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船だまり。北海道、小樽。油絵。30号。
絵を描こうと思うと、気に入ったアングルを求めてぐるぐる歩き回る。でも今は、ツアー・バスや、時間に限られた旅行が多いので、偶然に出会った場所、という感じが多い。これもそんなところの一つ。
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晴れた日の漁港。北海道の古川漁港。油絵。30号。
車で走っていたり、乗り物の中からでも、船だまりを見たり、漁港が見えたりすると、そこで、降りて、出来れば船の近くまで行きたくなる。でも、ほとんどの場合、それは不可能で、私は、[ああ・・・いい船があるなあ・・・」と、思って走り去ることになる。
船は画題として好きな一つ。なぜか、夢と物語を感じる。船のある私の絵を思い出してみよう。
北海道、積丹半島へ、車で走っている途中、立ち寄った漁港だった。
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生物。油絵。6号。
ちょっと古い絵だけれど。平凡な絵だけれど好きな絵の一つ。
さあ、次は何にしようかしら・・・・
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先日、機会あって、ロンドン、パリ、ローマと回ってきた。どこも15年から10年くらい前に訪れたことがあり、3回目のロンドン、ローマだった。最初にロンドンに行ったときは、イギリスに住んでいたことのあるSさんと一緒だった。そして、彼女が住んでいた場所を訪れると、25年前の家が、そのままあって、感激したのだった。イギリスは古きよきものを守って簡単に外見を変えたりしないのだと、私は思った。
そんな気持ちで、ウエストミンスター寺院へ向かった。以前、このテムズ川のクルージングをして、ビッグベンや、国会議事堂の建物をシルエットにウエストミンスター・ピアを描いた。そんな懐かしさを持っていった私は、びっくり。対岸にすっごく大きな観覧車ができていた。橋を渡って観覧車の下に来た私は、今見てきたウエストミンスターの荘厳なたたずまい・・・・が見下ろされるのかと思ったら、ステンドグラスの美しさが目に残り、豊かなあったかい気持ちになっていた私の心が急に寒々としてきた。
どこへいっても多すぎるのは車。ヨーロッパの古い町は、駐車場が作れないから悩ましい。路上の車は、日本人の常識を超えて、上手?にとめてある。日本のように電線が景観を損ねるということはなく、建物は美しい。
今は使われなくなっていてもそのまま残している煙突のある屋根、屋根。歴史を感じさせる装飾のある建物。そんな街角に魅力を感じて、描きたいな、と足を止める。しかし、次から次へと通る車。私は15分も、20分も立ち尽くすことがしばしば。
美術館、宮殿に入って、驚いたのは、フラッシュ禁止の場所にも関わらず、ピカ!ピカ!とひかることだ。なぜ係員は注意しないのだろう。と私は思ったが。係員の数に比して、その様な非常識な観光客のなんと多いことか。その大半がアジア系であることも情けない。名画の前や、きらびやかな宮殿の調度の前で、並んで自分の写真を撮って、どんな気持ちがするのだろう。このままでは、何年か後、世界の遺産も大変なことになりそうだ。
もうひとつ以前と変わったと思ったのは、観光地のレストランに入ると、当然英語でしゃべろうと思う前に、「ビール?おおきいの?ちいさいの?」と毎日しゃべる必要な日本語が飛んできたり、「ビール、コーヒー」と日本人を見たら日本の発音が出来る人たちがたくさんいることだった。実に彼らのサービスも大したものだと思ったけれど、それだけ日本人観光客の多さがそうしているのだろう。
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ラボっ子の結婚式に招かれていった。今までもいくつかの結婚式に出席してきた。ラボっ子はよく、ステイ先や留学先のホストファミリーなどを招待することもあるので、私のスピーチが必要になり、私はお祝いを述べながら、おめでたい席にふさわしいラボの宣伝をさせてもらったのだった。
今回の結婚式は、少し間もあり、外国の友達もなく、ラボからの距離も余り感じなく出席していた。ところが彼は自営業、自分の町を大切にして、友達を大勢招待していた。その大半は元ラボっ子なのだ。
「T君は友達が多いなあ。どういう友達なんだ?」といった親戚の人の言葉にはっと気がついた。普通、友達として招待すれば、小学校からの友達とか、高校、大学の同級生などとなるであろうが、彼の場合は、先輩、後輩、その年の差10年くらいある。確かに、異年齢のラボ活動が、そのまま異年齢の友達集団を作っているのだ。結婚式の2次会には、さらに何人かの若い元ラボっ子が集ったようだ。
私はそこに、何年か前の彼らの活動を思い浮かべた。ラボの異年齢活動の優れた点は、言うまでもなく、たくさんある。それがそのまま、彼の人生の支えとなって、商売にも、彼の日常にも生かされていくのだと思った。
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高台の風車群。スペイン、カンポ・デ・クリプターナ。油絵。サムホール。
この絵も、手元にないので、写真からの転送で申し訳ない。物語に関係した絵を描きたいけれど、それが絵画としての構図がよくなくてはいけないので、なかなか描けない。
カンポ・デ・クリプターナの村では,数基の風車が残されていて、丘の上のは、観光用として中も見学できた。住まいとしても使っていたのだ。今は、お土産用の小物などを売っていた。50個以上、あるだけのバッジを買うテューターがいたりして、そこのおじさんは計算が出来なかった。
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夢見るドン・キホ-テ。スペイン、コンスエグラの風車とドン・キホーテ。油絵。サムホール。
ラマンチャへ来たら風車、風車と心は躍る。丘の上に現れた9基の風車。丘の上はコートのすそが膨らむくらいの風があり、風に向かって歩くのも重い。でも、なるほど。風車には風がいる。
この風車にドン・キホーテの思いを重ねて、先回の絵画の家の前にあったドン・キホーテの像を持ってきて構成した。この絵は手元になく、写真からいれたので、はっきりしないのが残念。
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スペイン。ラマンチャ。白い壁の家。油絵。サムホール。
ラボ・ライブラリー「ドン・キホーテ」が出たとき、村田栄一氏と行くスペインのたびが計画された。
「ラマンチャだ。風車だ」とテューターたちは心躍らせた。いつもラボっ子のことが頭から離れないテューター。お土産店では、絵葉書、バッジなど、ドンキホーテグッズを見つけると、何十枚、何十個と買ってしまう。お店の人はこんなお客には馴れていない。計算も大変、大騒動。なぜこんなに買うのだろう・・・・・と。この白い壁の中から、わいわい、がやがや声が聞こえてきそう。このみやげもの屋の前には、ドン・キホーテの像があった。
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スペイン。アルコス・デ・ラ・フロンテーラ。アーチの奥に鐘楼を見る。 油絵。6号。
描きたいところを絵に描いて、その絵を見てまた、旅を新たに楽しんでいる。
なだらかな傾斜に沿って、白い集落がある、アルコス・デ・ラ・フロンテーラ。古い町の狭い路地を登っていくと、土色の城壁や、教会の鐘楼がそびえる光景が見えてくる。この鐘楼の右のパラドールに泊まる。
鐘楼の前は広場。広場の門を出ると、アンダルシアの広野を一望できる。そこから夕日を背に眺めたのが、先回の絵画。そして門を通して鐘楼を描く。
この地方には、fronteraフロンテーラ(国境)とつく地名が多い。11~12世紀、キリスト、イスラムの共存の名残。
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スペイン。アルコス・デ・ラ・フロンテーラ。崖上の古都。油絵
20号。
旅の最後の日だった。アルコス・デ・ラ・フロンテーラのパラドールまでの坂道を私は何度も振りかえりながら上った。10歩上れば、景色が変わる。建物もいろんなアングルを楽しむことが出来る。
崖上の古都は、夕日を浴びて美しかった。絵の中の高い塔は、サン・ペドロ寺院。夜更けて、深い紺色の空に、無数の星と新月が輝いた。旅の夜、いやでもロマンチックにしてくれる。
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