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一日雨が降り、気温が下がりました
桜の花も終わりですね
若葉の緑が鮮やかです
桜の花の見頃はわずか四日ほど
ロミオとジュリエットの物語のように
はかなく、短い・・・・
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桜吹雪、桜の花びらが雪のように
競技場の観覧席である芝生に寝て桜を見上げる
次々と花びらが落ちてくる
今日はもう若葉の緑がかなり目立つ
花びらの散った後のがくの赤い色も目に入る
風が吹くと、桜吹雪が舞い、見事だ
今日で桜も終わりだ・・・
帰り道、
このマンション脇の小径を通った
桜の花びらが道に積もっている
ちょうど人通りがまったくなく
来世への道のような静寂があった
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近くの武蔵野市立大野田小学校が改築され、
オープンされていたので見学しました
鉄筋コンクリート5階建て(地上5階地下1階)なのでとても広いです
各学年3クラスずつの作りになっています
光あふれる明るい作りだし、眺めもいい
各学年とも多目的オープンスペースがゆったりとあり
他に
第1音楽室、第2音楽室、図工室、家庭科室、家庭科調理室
理科室、コンピュータールーム、図書室
屋上プール
学童クラブ、地域こども館
アルミサッシや多摩産の木材をたくさん使って優しい空間を作っています
欄間窓による通風を併用する床輻射「涼・温房」という空調
(床に冷水や温水を流す冷暖房のことらしい)
屋上緑化、太陽光発電、雨水利用
公募したパブリックアート
総工費32億1850万円だそうです
(前の校舎は昭和48年、1973年に建ててられていますが
耐震診断により強度に問題があることがわかり
全面的に建て替えられました)
エレベーターと手洗い場
1,2年生のフロア 多目的スペースから教室を見る

6年生教室の広いベランダからの眺め
校門のパブリックアート
今日はもう桜がはらはらと舞い始めました
陸上競技場で桜の木の下でお昼を食べ、桜の花影で眠る・・・・
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昨日桜が一気に咲きました
昨日行った井の頭公園も小金井公園もきれいでしたが
今日は近所の桜を見に歩きました
水道局の桜
新築なった大野田小学校
武蔵野競技場の桜
ちょうどお昼時だったので
幼稚園のお母さんたちとこどもたちのグループや
お昼を食べに来た市役所の人たちが楽しく食事中
市役所前の桜
三鷹通りの桜
NTT研究所の桜
今日歩いたところは宴会をするようなところではないので
静かなお花見ができました
昨日はかなり強い風が吹いても花びらが散らなかったのに
今日はもう花びらが散り始めています
ほんとに命が短い
そこがいいのだとパートナーが言いますが・・・・
早いなーと・・・・
これは家の近くのNTTの研究所の前庭にある桜です

昨日の井の頭公園の桜
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今朝の朝日新聞に木下長広さんのゴッホ展についての記事があった
「ゴッホは、たいていの作品にタイトルをつけなかったので
多くの作品に、後生、
「悲劇の天才画家」の神話化に都合のいいタイトルがつけられてしまった」
そうした先入観を捨てて直接自分の眼と感覚を頼りに、絵を見ようと言う提言だ
例として
1966年のカタログでは「画架の前の自画像」となっていた絵が
近年「芸術家としての自画像」に代えられている
「烏の群れ飛ぶ麦畑」(不出品)もそんなひとつだという
ことばが感覚を鈍らせることもある・・・・という一例
大事な提言だと思う
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国立近代美術館『ゴッホ展ー孤高の画家の原風景ー』へ行ってきました
午前中に行きましたが平日なのにかなり混んでいました
日本人のゴッホ好きは知っていますがこんなに混むんですね
(午後のほうがむしろすいていましたよ・・・)
お堀の桜はまだまだです
一週間ぐらいしてからゆくと両方見ることができていいですね
二階のレストランはおいしいのでおすすめです
私は小学校六年生のときにゴッホ展に行き、衝撃を受けました
それ以来のフアンです
今回の展示にはその時に見た作品も多くあり、さらに楽しむことができました
ゴッホは1853年に生まれ、1890年に37歳でなくなっています
絵を描いたのはわずかな年月ですがそこにある絵画の構築の軌跡は
それ自体ドラマチックで一枚一枚に驚かされます
今回の企画についてはゴッホ展のホームページをご覧ください
http://www.momat.go.jp/Honkan/Gogh/#van-gogh
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最終日が4月10日なので
世田谷美術館へ企画展『滝口修造 夢の漂流物』を見に行った
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html
詩人、評論家・瀧口修造。(1903-1979)
日本にシュールリアリズムを紹介した人です
彼が亡くなった後に書斎にや家に残された沢山の絵やポスター、
オブジェの中から700点が展示されている
ミロから送られた面白い形のヘチマとか
ダリのアトリエの近くの海岸で拾った石とか・・・・
おびただしい数の展示だが面白い
日本の美術の最前線の空気が伝わってくる
会場には彼の詩に触発されて書かれた武満徹の曲が流れていた
私も旅行先の石とか
道路で車に何度もひかれてぺちゃんこにつぶされた缶とか
変わったものを拾ってきたりすることがある
そのため特に面白く感ずるのかもしれない
滝口修造自身がペンと水彩で描いた作品が良かった
ハイレッドセンターの3人
高松英郎、赤瀬川源平、中西夏之の作品もありましたよ
(ラボライブラリーの絵では
高松英郎 『ピーターパン』、『トムソーヤ』、『国うみ』、
赤瀬川源平『きてれつ6勇士』、
中西夏之 『長靴をはいたねこ』など )
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平松剛『光の教会ー安藤忠雄の現場』建築資料研究社
2000年12月刊行 1900円
「光の教会」は大阪府茨木市にある美しい教会です
この本はこの「光の教会」がどのように困難な条件の中で
どのような熱意と努力を持って建てられたか
そして今も大事に使われ続けているかを伝えるドキュメントです
ものが生み出されてゆくときに関わったひとびとの魂のプロセスが
丁寧に、丁寧に書かれていています
まず光の教会の紹介
竣工:1989年5月
構造:鉄筋コンクリート造
規模:平屋建
厳しい立地条件、経済条件のなかローコストで実現した教会
信者のみなさんと設計者、作り手たちの熱意が伝わってくる建築です
正式名称 日本キリスト教団茨木春日丘教会
■所在地 大阪府茨木市北春日丘4-30-50
JR茨木駅より近鉄バス「春日丘公園」行に乗車,春日丘公園バス停下車、
西北100m (見学には電話かメールでの申し込みが必要です)
JR茨木駅からは近いです 一度ゆっくり見学されるといいですよ
■建築設計 安藤 忠雄
■構造設計 アスコラル構造研究所
■施工 竜巳建設(礼拝堂)/銭高組(日曜学校)
光の教会 茨木春日山教会

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2005年02月05日[土] ~ 2005年03月21日[月]
※休館日=毎週月曜日〔但し3/21(月)は開館〕
開館時間 平日 10:00~19:00 / 土日祝 10:00~18:00
会 場 東京ステーションギャラリー
※JR東京駅・丸の内中央口下車・赤煉瓦駅舎内
東京駅にある東京ステーションギャラリーのホームページ
http://www.ejrcf.or.jp/index.html
―戦後60年― 無言館 遺された絵画展のホームページ
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/index.asp
上田の戦没画学生慰霊美術館・無言館紹介のホームページ
http://www.kk.iij4u.or.jp/~sjmatsu/mugonkan/mugonkan.html
展覧会概要 抜粋
平成17(2005)年は終戦から60年。
戦没画学生慰霊美術館「無言館」は、そうした画学生たちが遺した作品と、
生前の彼らの青春の息吹を伝える遺品の数々を末永く保存・展示し、
今を生きる私たちの精神の糧にしてゆきたいという
画家・野見山暁治氏(昭和18年東京美術学校卒・東京芸大名誉教授)の希いをもとに、
平成9年「信濃デッサン館」の館主・窪島誠一郎氏が、
その分館として全国3000余名にもおよぶ協力者の芳志により開館した
オープンしてからその活動に賛同する新たな戦没画学生の遺族による作品の寄託希望が相次ぎ、
その数は600点を超えるまでになっている
本展はそれら収蔵作品の中から未陳の作品を中心に、他館の戦没画学生の収蔵作品も併せ、
58名の約130点の日本画・油彩・彫刻などの遺作と遺品資料を展示している
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塩田平の無言館には何度か足を運んでいるが
今回はまだ未陳列の作品を中心に展示ということらしいので足を運んだ
戦没した画学生の中に
野見山暁治さんの上級生、同級生や下級生ががたくさん含まれている
野見山さんは1921年福岡県生まれ
1938年(昭和13年)に東京美術学校(現東京芸術大学)入学
昭和17年、18年の卒業生たちは、戦死者をもっとも多く出している
野見山さん自身も卒業と同時に招集され、満州牡丹江省に送られた
訓練中、肋膜に水が溜まり,病院へ入れられた
そのため死地に赴かず生き残ることができた
戦後1953年(昭和28年)フランスへ留学 30歳のときであった
ラボ・ライブラリー『ひとうちななつ』の画家です
展示は作品だけでなく、手紙や写真,遺された家族のことばで
ひとりひとりの人柄や画への思いが伝わってくる
帰ってくることができなかった画家たち
ひとり一人の戦死や戦病死が
今、絵を描くことのできる時間を持つことのできる
幸せを改めて教えてくれる
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野見山暁治『遺された画集』戦没画学生を訪ねる旅
平凡社ライブラリー 2004年6月刊行 1500円
野見山暁治さんが何故戦没した画学生を訪ねる旅を始めたか
母校である東京美術学校に学んだ同級生や
その前後の人々ひとり一人の遺された家族を訪ねてゆく
「それでも私が遺作を集めることに執着したのは、
それら色褪せた画面の底に、いつの日からか、ほのかな光芒を見るようになったからだ。
それをみんなに伝えたい。おぼろげながら死を予告されたとき、人はどのように生きるものか。
今、この今を誠実に刻んでいった作品ならば、
人々の胸の奥底で小さく焔のようにゆらいでも不思議はない。」
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