2007年8月に亡くなった阿久悠の未発表小説
1993年9月から11月に執筆されたが改稿を求めた編集者に対し、
原稿を戻させ、以後この作品について一切語ることはなかったという。
遺品のなかから発見された原稿を、遺族の了解を得て、
2011年10月岩波書店から刊行された。
巡査として半生を終え、昭和30年退職した父を語っている。
戦中から昭和30年までの淡路島での生活
サーベルを下げた父
男が先という風呂の順番、男にはおかずが一品多い
という暮らしを守る母
軍隊に志願して出征していった兄
神戸の軍需工場で働く姉
国民学校に入学する私
妹
戦後姉は、神戸から疲れ果てて帰ってきて、すぐに風呂を焚く。
母が止める間もなく風呂に入ってしまう。
母は慌てるが帰ってきた父は何も言わない。
兄が戦死していたことがわかる。
敗戦を境に大きく変わる価値観のなか
闇の食材を絶対に手にしないという暮らしを守るが
サーベルを返上し、竹刀を焼き、私から見る父は小さくなってゆく。
姉や私の行動に口を挟むことも無くなってゆく。
父はほとんど何も話さない人であった。
この小説は、亡くなった父を思い、父の諦観と威厳について考えた作品。
小説のかたちを借りた無名の父を描く、父の生涯の評伝であり、しみじみとしたよい作品であった。
|