10月27日
大学生の学際やゼミで揃わずに 参加したときに表現の確認がつづき
その先への詰めができない、毎回参加してる中学生や大学生にとってはきついだろうなと
察する、テューターもだ。
だが、共有することは外せない。言葉よりも表現にウエートが移るのが高大生の
グループになる。
中学生年代は高大生の動きをじっと見て過ごすことが多くなるがその状況を経て
の高大生特に大学生たちが主になって活動を動かしている姿は経験を積むことの意
だと思うが、運営の厳しさでもある。
ことば=表現。表現を創る過程で言葉が活かされていくのも事実だから表現を
ないがしろにしていいはずがない。
表現にこだわりをもっている子は言葉へのこだわりもある。
ことばの習得には経験と時間の上にあることの意を高学年の姿、活動で
再確認の昨今である。
エジプトと街広場の場面を同じ空間でいかに創るか見せるかのせめぎわい。
次回のみの活動時間をどのように使うのか。
小学生にはあと1週間あるからという彼ら自身は? |