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店先。コルドバの陶器屋。油絵。30号。
ぶらぶら歩いていると楽しい店を見つける。あちこちで店先をテーマに描いているが、いつ見ても楽しく、これがまた、べつの発想につながったりもする。細かく、根気よく描かねばならない。
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なかよしねこ
最近こんなぬいぐるみをつくることになった。それはーーー
クロタラリーア・アレッサ
植物の名前。何回読んでも覚えられない名前である。数年前、ある人から、乾いたえんどうの鞘のようなものを三つ袋に入れてもらった。そしてその袋の中に、紙切れが入っていた。
「クロタラリーア・アレッサ・・・・鞘を振ると、とてもきれいな音がする珍しい植物です。属名のCrotalariaは、赤ちゃんの玩具「がらがら」のことで、鞘の中でばらばらになった種が、からから鳴るのを例えたものです。日本産のタヌキマメの仲間で、背丈ほどに成長し、小枝を多数伸ばして、夏には黄色い花を多数つけます。種まき時期は十分暖かくなった五月下旬ごろ。種皮が硬く発芽しにくいので、種子と砂と混ぜてもみ、種皮に傷をつけ、十分に水に浸してから蒔くとよいでしょう。]と書いてあった。
ぷっくりと膨れた鞘の中で、からからと鳴るその音の楽しさに、栽培してみたくなり、早速種を蒔いたのだった。するとえんどうのような花が咲き、ぷっくりとしたえんどうをふくらませたような緑色の鞘がなり、だんだん実って鞘が薄茶色になった頃、鞘を取ると、中で黒い種がからからと、さわやかな音を立てる。こうして鞘を袋いっぱいとって、このメモ書きと一緒に戸棚においてあった。2,3年たっているのだけれど、音は相変わらずからからとなんともいい澄んだ音がする。この音をもっと身近に楽しめるものにしようと思いたって、考え、ぬいぐるみを作って入れ込むことにした。
大人の部屋に飾れるものにと、ししゅうのぬいぐるみにした。「なかよしねこ」。
さて、鞘を袋に入れて入れ込んでは、もしぬいぐるみを荒っぽく扱ったり、踏んだりしたら、鞘がつぶれるかもしれない。だから、小さいスチール缶にいれることにした。ところが、缶の中で鞘がおどると、缶に触れるカタコトという金属音になってしまう。鞘にも少し自由な空間があったほうが、音がいいのだが、結局、鞘が動かないように缶にいっぱい詰め込むことで、「からから、さらさら」 の音を保つことにした。こうして作ったのがこの「なかよしねこ」である。
この自然のものの音を、よりやさしくさわやかに思い、この文を書こうと思ったのにはまた、あるきっかけがあった。先日、荘川(高山市)の山小屋へ行った。静かなところで、風の音、せせらぎの音がするところ。そんなところで、夕方、部屋に入ると、「ピー!」と音がする。「何だった?」・・・そしてまた30分ぐらいすると「ピッピー」。 「鳥の声だね」・・・無理に鳥の声だと納得しようとしても、ちょっとおかしい。何の音か分からぬまま、2時間ほどたって、やっと分かった。「ピピピピピーーー」と鳴り出したのは、ガス漏れ報知器。ガス漏れではなく、器具自体が古くなって、センサーが狂ったのだ。器具を取り替えて事は終わったが、その器具のなまえは「かなりや」。カナリヤだから鳥の声に間違えたのか。ばかばかしい。
自然の音ほどやさしくさわやか、そして温かく、癒されるものはない。
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トレドの店先。油絵。30号。
店先を描くことは、好きだ。その街の雰囲気、街の人々の暮らし、その国の文化につながっていく。トレドにこんな店があった。店の前に立って、飾ってあるものを、じっと見つめてしまった。
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古都遠望ー(1)。スペイン。トレド。油絵。30号。
1998年、(CDラボ・ライブラリー、ドン・キホーテ発刊をうけて)村田栄一氏と行くスペインの旅に参加した。
中世スペインの中心都市トレドに入り、カテドラル、トーメ教会と、回教、ユダヤ教、キリスト教など、重層的文化に感動し、われわれの足の運びが遅くなるのを、なぜか村田先生が早く早くとせかす。そしてこの街を一望できる高台に着く。「わぁー!。。。」。「ここへどうしても明るいうちに来たかったんだよ。」と。
どうしても描きたくなった!---これが私の古都遠望第一号。
2年後、また機会に恵まれ、トレドに行った。なつかしい。私の絵が、そのままそこにあるではないか。私は、時間の許す限り、その場にたたずんでいた。
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ベルギー、ブルージュ。油絵。30号。
鐘楼の上から見る古都の遠望を、もう一枚。
観光地ではどこへいっても人の多さに悩む。すれ違うことも楽に出来ない鐘楼の上に上る階段。人の比較的少ない昼食時をねらって、上まで上った。正午の鐘の音を、体中に響かせながら、この景色に見入る。
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ベルギー、ブルージュ。並木の道。油絵。10号。
運河を降りて、食事をする。食事を済ませて出てみると、並木の向こうに、今、運河で見てきた塔が見える。並木がまた別の街の雰囲気を出している。ヨーロッパは、少しアングルを変えると、また一枚、私に気にいった絵を描かせてくれる。
(写真がうまくとれなくて残念)
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ブルージュの運河、乗り場。油絵。4号。
13世紀には、ハンザ同盟の主要貿易拠点であって、ヨーロッパの商品取引のもっとも重要な場所だった。
美しいレンガつくりの建物の大半は、17世紀に建てられたものという。
そんな街の中を運河がめぐる。ところどころに、クルージングのための乗り場がある。日本人ばかりを乗せたら、日本語の案内テープを流してくれた。必要な場所へ来ると、水先人が、スイッチを入れる。そして合図(たぶん現地語でおわり?)がはいると切る。親切ではあるが、この説明は街の雰囲気、旅行の気分とはいささか合わないものだった。
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ブルージュの運河。8号。
ブルージュの天気は変わりやすい。朝、ホテルを出るときは、青空に太陽が出ていても、知らぬうちに曇ってきて、ザーッと降り出す。こんなことが何度も。
運河と中世の町並みを、水の上から眺めて通る。
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[半夏生=はんげしょう]。私はこの言葉をつい最近知った。
今では、私の生活リズムの中に完全に入り込んでしまっているが、漢字と日本語の遊び、「漢字パズル」にはまっている。寝る時間が30分おそくなってもやりたい。でもつまらぬ事でほかに支障をきたしてもいけないので、本屋に出ている雑誌の中から、気に入ったものを一冊にして、必ず全問正解で取り組んでいる。感もよくなって、相当難解なものほど、おもしろい。
先日、「( )木立。真( )日。半( )生。」と共通の一字をいれる言葉を探すことになって、[夏]だと思うのだが、私は[半夏生]という言葉を知らない。正しい読み方すら分からない。辞書で調べて・・・・・あった、あった。
―――「はんげしょう=(1)月令、七十二候の一つ。夏至から11日目にあたる日。太陽暦では7月2日頃。梅雨が明け、田植えの終期とされる。
(2){植}どくだみ科の多年草。水辺に生ずる。夏、茎頂にある葉の下半部が白色に変じ、白色の穂状花を綴る。片白草。」―――とある。
私はなるほどという思いで、(1)の意味をしっかり覚えておいた。ところが昨日、友達と美術館へ出かけた後、たまたまお茶室へよった。すると、そこに立ててある茶花を見て、友達が、[あ、これ、はんげしょうですね]という。「え!」(私は2,3日前に辞書で覚えた言葉ではないか!)でも、大して重きを置いて覚えなかった(2)の意味、・・・その花をこんなタイミングで目に出来るとは。私はうれしくて、うれしくて、その花のやさしく咲く姿を目と心にしみこませながら、友達に私の「はんげしょう」との出会いを話しながら、一服のお茶をたのしんだ。
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寿限無のCDが届いて、楽しく聞いている。「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ・・・」がどのように英語になるのかと、思っていたけれど、・・・なるほど・・・そうなのか・・・と逆に日本語の意味を深くかみしめている。これを唱える元気なラボっ子の声が聞こえそうであるが、残念ながら今の私は子どもからの感性はもらえないし、これ以上の感動も味わえない。
長年のパーティ便りを見ると、よくもこれまでというくらい、毎年、毎回、ラボ・ライブラリーを整えて、聞き込む大切さを、語り続けている。そんな活動を昨日のことのように思いながら、パーティ便りの中から、ラボっ子自らが、ラボの活動について語っている文章を拾ってみた。
―――ラボは、一般的な英語の塾とは全然違います。たくさんあるラボ・ライブラリーの中から、みんなでやる物語を選び、何回も物語を聞き、物語の中味を聞き取っていきます。聞き取るというより、何回も何回も聞くうちに、自然に言葉を覚えていくという感じです。こうして物語を聞きみんなで集るパーティのときに、それぞれの役になってイメージをふくらませ、一つの物語を作っていきます。これがテーマ活動です。
テーマ活動では、ふだんの学校生活とはちがい、幅広い年齢の子達が集り、そこに楽しさと緊張と発見があります。小さい子が考える世界、大きい子が考える世界がうまく溶け合って、一つの物を作る楽しさがあります。こんな感じで楽しみながら英語を覚えていく活動がラボです。―――(高1・KM女)
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