょうかね。“賎や賎 賎の苧環繰り返し 昔を今に なすよ
しもがな”鶴岡八幡宮にその舞台がありますよね。花の吉野山を命がけ
で踏み迷う落人となった義経をしのんで舞う美しい舞い。「二人静」と
いうお能のイメージがいまも胸に残っています。

最近の大河ドラマでも義経は取り上げられましたが、幼いときに
見た、尾上菊之助(当時。現菊五郎)と藤純子(当時)の
義経と静のイメージが強いです。そのときに覚えたのが、この
「しずやしず しずのおだまき くりかえし むかしをいまに
なすよしもがな」(すみません、ひらがなで)。

そして、なすよしもがな、を漢字読みすると(かなり無理に)
成吉思汗(チンギスハン)になる、とか、「吉野の誓いなりて
静を思う」がチンギスハンだ、などという珍説にも、一人
心を動かしたものです。

その、静終焉の地が当地だ、という説が地元では静かに
伝わっています。平泉に逃げ延びたと知り、義経のあとを
追って陸奥にわけいった静は、当地で義経の死を知り、
沼に入水して果てた、というのです。「静御前堂」も
あります。静の身代わりに、小姓が義経の下に行こうと
して、義経の死を知り、絶望して入水したのが真実だ、
とも言われています。

薪能も見て見たいです。

一昨日から、こちらは雪です。東京の桜の様子に
驚いています。

----------------------------
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年04月01日 01時25分)

ドロシーさん 【その1】

>最近の大河ドラマでも義経は取り上げられましたが、幼いときに見
た、尾上菊之助(当時。現菊五郎)と藤純子(当時)の義経と静のイメ
ージが強いです。

⇒藤純子さんの静御前ですか。なるほど、いいかもしれませんね。石原
さとみさんの静御前も悪くはないのでしょうが、わたしのイメージの静
御前とはちょっとちがいましたね。可愛いけれど、幼すぎるというか。
中世、戦国の世に生きた女の魅力とは、目がビッと横長で、冷徹なもの
を秘め、そう、森田曠平画伯が描くところの女性のイメージ。生前にこ
のシーンを描いておいてほしかったですね、この日本画の巨匠には。

その、静終焉の地が当地だ、という説が地元では静かに伝わっていま
す。平泉に逃げ延びたと知り、義経のあとを追って陸奥にわけいった静
は、当地で義経の死を知り、沼に入水して果てた、というのです。「静
御前堂」もあります。静の身代わりに、小姓が義経の下に行こうとし
て、義経の死を知り、絶望して入水したのが真実だ、とも言われていま
す。

⇒各地におもしろい風説をたくさん残していますよね、義経をめぐるこ
のものがたりは。たとえば、以前このサイトで芭蕉の「奥のほそみち」
に関連してご紹介したと思いますが、「蚤(のみ)虱(しらみ) 馬の尿(し
と)する枕もと」と詠まれた尿前(しとまえ)の関。鳴子で生まれた義経の
若君がはじめてオシッコをしたところといわれます。しかし、いつ、ど
こから、義経の北の方が平泉への逃避行に同道することになったのか、
だれにも説明はできませんよね。要するにでたらめです。そんなはなし
がどこからとも知れず生まれるのが日本人の心情に沿う判官びいきとい
うものなのでしょうね。 【つづく】
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年04月01日 09時35分)

ドロシーさん 【その2】

 そもそも、「義経記」をもとにして、謡曲で、幸若で、浄瑠璃で、義
経の悲劇的なものがたりが文芸化され、巷間でひろく語られるうち、判
官びいきの気運を生み、諸説を生んだというもの。歴史的な事実に即し
て書かれたとされる「義経記」は、傍系的な説話を挿入することのない
伝奇性のつよいもので、その意味ではちっともおもしろくないのです
が、一応、「義経記」がしるしているところによれば、静御前の末路に
ついては、吉野の山中で捕らえられる…、鎌倉へ連れていかれ、取り調
べを受ける…、捕らわれたときにはすでに懐妊していて、そこで義経の
子である男児を生む…、頼朝はその子を後顧の憂いなきよう由比ガ浜で
殺させる…。傷心の静は、さらに、若宮八幡で白拍子舞いを披露せよと
命ぜられる、義経への思慕をこめてうたった歌は頼朝の不興をかう、し
かし、頼朝の北の方、北条政子のとりなしがあって許される…、京に帰
って母とともに髪を落とし出家する、その翌年の秋に往生をとげる…、
という、ごくあっさりとしたもの。察するに、事実はこんなものだった
のでしょう。たしかに、これだけじゃつまんない、もう少し色をつけな
いと哀れすぎるよ、ということになる。
 それにしても、日本人って、創作力の旺盛な民族なんですね~。我田
引水タイプというか、牽強付会じょうずというか、なんでも自分の気に
入るようにつくり変えてしまう能力はバツグンですね。わたしたちの卑
近なところにも、この牽強付会ぶりはよく見られるじゃないですか。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年04月04日 16時09分)

がのさん
>それにしても、日本人って、創作力の旺盛な民族なんですね~。我田
引水タイプというか、牽強付会じょうずというか、なんでも自分の気に
入るようにつくり変えてしまう能力はバツグンですね。わたしたちの卑
近なところにも、この牽強付会ぶりはよく見られるじゃないですか。

確かにそう思います。

生まれてくる子が女なら生かしておくが、男なら殺す。
これは、自分が生き延びて平家を滅ぼしたときの思いが
教訓となっていたのでしょう。

実は、日曜日、北鎌倉から鎌倉まで、ゆっくり歩きました。
鶴岡八幡宮の桜並木を歩き終えたときに大粒の雨。
花に誘われ、驚異的な歩きを見せた私ですが、その
雨で動くことができなくなり、昨日、やっとの思いで
戻ってまいりました。

まだ、座るのがつらいのですが、体力がつき次第、
今回の上野・鎌倉の花見の写真を私の日記にアップします。

東慶寺では、先輩の安倍能成の墓参りもしました。
----------------------------
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年04月04日 23時08分)

ドロシーさん
実は、日曜日、北鎌倉から鎌倉まで、ゆっくり歩きました。鶴岡八幡宮
の桜並木を歩き終えたときに大粒の雨。花に誘われ、驚異的な歩きを見
せた私ですが、その雨で動くことができなくなり、昨日、やっとの思い
で戻ってまいりました。東慶寺では、先輩の安倍能成の墓参りもしまし
た。
----------------------------
 あらら・・・、鎌倉へのあこがれと花に誘われて、ちょっと無理をな
さいましたね。どうぞお大事になおしてくださいますよう。若宮大路の
段葛では、みごとなサクラをご覧になったことでしょう。この季節、北
鎌倉ではどんな花が見られましたか。モモ、サクラをはじめ、とりどり
の花が妍を競って新鮮な春の色を誇っていたことでしょう。東慶寺の梅
は散ってしまったかもしれませんが、水仙が抜けるような透明さで春を
詠っていたことでしょう。明月院はアジサイはまだとしても、この時期
にはクリスマスローズが、うつむいて拝むがごとく咲いていたことでし
ょう。まっ白なユキヤナギ、コデマリ、オオデマリ、白モクレン、それ
にレンギョウ、ヒュウガミズキの黄色、また、花海棠、オダマキ、紫ラ
ン、シャガ、ボケ、ひょっとするとシャクナゲももう咲いていたかもし
れません。
 静御前が「賎や賎…」と哀れにうたった舞台もご覧になりましたね。
日曜日は夕方近くからひどい荒れ模様になりました。たいへんでした
ね。わたしはこの土曜・日曜と、いなかの親戚の子の大学入学で、マン
ションへの引越しを手伝わされ、ベッドを組み立てたり、箪笥を組んだ
り、パソコンのセッティングをしたりしました。腰がイテテで、伸ばせ
ないようなあんばい。それでも、きょうは、渋谷での打ち合わせの用事
があって出かけ、そのついでにNHKのわきから代々木公園に出て、サ
クラの下で、微風に誘われて舞うサクラ吹雪を顔に受けながらひととき
をゆっくりすごしました。夕方からは曇ってしまいましたが、とても暖
かい気持ちよい日でした。
 それに、先の書き込みに対する返信で、静御前のわたしのイメージに
ふれて森田曠平画伯の作品についてふれましたが、図録からコピーした
典型的な作品をあとでメールでお送りいたします。
 ヘルニアというのはどうすれば快癒するのでしょうね。早く治して元
気にいろいろなところを見てまわりましょう。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年04月05日 12時40分)

がのさん

>東慶寺の梅は散ってしまったかもしれませんが、水仙が抜けるような
透明さで春を詠っていたことでしょう。

いいえ。梅も咲き残っていました。また、水仙も咲いていました。
明月院は、今回は門前でやめました。建長寺も。それでも、
門前から見える風情は楽しめました。

行く先々で、早春から初夏までの花を楽しめました。
花守りの方に伺うと、こんなにさまざまな季節の花が
咲きそろうことも珍しい、と話していらっしゃいました。

日記に、写真をUPしました。が、自分の記憶や
思いとは風情の違う写真しか撮っていませんでした。
あまりに夢中になって、写真を撮ることも忘れて
いたのです。日記も、まとめて記入せず、それぞれ
日にわけて書きました。

また、メールありがとうございました。堪能しました。
ヘルニアは、中の髄液が加齢で硬くなるか、手術で
取り去らないと治らないようです。無理さえしなければ
それでも、痛みはあまり感じないのですが、今回のは
・・・ちょっと無理が過ぎたようです。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
がのさん (2006年04月06日 00時05分)

ドロシーさん

>東慶寺の梅も咲き残っていました。また、水仙も咲いていました。
明月院は、今回は門前でやめました。
⇒たいへんな思いをなさって上野、横浜、鎌倉とまわられたのですね、
花の甘い誘惑も罪つくりです。知っていれば、なんとか都合をつけて、
車椅子を押すこと、歩行の介助することくらいはわたしにもできました
のに。(これでもホームヘルパー2級の資格を持っているのですよ)おん
ぶして明月院の石段を昇ることだって…。クリスマスローズがこの時期
にはそこできれいに咲いているはずですよ。りんごちゃんにもお会いし
たかったし。
でも、動物園に行ったり、横浜の港の風景やベイブリッジを見たり、大
観覧車に乗ったり、子どもさんたちはさぞかし喜んだことでしょう。す
てきな春休みの思い出になりましたね。ああ、足に無理がなければ、港
が見える丘公園のむこうの神奈川近代文学館で「夏目漱石から萩原朔太
郎まで」展も見てほしかつたのに。わたしは近々それに行く予定です。

>行く先々で、早春から初夏までの花を楽しめました。花守りの方に伺う
と、こんなにさまざまな季節の花が咲きそろうことも珍しい、と話して
いらっしゃいました。
⇒そうなんですね、この春はウメもモモもサクラも、沈丁花もコブシも
ユキヤナギも、みんないっぺんに咲いてしまいましたね。ふしぎなのは
ハナミズキの開花がまだであること。いつもならサクラのすぐあと、ア
レッという間に咲いているのですが。

>日記に、写真をUPしました。日記も、まとめて記入せず、それぞれ
日にわけて書きました。
⇒見せていただきました。おからだが悪いのかなあ、もっともっと書き
たいはずなのに、と心配です。どうぞご無理のないように。
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:★鎌倉の文学と花紀行〔早春散策編〕(03月15日)
dorothyさん (2006年04月07日 18時25分)

がのさん
>知っていれば、なんとか都合をつけて、車椅子を押すこと、歩行の介
助することくらいはわたしにもできましたのに。(これでもホームヘルパ
ー2級の資格を持っているのですよ)おんぶして明月院の石段を昇ること
だって…。

ありがとうございます。ホームヘルパー2級ですか!素晴らしい。
でも、こなき爺をおんぶすると、だんだん重くなる・・・。
お気持ちだけでも、とてもうれしく感謝しています。

>クリスマスローズがこの時期にはそこできれいに咲いているはずです
よ。りんごちゃんにもお会いしたかったし。

はい。実際、ここまで動けるとは誰も考えもできないことでした。
桜への思いだけで、こんなに元気になったのです。鎌倉に行きたい、
とは思っていたけれど、実現するとは思えなくて、ご連絡をせず
失礼いたしました。

>ああ、足に無理がなければ、港が見える丘公園のむこうの神奈川近代
文学館で「夏目漱石から萩原朔太郎まで」展も見てほしかつたのに。わ
たしは近々それに行く予定です。

本当に残念です。横浜は、ホテル界隈を散策しただけでした。
山下公園にも、港が見える丘公園にも行かずじまいでした。

>おからだが悪いのかなあ、もっともっと書き
たいはずなのに、と心配です。どうぞご無理のないように。

大丈夫です。ありがとうございます。
がのさんの日記、楽しく読ませていただきました。

・・・なるほど、九州地方の風習か・・・などなど。
源氏物語は、もう一度、読み返したくなりました。
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