幼児教育・英語教室のラボ・パーティ
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風の吹く日に・・・ [全1125件] 471件~480件 表示 << 前の10件 | 次の10件 >>
サンクトペテルブルグとドストエフスキィー 08月29日 (火)
サンクトペテルブルグとドストエフスキィー

サンクトペテルブルグはドストエフスキーが住み、作品を書き、亡くなった町である
ネヴァ川、橋、作品に描かれたサンクトペテルブルグの街を見たかった

サンクトペテルブルグを流れるネヴァ川
ネヴァ川
ネヴァ川は大きい、ゆるやかに流れ、対岸にはドストエフスキーが収監されていた要塞監獄が見える
当時とあまり変わらない4階建ての建物が続く町並み
昔のままの街並みのままである

2003年建都300年のお祝いの頃から建物の修復が急速に進んでいる
修復は痛んだ場所を補強し、新しく建物を塗り直してしまう
きれいにはなるが新しすぎる嫌いはあり、昔の姿は修理されていない古い建物から推察するしかない

バスで、徒歩で、運河からネヴァ川のクルーズで街を見る

道路も広場も昔と位置は変わっていない
建物は表面はともかく中はレンガ積みのようだ

今もドストエフスキーが住んだ建物が残っている
最後に住んだ部屋はドストエフスキー記念館となっている
墓は泊まったホテルの前のアレクサンドロフ・ネフスキー修道院の墓地にある
墓には白い薔薇が手向けられていた

ラスコーリニコフが住んだ建物、ソーニャの住んだ建物もあるという
今回は行けなかったが街の雰囲気はわかった
ドストエフスキーが見た景色、ラスコーリニコフが見た景色を見ることができた

サンクトペテルブルグは
ピョートル大帝が、1703年に「ペトロパブロフスク要塞」を築いた古都に始まっている

1694 ピョートル 22歳にして国政を担当
1696 トルコ要塞アゾフを陥落させる
         西欧へ300人を超す使節団派遣 
         自分も秘かに参加 
         アムステルダム造船所で働いたというエピソードがある
1698 銃兵隊反乱で帰国 1000名以上公開処刑
1700 スエーデンとの戦争
1703 ネヴァ川河口に進出要塞建設
   さらに沼沢地を埋め立て アムステルダムをモデルに都市建設
1715 サンクト・ペテルブルグ 首都となる

サンクトペテルブルグ2003年に建都00年を祝ったとても新しい町である
フィンランド湾に河口があるネヴァ川は大きな川である

ドストエフスキィーは
1821年モスクワ生まれ そこで15歳まで育っている
16歳のときペテルブルグの工兵学校にはいり、卒業後は陸軍中尉として工兵団製図局勤務、1年たらずで退職

1846年、処女作『貧しき人々』
1849年に官憲に逮捕 死刑判決、処刑間際に特赦
1854年までシベリアで服役
この時の体験に基づいて後に『死の家の記録』 刑期終了後、兵士として勤務
1858年にペテルブルクに帰還
1866年『罪と罰』、『賭博者』
1868年『白痴』
1870年『永遠の夫』
1871年『悪霊』
1875年『未成年』
1880年『カラマーゾフの兄弟』
1881年1月28日死去享年60歳
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From Russia With Love(写真追加) 1 08月28日 (月)
From Russia With Love
でももう帰ってきています
ひろば@LABOをしばらくお休みしていましたが、休みをとってロシアへ行ってきました

今回はツアーへの参加です
ツアータイトルは『ロシアの原風景、黄金の環と二大帝都』
セルギエフ・ポサード ウスペンスキー大聖堂
スズタリ
今回ツアー参加とした理由はロシアはまだ個人旅行がしにくい国だからです
一応個人旅行ができることになっていますが
実際には、
1)ビザを取るために、あらゆることをすべて事前に手配して、支払いもし、その証明が必要
 個人でホテルを予約してもだめ、現地旅行社と契約のある専門の旅行社に手配してもらわなければならない
2)英語があまり通じない
3)治安が心配 警察官がパスポ-トチェックの臨時検査で賄賂を要求したりする
  急速な社会変革のなかでの貧富の差、マフィア、チチェン紛争、テロ
  ホテルの中の治安は好くなってきているとか・・・
4)交通渋滞
・・・・といろいろ大変なのでツアー参加となりました
そういえば 5)ロシアの飛行機がよく墜落するというのもあります 
(飛行機会社の乱立、経営悪化、老朽化など)


(実際サンクト・ペテルブルグに行ったとき乗ったロシア・プルコボ航空の飛行機
 しかも乗った機と同じツポレフ154型飛行機が
 22日にウクライナからサンクト・ペテルブルグへ向かう途中
 雷に打たれて落ち、169人全員が亡くなられました 
 ・・・このニュースはは帰ってきてから知りました)


さて『ロシアの原風景、黄金の環と二大帝都』ツアーは・・・
日本航空の直行便でモスクワに入り
時差はサマータイムのため5時間
モスクワ観光2泊
スズダリへの旅があって2泊
モスクワに戻ってサンクト・ペテルブルグへ移動
サンクト・ペテルブルグ3泊
モスクワ経由で東京へ 機中泊があり
8泊9日のツアーでした

ツアーの場合は添乗員と現地ガイド、専用バスとドライバーがいますので
個人旅行に比べれば楽なものです
自由行動の時間が少ないのが難点ですが治安を考えれば仕方がありません

出入国のチェックは一人一人コンピューターでチェックして時間がかかり大変でした
治安警備は思ったほどものものしくはなく、軍隊や警察の姿を見ることは少なかったです

しかしサンクト・ペテルブルグからモスクワに戻った国内航空空港で
飛行機からバスが空港ビルの前に着くと
拘束された男が地面に後ろ手に手錠をかけられ、うつぶせに寝かされ、
数人の警備兵に取り囲まれて
観念したかのようにじっとしているのが見えました
何があったのかわかりませんが・・・

ロシアの原風景は中世の雰囲気を残した古都スズダリへの旅で味わうことができました
空は広く、大地はずっと向こうまで広がり、静かに川が流れ、木造の小さな橋があり、
窓のまわりを飾った木造の農家が続いていました

ろしあ
スズダリの朝 カメンカ川

モスクワとサンクト・ペテルブルグ、二大首都では王や女王そしてロシア正教のつくった、
宮殿や教会、戦争勝利記念碑や凱旋門の数々をみて、
その絢爛豪華さや大きさに、権力の集中、富の集中のすさまじさを見ました

比較すると日本の皇室や将軍の贅沢なんてささやかかなものです
こんなに大きな国と日露戦争を始めるなんて・・・よくできたものです
もっともロシアは経済的に厳しかったのに
予想していなかった日本との戦争に入り込み
度重なる敗戦によって皇帝の権威が落ちています

王や教会の文化はいやと言うほど見ましたが
日本の江戸にあったような町人や農民、職人といった人々の育んだような
暮らしと結びついた文化、を見ることはできず
それは今の人々の民度、暮らしのモラルにも影響しているかのようでした

ロシアは歴史も10世紀くらいしかさかのぼれない、遅れた国だったのです
戦争や内戦の犠牲も大きく、まだまだこれからの国、大変だなというのが感想の大きな部分


至る所でやっている建築の修復の足場はパイプに板ですし、
見ていると人海戦術のように皆が建物にとりついて働いています
勝手に休んで足場の上でたばこを吸っている労働者もいました
サンクト・ペテルブルグで25日
1835年建立のトロイッキー聖堂の中央ドームが焼けましたが修復作業中だったとのことで
多分たばこのせいでしょう・・・・
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Re: 今日の一冊(ラボ関連以外)柳生真吾の八ケ岳だより 3 [ テーマ ] 08月10日 (木)
柳生真吾の八ケ岳だより―だから園芸はやめられない
NHK出版2004年

彼とお父さん、柳生博の運営する「八ヶ岳倶楽部」にはよく行く
八ヶ岳南麓甲斐大泉の近くにある

カフェやレストラン、お店に続く雑木林の散策が楽しい
カフェではフルーツティーがおすすめ


この雑木林は柳生博の一家が何年もかけて作り出されたものだ
息子である真吾さんは、1968年生まれ
玉川大学農学部を卒業、田辺ナーセリーで修業のあと
園芸家となった

八ケ岳の四季
4人のこどもたちとの暮らし
寄せ植えのつくりかた・・・・
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Re: 今日の一冊(ラボ関連以外)夫馬基彦『按摩西遊記』 [ テーマ ] 08月09日 (水)
『按摩西遊記』を読む
久しぶりに夫馬基彦さんの著作を読みました

現実の体験でありながらどこか夢の中のできごとのような旅
そこで出会った人々のことば、著者とのかかわり

青春の旅の記憶と、今、五十肩を抱えての旅と
30年から40年の歳月の流れのあとで
人との、優しくそして突き放した向かい合い方ではまったく変わっていない旅人の姿がある

「ヒッピー」ということばが懐かしい
「ヒッピー」とか「コンミューン」とか
時代の雰囲気として、それは、手の届くところ、身近なところにあった

30年から40年の歳月のあとで
それはいつの間にかほとんど消え、ことばとして聞くこともなくなり
記憶の中に埋もれていた

『按摩西遊記』を読むなかで、時代の記憶がよみがえってきた
そして今なおヒッピーとして生きているらしき作者の今が見える
作家であれ、大學の先生であれあのころと変わらない・・・
違うか 作家や大学の先生はあのころと変わらないでもいられるのかもしれない

旅人はいつか倒れる
それも本望なのだろうが・・・

30年から40年の歳月のあと
危険や病やとのニアミス、近接遭遇の危険度はさらに高くなっている
「無銭旅行」ということばも死滅した

でも今後も彼は出かけてゆくであろう・・・・

そしてまたおかしくも悲しい、
悲しくもまたおかしい人間の姿を書き留めてくれるであろう

私もいつか「旅」に出ることがあるだろうか
それともいつもの「旅行」を繰り返すことでで終わるのだろうか

そんなことも考えました・・・・
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プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展/赤い帽子を見つけた 08月01日 (火)
会 期 2006年7月4日(火)~8月27日(日)
会 場 東京国立博物館 平成館 (上野公園)

開館時間 9:30~17:00
(毎週金曜日は20:00まで、土・日・祝日は18:00まで開館)

プライスコレクションの約600点の作品の中から、101点を展示

公式ホームページ
http://www.jakuchu.jp/
東京国立博物館ホームページ
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=3119

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の絵は、素晴らしい。
たった一枚でも見に行って満足できます
一枚一枚に驚かされる
今日は30点近くを見ることができて大満足です




帰りに上野駅前で緑の帽子を発見
続いて赤い帽子を発見
どなたかと思えば町田の三井さんでした!

思わぬ再会に喜びました
蔵王キャンプからのお帰りだそうで、東北の皆さんのこともお聞きできて幸運でした・・・
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ハローワークに仕事を探しに行く 07月31日 (月)
検索して3件の仕事が出てきた


家から近いが、条件がよくないところ
家から少し遠いが、条件がいいところ

さてどうすするか

まずは当たってみよう
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吉原治良展 に行ってきました 07月30日 ()
近代美術館の 生誕100年記念 吉原治良展 に行ってきました

初期の作品 ・・・・ その初々しさ
前衛への変化・・・・
戦争中の作品・・・・
素材の物質感を活かし、激しいアクションを伴うもの
抽象絵画へ ・・・・
「円」の作品・・・・見事にある存在感の円

と6部の構成

全く面白くない作品もたくさんあったが
引きつけられる好きな作品も少なからず見つかった
東京国立近代美術館
http://www.momat.go.jp/Honkan/Yoshihara/index.html

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%8E%9F%E6%B2%BB%E8%89%AF
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ロシア映画『戦争と平和』上映7時間05分 07月29日 ()
ハリウッドの『戦争と平和』1956年も見た
3時間28分

ロシア映画は1965年『戦争と平和』上映7時間05分を
フィルムセンターでのロシア映画祭に見に行きました

監督はセルゲイ・ボンダルチュク
レフ・トルストイ(1828-1910)の原作に忠実につくっている
監督は主人公ピエールも演じている
主要な役だけで36人、せりふのある役559人
のべ出演人員595,193人、

日本公開は
1966年 第一部
1967年 完結編
1972年 オリジナル版のほぼ半分に当たる総集編上映

1993年 4部作が7時間5分の原型どおり、
      全編一挙ニュープリント完全上映

ソビエト政権によるロシアの愛国映画です

ナポレオンのロシア侵攻への帝政ロシアの戦い

上流階級はフランス語を普通に話している
皇帝は人気がある

主人公ピエールはナポレオンを英雄だと尊敬している
後に暗殺しようと考える

《アウステルリッツの合戦》
《ナターシャ最初の舞踏会》
《ボロジノ大合戦》
ボロジノ大会戦だけで実際のソ連軍兵士124,533人を動員
実際には敵味方20万人が戦った

《モスクワ大火から、フランス軍敗走、ロシアの勝利》
と大画面でなければ味わえない映画でした

『戦争と平和』紹介されているページ
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2174
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ジャコメッティ 矢内原伊作とともに展 07月28日 (金)
アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)は、
1956年に制作に行き詰まって一本の線も描けなくなっていた 
訪ねてきた哲学者 矢内原伊作(1918-1989)と会いモデルとなってもらう
一日も休まず書き続けたという
その後も帰国した矢内原をフランスに招待して描き続けた

1956年 10/ 6-12/16まで 72日間
1957年  8/ 9- 9/20まで 42日間
1959年  8/17- 9/22まで 37日間
1960年  8/ 6- 9/23まで 48日間
1961年  8/11- 9/13まで 31日間

これだけの期間描き続けた中で見つけたものは何だろう
何時間か見たぐらいではつかめない・・・
それでも少しは掴んだような気がする・・・・

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2006/giacometti060531/index.html


2003年に開設された神奈川近代美術館葉山館は
海のそばに立てられている

波の音が聞こえる
浜辺と海に海水浴の人々が見える
曇り空のせいかこの海岸は訪れる人が少ないのか人の数は少ない
松の木にさっき飛んでいたトンビがじっととまって動かないでいる
海を見ているのだろうか
波の音を聞いているのだろうか
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ちょっと一休み 1 07月26日 (水)
研修に行った植木屋さんの仕事が終わり
ちょっと一休みしています
20代の若者たちと同じペースの仕事はやはり2週間が限度でした・・・

造園した庭をいくつか見ることができたこと
プロの方たちの仕事のスピード、ペース、チームワークなど学べたこと
造園を本気で目指している若者たちを知ったこと
自然樹形に近い剪定の様子を見ることができたこと 

などの収穫があり
約束の日程をがんばれたことに満足しています

草取りのことですが
私が行った植木屋さん土の方針は厳しく
落ち葉も、草も、まったく残さないところでした
全作業量の半分以上が掃除です

うちの庭ではいままで落ち葉をここまで取りませんでした
栄養になるのですから・・・


どのような庭にしたいかで
草をどのように取るか、取らないかが決まります
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